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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第二章 新たなる世界 【第一次帝国編】

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第6話 ライトの決意と愁の記憶


 翌朝、小鳥のさえずりが窓の外から聞こえ、柔らかな陽光がカーテン越しに差し込む中、愁はゆっくりと目を覚ました。微睡みの中で腕に違和感を覚え、視線を落とせば──リリーニャがしっかりと腕にしがみついて眠っていた。


(可愛らしい寝顔なのはいいんだけど……うーん、これはなあ)


 彼女の顔は無防備そのもので、長いまつ毛がわずかに揺れるたびに、まるで眠りの中でも夢の続きを楽しんでいるかのようだった。すぅすぅと規則正しい寝息を立てるリリーニャの顔を見ていると、つい目を細めてしまう。


(いや、そんな場合じゃないぞ。これ、どうやって抜け出せば……)


 そっと腕を引き抜こうとするが、そのたびにリリーニャの細い指がきゅっと強くなる。試すたびに密着度が増していく始末で、愁の動きは完全に封じられた。


「と、とれないぞ……」


 リリーニャの温もりがじんわりと腕に伝わり、ふにふにとした柔らかな感触が肌越しに感じられる。さらに、時折寝言のように甘えた声を漏らしながら、腕にすり寄ってくるものだから、どうにも落ち着かない。


(……いや、よくないな。これ、絶対よくない)


 何とか抜け出そうと力を込めるが、リリーニャはまるで抱き枕を離したくない猫のように、ぎゅうっとさらに腕を抱きしめた。


「おーい。リリーニャさん?朝ですよー?起きろー!」


 少し大きめの声で呼びかけると、リリーニャの猫耳がぴくんと動き、そして──しゅん、と伏せてしまった。


「んー?やーあー……まだ眠いよぉ……」


 甘えた声とともに、ぎゅうっと腕への抱きつきが強くなる。さらに頭を小さく左右に振り、頬をすりすりと擦り寄せてきた。


(……なんだ、この可愛い生き物は)


 寝起きの甘えた仕草があまりにも無防備で、まるで飼い主に構ってほしい子猫そのものだった。つい撫でてやりたくなる衝動に駆られるが、ここで甘やかしてしまえば、ますます離れなくなることは目に見えている。


「早めに起きないと準備とかあるでしょ?起きなさーい!」


「んー?うーん?……嫌っ!」


 駄々をこねるリリーニャは、目は開いているのに起きる気配は皆無だった。これはもう、完全に甘えモードである。


(むむ、これは最終兵器を使うしかないか)


 子供がなかなか起きないときの必殺技──それは『物で釣る』。こうなってしまった以上、これしか手はないと愁は決意する。


「なあ、リリー?プレゼントあげるから起きよう?」


「プレゼントッ!? 何くれるのー?」


 ぱちっと目を開けたリリーニャは、一瞬にして眠気を吹き飛ばし、キラキラとした瞳で愁を見つめる。その変わり身の早さに、愁は心の中でため息をついた。


(チョロいな……)


「そうだなあ、服とかはどうかな?服作るの得意なんだよね」


「服ー?ほしい!」


「じゃあ、起きようね?」


「はーい!わかったーっ!」


 すぐにベッドの上で跳ねるように起き上がり、伸びをするリリーニャ。その仕草までもが、まるで猫そのものだった。くるんと揺れるしっぽ、ふにゃっとした笑顔。


 だが、気を抜いたのがまずかった。


 突然、リリーニャの瞳がきらりと鋭く光る。まるで猫じゃらしを見つけた猫のように、じっと愁を見据え──


「な、なに? どしたの?」


 愁がベッドの端に座ろうとした瞬間、リリーニャが勢いよく飛びついてきた。


「うわっと!リリー? どうしたの?」


「えっとねぇ。愁くん優しいから大好きっ!」


 ぱふっと胸元に顔を埋め、ぎゅっと抱きつくリリーニャ。そのまま、喉を鳴らすように小さくゴロゴロと甘い声を漏らした。


(……おいおい、可愛すぎるだろ)


 こんなに懐かれてしまっては、もう何も言えない。


「もうこれ、事案だな……」


「じあんー?なに、それ?」


「いや、なんでもないよ、うん。よ、よーし。それじゃあ服を作ろうか!」


「……? なんかわからないけどいっか! 服ー!どんなの作れるの?」


「アイディアは既にあるんだよねえ」


 愁がそう言うと、リリーニャの瞳が期待に輝いた。


 普段から明るく天真爛漫なリリーニャには、和服とゴスロリを組み合わせた和風ドレスが似合うと、愁は出会ったときから思っていた。黒を基調にし、赤と白をアクセントにしたシックなデザイン──その鮮烈なイメージを胸に、愁はまず、控えめにフリルをあしらった赤色のチェック柄の黒いミニスカートをクラフト能力で創り出す。


「おーっ!すごーい!なんかスカート出来てきた!」


 黄金色の光が瞬き、何もなかった空間に徐々に形を成していく衣服。その幻想的な光景に、リリーニャは目を輝かせながら見入っていた。


 続いて、黒いニーハイソックスと黒のパンプスを生み出す。さらに、上着は和装の要素を強め、深みのある黒地に桜の花びらを散りばめた上品な刺繍を施す。袖口には細やかなレースをあしらい、可愛らしさと優雅さを兼ね備えたデザインに。帯は落ち着いた紅色に、ほんのり桜柄が浮かび上がる仕様で、両端には黒のラインを入れた。後ろで結ぶと、大きなリボンのように華やかに広がる仕掛けだ。


 愁の独自のセンスで組み上げたデザインだったが、今回は見事に調和が取れていた。自分でも驚くほどの完成度に、思わず唸る。


「よっし!出来たぞー!リリーどうだい?完全にオリジナルのデザインだよ、この服は!」


 ベッドの上に並べた衣装を前に、リリーニャは目を輝かせた。


「何これ何これっ!見たことないよこんな服!可愛い……ねぇねぇ!もう着てみてもいい?」


「ああ、いいよ。是非着てみて。きっと似合うよ」


「やったぁ!……?ねぇねぇ愁くん?」


「ん?どうしたの?」


「この服の着方わかんないよっ!愁くん着せてぇ?」


 予想外の展開に、愁は一瞬固まる。そういえば、和装の着付けはこの世界には馴染みがないのだ。普段の洋風の服と違い、リリーニャが戸惑うのも無理はない。


「よし、わかった!じゃあこっちに背中を向けて服を脱いでね。あっ!でも決してこっちを向かないでね」


「う、うん?わかったっ!はい!」


 リリーニャは素直に背を向け、ゆっくりとパジャマを脱ぎ始めた。上着を脱ぎ、次にズボンを──と、特に問題のない流れだったはずなのだが、露わになった背中と『小さなお尻』に、愁の動きが止まる。


「あれ?ちょっと待って!リリー、下着は……?」


「えっ?したぎってなぁに?」


 リリーニャは不思議そうに首を傾げ、顔だけを振り向く。その反応を見て愁は内心で絶句した。リリーニャは、上下ともに何も身に付けていない。しかも『下着』を知らないと言うのだ。


「下着を知らないの?」


「うん?知らないよ?なーに?それ」


 愁はこの世界に下着という概念がないことを、この時初めて知ったのだった。リアやスフィア、それに村の人たちには下着を作って渡していたのだが、誰も特に疑問を持たなかったはずだ。少なくとも誰も愁に下着のことを聞いてくることはなかった。


(あ、あれ?村の人たちはちゃんと履いてる、よな?)


 疑問が頭の中でぐるぐると巡るが、今は考えてもしょうがないと割りきるしかない。


「ま、まあいいや。えっと、これを先に着てもらえるかな?」


 慌てて、簡単な白いキャミソールとショーツを創り出し、リリーニャに渡す。


「まずはこれを着てね」


「うん!ありがとう!」


 リリーニャが下着を身につけるのを確認し、愁は上着の着付けを手伝う。着物に近い仕様の服なので、丁寧に形を整えながら羽織らせ、帯を締める。そして、リボンの形を整え、ついに完成した。


「よし、こんな感じかな。リリー、こっち向いてごらん」


「わかったっ!えい!」


 勢いよく回って振り向いたリリーニャのスカートがふんわりと広がる。


「こーら、あんまり回るとスカートの中が見えちゃうよ」


「え~!?別に見えてもいいもんっ!愁くんなら見せてあげるよ?」


「それははしたないから駄目です」


 黒を基調とした和風ドレスは、繊細なレースと美しい刺繍が施され、まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたかのようだった。その衣装を纏ったリリーニャは、鏡の前で何度もくるりと回り、ふわりと広がるスカートの動きを楽しんでいた。


「バッチリじゃんか!すごく可愛いよ、リリー」


 愁が感嘆の声を上げると、リリーニャの頬がぱっと明るく染まった。


「そうかな……?よかったぁ!リリー、この服気に入っちゃった!ありがとう、愁くん!大切にするね!」


「うん。俺もリリーに喜んでもらえて嬉しいよ。それじゃあ、そろそろ出発の準備を始めようか」


「はーい!ライトにも早く見せてあげなくちゃっ!」


 リリーニャは嬉しそうにスカートの裾をひらりと持ち上げ、小さく跳ねるようにして準備に取り掛かった。愁も彼女の弾むような喜びに微笑みながら、急いで身支度を整える。


 支度を終え、リリーニャと共に屋敷を出る。目指すのは、待ち合わせ場所である冒険者ギルド。帝都シュトンベルドの中心部に位置するその場所へは、リリーニャの案内を頼りに向かうことになった。


 屋敷を出てからの道中、彼女は無邪気に歩きながら、時折くるりと回ってはスカートの揺れを確かめ、嬉しそうに笑っていた。その姿はまるで踊る妖精のようで、見ているだけで心が和む。


「ほぉー!ここが帝都の冒険者ギルドか!王都のギルドよりも立派だなー!」


 目の前に広がるギルド本部の壮麗な建物に、愁は思わず感嘆の声を漏らした。アイラフグリス王国の王都にあるギルド本部もなかなかの規模だったが、ここはそれ以上だ。数多くの金等級の冒険者を輩出してきたラリアガルド帝国のギルド本部として、その威厳と実績が外観からも伝わってくる。


 高くそびえる石造りの建物は堂々たる風格を持ち、入り口には巨大な掲示板が設置されていた。そこには無数の依頼書が貼られ、冒険者たちが次々と確認しては腕を組んで検討している。内部からは活気ある声が響き、受付には美しいギルド嬢たちが忙しそうに応対していた。


 ギルドの前で立ち止まっていた二人に、聞き覚えのある声がかかる。


「あ、愁さん!こっちです!おはようございます。わざわざ来ていただきありがとうございます」


「あっ!ライトさん!おはようございます」


「おはよーっ!ライトー!見てー!」


 リリーニャは駆け寄るなり、両手を広げ、すっかりお気に入りとなった黒い和風ドレスを自慢げに見せつけた。その動きのひとつひとつが愛らしく、まるで猫が飼い主に褒めてもらいたくて仕方ないような仕草だった。


「リリーもおはよう。あれ?なんだか可愛い服を着ているね?よく似合ってるよ。でもその服はどうしたんだい?」


「愁くんが作ってくれたの!プレゼントだって!」


「愁さんが?本当にすみません!こんな立派な服をありがとうございます。……これは、そのお礼です。受け取ってください」


 ライトはポケットから数枚の金貨を取り出し、愁に差し出そうとする。しかし、愁は慌てて手を振った。


「だ、大丈夫ですよ!お礼なんて!昨日、宿を探していたところ、リリーに声をかけられて、お屋敷の一室をお借りさせてもらいましたので、逆にそのお礼として服は受け取ってください」


「そんな、一室を貸したくらいで、こんな素敵な服をプレゼントしてもらえるなんて……」


「いいです、いいですから!大丈夫ですので!」


「は、はあ……そこまで仰るのなら、すみません。ありがたく頂戴いたしますね。リリー?もう一度ちゃんとお礼を言って」


「はーい!愁くん、素敵なお洋服をありがとう!」


「いえいえ、喜んでもらえたならよかったよ。それはそうと、お話とは何でしょうか?なにか新しい情報でもありましたか?」


 今日の待ち合わせはライトの提案だった。何かしらの要件があるのだろうが、愁はまだその内容を知らない。


「はい、そうなんです。お話の前に、まずはあちらの席に移動しましょう」


 ライトが手で示したのは、ギルド一階の窓際にあるテーブル席だった。そこは昼間の陽光が柔らかく差し込み、温かみのある光が木製の机に静かに広がっている。食事を楽しむ冒険者たちの活気ある声が遠くに響く中、三人は席へと向かった。


 席に着くと、ライトは一呼吸おいて口を開く。その表情は普段の穏やかさとは異なり、どこか緊張した面持ちをしていた。


「……帝国軍が奪還したはずの北側の町、ガバレントが、再び陸傑死団の六人の死団長たちに占領されました」


 愁はわずかに目を細める。予想外の情報ではなかったが、それが現実のものとなった今、状況は一層厳しくなった。


「……陸傑死団が、ですか」


 ライトは頷き、続けた。


「ええ。総帥ブレストの行方はいまだ掴めていませんが、リリーが魔法で世界各地へ飛ばしたはずの六人の死団長が再び集結し、ガバレントの支配を強めています。彼らはすでに力を蓄え、帝国軍による三度の掃討作戦をすべて退けました」


 ギルドのざわめきが遠のいたように感じられた。愁は静かに考えを巡らせながら、ライトの言葉を待つ。


「六人のうち、判明しているのは三名です。まずは第一死団長──ネルフェ。死霊術を操り、あらゆる死体を使役するだけでなく、ドラゴンや大型魔獣すらも従えているそうです」


「……厄介ですね」


「次に、第三死団長エルボス。元は帝国の最高位魔術師団の団長を務めた男でしたが、今や帝国に仇なす存在に成り果てています。そして第六死団長フレディール。元金等級冒険者で、二刀剣術の使い手。かつては同じ流派の剣士と二人組で名を馳せましたが、彼らの残忍な性格が原因で冒険者資格を剥奪されました」


 愁は腕を組み、ゆっくりと息を吐く。


「どれも手強そうな連中ばかりですね……慎重に動かないと、こちらが狩られる側になるかもしれません」


「ええ……現在、帝国の諜報部が他の三名の情報を収集していますが、まだ詳細は掴めていません」


 ライトの声には、確かな焦燥が滲んでいた。時間がない。敵はすでに動き出しているのだ。


「一ヶ月後、帝国軍が再編成し、ガバレント奪還作戦を決行する予定です。その機会に乗じ、僕たちもガバレントへ潜入し、ブレストや死団長たちの情報を手に入れたいと考えています」


「……なるほど、戦の混乱を利用するわけですね。了解しました。協力しましょう」


「ありがとうございます、愁さん。あなたがいてくだされば、これほど心強いことはありません」


 ライトが安堵の表情を浮かべたその時、ギルドの給仕が料理を運んできた。ライトが事前に頼んでおいてくれたらしい。何から何まで用意周到な彼には、改めて頭が上がらない。


 食事が進む中、ライトがふいにフォークを置き、真剣な眼差しを向けた。


「愁さん……お願いがあります」


 その真摯な眼差しに、愁は自然と視線を向ける。


「……なんでしょう?」


「しばらく、僕を鍛えてもらえませんか?」


「俺がですか?構わないですけど、どうしてですか?」


 ライトは拳を握りしめ、言葉を紡ぐ。


「リリーは魔法を使いますが、その間は無防備です。そんな彼女が安心して魔法を発動できるように、僕が近くで守ってあげたいんです。それに……もう、何もできないのは嫌なんです。強い力がなくても、せめてリリーのことだけは守れるようになりたい。だから、お願いします、愁さん!」


 ライトの切実な願い。そのひたむきな姿が、愁の記憶を呼び覚ました。


 かつて、彼のもとへ訪れた少年がいた。ゲームの世界だったが、本気で強くなりたいと願い、愁の弟子となった唯一の存在──ぽるぽ太。


 彼は努力の末、個人世界序列九十三位にまで上り詰め、愁が命を落とすその瞬間まで大切な日々を過ごした盟友だった。


 今、ライトの姿が、かつてのぽるぽ太と重なって見える。だからというわけではないが──愁は、自然と微笑んだ。


「……いいですよ。俺でよければ、力になります。誰かを守りたいというその気持ちは、とても大切です。その想いだけでも、人は強くなれますからね」

 

「……!ありがとうございます!精一杯やらせていただきますので、どうぞよろしくお願いします!」


 ライトは深く頭を下げ、その表情には揺るぎない決意が宿っていた。


 愁は静かに頷く。


 新たな戦いに向け──この短い時間で、どれだけ強くなれるか。その答えは、これからの鍛錬次第だった。




◆◇◆◇◆◇




 その後、簡単な買い出しを済ませた三人は、ライトの屋敷へと向かった。


 屋敷に帰宅した愁は、泊まらせてもらっている部屋で黙々と作業に取り掛かる。ライトのための武器と装備品を作成するためだ。ライトが用意してくれた珍しい素材や鉱石を手に取りながら、愁は慎重にクラフトを進めていく。


 技術も重要だが、装備する物の質もまた戦いに大きく影響する。スフィアを相手に実験した結果、この世界の住人にも付与効果がしっかりと発揮されることは確認済みだった。


 ライトは剣術こそ扱えるが、ベースはあくまで普通の人間。故にステータスも決して高くはない。だが、愁が作る装備品があれば、その差を埋めるどころか、一線級にまで引き上げることが可能になるはずだった。


(これならいけるだろう……)


 組み上げた構成通りに武器と防具が完成し始めた頃、部屋の扉がノックされる。


「はーい?どうぞ」


 扉が開くと、そこに立っていたのはライトとリリーニャの二人。ライトはどこか気まずそうに視線を泳がせ、隣のリリーニャは『やけに楽しそうな顔』をしていた。


「あれ?二人でどうかしましたか?」


「遅くにすみません、愁さん。リリーが……愁さんと一緒に寝たいって駄々をこねてまして……」


 申し訳なさそうに言うライトの横で、リリーニャがくすっと笑いながら一歩前に出る。そしてライトの見えない角度で、愁に向かって『いたずらっぽく微笑んだ』。


「ねえ、一緒に寝ようよ、愁くん!いいでしょ?」


「愁さんの迷惑になるようでしたら連れて戻りますけど……どうしますか?」


 ここで断ると、リリーニャが何かしら言い出し、結果的に面倒なことになるのは火を見るより明らかだった。


「あ、あー。そうですね。大丈夫ですよ?面倒を見るのは慣れてますからね。ははっ」


「ご迷惑かけてしまってすみません。リリー?あんまり迷惑かけちゃ駄目だよ?」


「うん!わかった!ちゃんと言うこと聞くから大丈夫だよ!」


「それじゃあよろしくお願いします。おやすみなさい」


「は、はーい!おやすみなさい、ライトさん」


 ライトは最後にもう一度「よろしくお願いします」と頭を下げてから、自室へと戻っていった。


 すたすたと歩き、愁の隣に座ったリリーニャは、満足げな笑みを浮かべながら愁の肩にもたれかかる。


「あのー。リリーニャさん?これはいったいどういうことでしょうか」


 武器と防具の作成の手を止め、愁が問いかけると、リリーニャはほんの少し悲しそうな顔をする。


「……愁くんは、リリーと一緒に寝るの嫌なの?」


「え?別に、嫌じゃないけどさ……」


「えへへっ、やったー!じゃあ早く寝ようよ!」


「切り替えはやっ!まあ、いいか……もうすぐで作り終わるから、それが終わってからね」


 愁は手を止めることなく作業を続けた。その間、リリーニャはじっと愁の手元を眺めている。驚くほど大人しく──まるで猫が主人を見つめるように、目を輝かせながら。


「というかリリーは、なんでそんなに俺にベッタリなんだい?」


「んー?だってなんか、愁くんと一緒にいると落ち着くんだもん!よくわからないけど……懐かしい、感じかな?」


 愁もまた、初めて会ったときから不思議と懐かしい感覚を覚えていた。しかし、その理由はわからない。ただの気のせいかもしれない。それでも、この距離感が心地よく感じられるのは事実だった。


「なるほどね。懐かしい、か……。そうだ!今度、俺の村に三人で一緒に行こうか。村の人達にも紹介したいし、年の近い子もいるからきっと楽しいよ」


「うん!行きたい!絶対に行くーっ!」


 だが、そのためにはまず──陸傑死団をどうにかしなければならない。


 ブレストは行方不明。しかし、彼がリリーニャを狙っていることは間違いない。さらに、残る六人の死団長の動きも気にかかる。油断はできない。


(まずは出来ることから始めるしかない、か)


 明日からはライトとリリーニャの特訓が始まる。三人で無事に戻ってこられるよう、残された一ヶ月間、気を引き締めなければならない。


「よし!完成した。それじゃあ、そろそろ寝ようか」


 布団に入ると、リリーニャはすかさず愁の腕にぎゅっとしがみついた。


「おやすみなさい、愁くん」


「うん、おやすみ、リリー」


 その夜、愁は夢を見た。


 それは、夢というより──『記憶』に近いものだった。


 白い病室、孤独に泣いていた自分。


 美しい歌声、明るい笑顔、桜の花びら。


 とても大切で、だけど思い出すと苦しくなる『あの子』の記憶。


 夢の中、伸ばした手は──あと少しのところで届かず、愁は目を覚ました。


「……まったく、なんなんだよ、いったい」


 部屋はまだ暗く、夜は明けていない。隣では、リリーニャが静かに寝息を立てていた。胸に残る『もやもやとした感情』を抱えながら、愁は再び目を閉じたのだった。



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