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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第6-1話 洞窟の探索


 東の空が淡い朱に染まり始める頃、闇を押しのけるようにして、太陽がゆっくりと顔を覗かせていた。馬車の天幕の隙間から射し込む朝の光が、揺らめく金糸のように揺れ、静かな車内に柔らかな輝きを添えている。


 冷えた朝の空気を胸いっぱいに吸い込めば、肺がきゅうっと縮むような冷気が身体を貫く。だがその感覚こそが、何よりも現実を確かに感じさせてくれる──ここはもう、あの仮想の世界ではない。


(……ゲームの頃にも、これほどまでに生々しい感覚はなかった。肉体も、この命も、未だ謎のままだが……今日という日が、また始まった。それだけで十分だ)


 愁は静かに目を開け、周囲の様子を窺った。


「昨日は夕方まで寝てたはずなのに夜もぐっすり眠れたな……ん?」


 違和感があった。自分はたしか、二人に床の布団を譲り、椅子に身体を預けて眠っていたはずだった。


 しかし今、自分はふかふかの布団の上に寝かされており、左右から温もりが伝わってくる。──挟まれていた。いや、拘束されていた。


 右側では、スフィアが愁の腕にしがみついたまま、満ち足りた表情で寝息を立てている。左側にはリアが、同じようにその腕を抱きしめ、幼い顔をすり寄せながら微睡んでいた。


(……犯人は、言うまでもないな)


「まあ、いいか。いちいち言っても、スフィアには無意味だしな。おーい、二人とも。朝だよ」


 愁の呼びかけに、両側の少女たちはもぞもぞと身じろぎを始め、ゆっくりと瞼を開けた。


「……ん、おはようございます……」


「もう朝かー。おはよう、主様〜」


 寝起きの声はどこか間延びしていて、眠たげな目元をこすりながら起き上がる二人。その様子は、まるで巣から出てきたばかりの小動物のように愛らしい。


 愁はようやく解放された腕を振り、軽く伸びをすると馬車の扉を押し開けた。


 ひんやりとした朝の空気が頬を撫でる。陽光の下には、すでに身支度を整え終えたメラリカの姿があった。陽射しを受けて淡く輝く金の髪が、風にふわりと揺れる。


「あ、愁さん。おはようございます」


「おはようございます、メラリカさん。俺たちも、すぐに準備しますね」


 メラリカは気にしないでと言葉を返したが、だからといってのんびりもしていられない。あまり同行者を待たせるのも申し訳ない。三人は慌ただしく装備を整え、荷物をまとめてメラリカの元へと向かった。


「お待たせしました、メラリカさん」


「大丈夫ですよ。準備は整いましたか?問題がなければ、行きましょうか」


 そうして四人は、目指す洞窟の入り口へと足を進めることとなった。


 巨大な口を開けて待ち構えるようにそびえる、レギオンの洞窟。その口内には陽光も届かず、奥から冷たい空気が這い出してくる。岩肌はぬめるように黒く、どこか生き物のような不気味さすら感じさせた。


 洞窟内での隊列と役割は、すでに打ち合わせ済みだった。


 先頭は〈気配探知〉の技能を持つ愁が務め、次に続くのは戦闘力が高く俊敏なスフィア。三番目には、不慣れなリア。そして最後尾は、経験豊富なメラリカが全体の把握と後方支援を任された。


 このレギオンの洞窟は、希少な高濃度魔力鉱石の産出地として知られ、階層が深くなるにつれて魔力の密度も上がっていく。その影響により、下層には強い魔力に適応した魔物たちが巣食い、危険度も飛躍的に増していくのだ。


 今回の探索は、メラリカの希望で可能な限り下層を目指すこととなっていた。彼女の故郷エルセリア大陸では魔力鉱石の採掘地が少なく、こうして人族のティルマス大陸まで足を運んでいるのだという。


 クエストとして依頼を受ければ鉱石の持ち帰り量に制限はあるものの、報酬を得られるため損ではないとのことだ。


 第一層は拍子抜けするほど順調に進み、罠も魔物も現れなかった。だが、第二層へと差し掛かったとき──


「……気配を捉えた。前方約四百メートル先に、小柄な魔物が十八体。いい機会だ。スフィア、腕試しに任せてもいいか?」


「我がやってもいいのかっ!主様から貰ったプレゼント、早く使いたくて仕方なかったのだ!」


 確かに、洞窟に入ってからというもの、スフィアの落ち着きのなさが気になってはいた。探検に興奮しているのかと思っていたが、理由はまさか、これだったとは。


 やがて、魔物たちの姿が、うす暗がりの奥からぬらりと現れた。


 それは、まるで悪夢から抜け出してきたかのような存在だった。


 顔には目も鼻もなく、口だけが異様に大きく開いている。不揃いな歯がびっしりと並び、青白い皮膚が生気を感じさせない。体格は人間に近いが、醜悪そのものだった。


 さらに、群れの中には、乾いた人間の皮を目や鼻の位置にかぶせた個体もいる。彼らだけが、手には錆びて欠けた剣を持ち、群れの中でも異質な威圧感を漂わせていた。


(あれがリーダー格か?なんというか……)


「……うわっ、キモい……」


 愁が思わずつぶやいた。


 視界の先には、ぼやけた闇の奥から這い出てくる異形の影。ぬめりを帯びた肌に粘液が滴り、地面を引きずるような音とともに近づいてくる。


 視覚だけでも不快なのに、鼻をつくのは湿った獣臭と、まるで腐肉を何日も放置したような『濃密な悪臭』。それがじわじわと肺の奥へと侵入し、内臓を撫でまわすような不快感を残していく。


 スフィアの瞳がその闇の中、獲物を見据えた獣のように鋭く光った。


 愁が顔をしかめながらいると、メラリカが冷静に口を開いた。


「……あれはフェイスイーターですね。複数で群れを成し、鉱石を採掘しに来た冒険者を襲って顔の皮を剥ぎ、被って残りを喰らう。人肉を好む下劣な魔物です」


 その説明に、愁の眉がぴくりと動いた。すぐにスフィアへと視線を向け、力強く頷く。


「よしスフィア、やってよし!」


 『WORLD CREATOR』の中には知性を持ち、対話が可能な魔物も存在していた。その場合はむやみに殺すつもりはなかった。しかし、今回ばかりは別だ。討伐以外に選択肢はない。


「わかったぞ主様!我のかっこいいところ、ちゃんと見ててくれ!」


 意気揚々と声を上げると、スフィアは弾かれたように前へと駆け出す。地を蹴るブーツの音が、岩肌に囲まれた洞窟の中を澄んだ鐘のように響かせた。


 彼女の両手には、この前新たに作られた簡易収納機能付きの指輪がついた特製グローブ。指輪に魔力を込めると、小さな閃光とともに二振りの剣が現れ、そのまま両手に収まった。


 先頭に構える四体のフェイスイーターは、鈍重な動きで迎撃の構えを見せたが──その構えが完成するよりも早く、スフィアの剣が宙を走った。


 鋭い銀光が唸りを上げ、首筋をなぞるように一閃。


 フェイスイーターたちは首を斬られ、緑色の体液を撒き散らしながら崩れ落ちる。その動きには一切の迷いも淀みもない。まるで舞踏のように滑らかで、そして致命的だった。


 勢いを殺すことなく、スフィアは次の獲物へと駆ける。


「主様ー!切れ味最高だぞ!」


 声には歓喜が満ち、耳と尻尾がぴょこぴょこと忙しなく動いている。どうやら新しい武器の使い心地が相当に気に入ったようだ。


 残りの十四体はなぜか一箇所に集まっていた。


 スフィアの眼がぎらりと光り、好機を見逃すまいと剣に魔力を流し込む。すると、両の掌に展開された小さな魔方陣が淡く輝いた。


 右手の剣に黒い稲妻が走り、左手の剣には白い稲妻が瞬く。互いの属性が干渉し合い、バチバチと激しい音を立てながら共鳴する。稲妻を纏った剣が振り下ろされ、光と雷鳴が混じり合って地を裂くように閃いた。


 次の瞬間、黒白の稲妻は轟音とともにフェイスイーターたちの群れを包み込んだ。爆ぜるような閃光と電流の奔流。──それが収まった頃には、魔物たちの姿は影も形もなく消え失せていた。


 凄まじい威力。あれほどの数を一撃で消し飛ばすとは──まさに圧巻だった。


 勝ち誇ったように胸を張って戻ってくるスフィア。尻尾がぴんと立ち、耳がひくひくと動くその様子は、まさしくご機嫌そのものだ。


「見てたか主様!我、頑張った!」


 愁は、ぐいっと上目遣いで顔を近づけてくるスフィアの頭に手を置き、わしゃわしゃと優しく撫でてやる。冗談めいた仕草の中にも、しっかりと信頼と称賛が込められている。


「俺と戦ったときに使ってた、あの大技。発動を早く、小規模にして使えるようにって言ってたやつ、もうモノにしたんだな。さすがだよ、スフィア」


 スフィアの髪が指の間でさらりと流れる。彼女の瞳は嬉しさにきらめき、尻尾はさらに勢いよく振られていた。


 そこへメラリカも微笑みながら口を開く。


「あの数のフェイスイーターを一撃とは、スフィアさん、本当にすごいですね。愁さんの気配探知で事前に敵を察知できるのも強みですし……これは、もっと深い階層まで行けそうです」


 メラリカの冷静な言葉に、愁も内心で頷いていた。


(本当にその通りだな。それに……)


 まるでゲームのダンジョンを探索しているような感覚。こんなにわくわくする冒険の途中でやめるなんて、もったいないにもほどがある。とはいえ、はしゃぎすぎるのは性分ではない。表情を抑えながら、慎重なふりをして答える。


「そうですね。このまま無理せず、慎重に進んで行きましょうか」


 その後も、数体のフェイスイーターや、双頭の犬に似た魔獣たちが立ちはだかったが──スフィアが全て難なく撃破していった。


 順調に階層を下り、いまや二十三階層目。だがここにきて、リアの歩みが明らかに鈍っていた。


 足場は不安定で、空気も薄い。スフィアのように体力のある者や、メラリカのように探索に慣れた者ならまだしも、リアは普通の少女なのだ。疲れが出るのも無理はない。


「リア?大丈夫かい?」


 愁が心配そうに声をかけると、リアは肩で息をしながら、しかし顔には笑みを浮かべて応える。


「大丈夫です。ちゃんと付いていけますので、気にしないでください」


 その声音は澄んでいて、けれど、どこか張り詰めたものを孕んでいた。

 

 なんて健気な子なのだろう──愁は、リアの言葉に目を伏せた。弱音ひとつ吐かず、顔をしかめることもない。だが、それゆえにこそ、無理をさせたくはなかった。


 愁は何も言わず、リアに背を向けると静かに膝を折り、地面に片手をついた。


「よし、俺がおぶっていくよ。だから、その間に少しだけ体を休めてて」


「そ、そんな……申し訳ないです!わたしは大丈夫ですので……!」


 困ったように眉を寄せ、リアは身を引いた。だが、愁は苦笑しながら、軽く冗談めいた口調で返す。


「いいからいいから。言うこと聞かないと、お姫様だっこで連れてっちゃうよ?」


「ふふっ、それは恥ずかしいので……お言葉に甘えて、おぶっていただいても……いいですか?」


 照れくさそうに頬を染め、リアは小さく笑った。その笑顔は、まるで夜明け前の淡い月光のように、ほのかに温かく、儚げで美しかった。


「はいよ。遠慮はいらないってば。──よし、行こうか」


 リアの身体を背中にそっと乗せると、愁はゆっくりと歩き出した。

 

 ひんやりと湿った空気が洞窟の奥へと続いている。


 岩壁の隙間から微かに風が吹き抜け、ランタンの明かりが揺らめくたび、影が生き物のように壁を這う。周囲を見渡しても、めぼしい鉱石の姿は見えなかった。


 まだ深部には届いていないのだろう。この辺りの階層は既に他の冒険者たちに荒らされてしまっているのかもしれない。


 しかし、それにしてもメラリカは実に頼もしい存在だ。魔法による戦闘支援や周囲の照明調整などを、状況に応じて的確にこなし、魔法の威力も精度も抜群だ。ひとたび魔法を操れば、魔力が空気を震わせ、洞窟の静けさを押しのけるように波紋が広がる。


 正直、スフィアとメラリカの二人だけでもこの探索は十分ではないかと思えるほどだった。今のところ、愁は〈気配探知〉に集中し、何かしらの反応があれば即座に報告するだけの役割に徹している。


 退屈と言えば退屈ではあるが、とはいえ、その間、背中のリアと交わす何気ない会話が、歩く足取りを軽くしていた。


「愁さまがたまにおっしゃっている、その、神の秘宝とは、何なのですか?」


 リアがぽつりと尋ねてきた。そういえば何度か口にした記憶はあるが、彼女が覚えていたとは意外だった。


「うーん、俺が持ってるアイテムの中で、いちばん珍しいやつだね。全部で三十六種類しか存在しなくて、手に入れるのは相当大変だったんだよ」


 『WORLD CREATOR』において神の秘宝の争奪はまさに熾烈を極めた。


 その性能は破格で、『公式チート』とまで呼ばれるほど。他プレイヤーたちは実装のたびに血眼で争奪戦を繰り広げた。多く持つ者が攻略でも防衛でも優位に立つ、それがあの世界の常だった。


「愁さまでも、簡単には手に入らないのですね……!愁さまは、いくつ集めたのですか?」


「それを聞いちゃうか、リアよ。俺と昔の仲間たちで、全部で二十四種類集めたんだ。俺の手持ちは十四。残り六は仲間の元にあって、あとは俺の国に保管してある」


「そんなに……!すごいです、愁さま。それにその、お仲間の方々にも、わたし、会ってみたいです」


 目を輝かせながら、リアは素直にそう言った。その言葉に、愁の胸の奥がほんのりと温かくなる。自分の過去を、こうしてまっすぐに興味を持ってくれる人間がいることが、少しだけ誇らしかった。


「そうだね。いつか会えるといいな。俺もまた、みんなに会いたいし」


 そんな穏やかな会話を交わしているうちに、気がつけば三十八階層目──ここより下には、まだ誰の足跡もないと、メラリカが言っていた場所だ。


 一行は小休止を取ることに決め、愁は昔のイベントガチャで手に入れた『現代アイテムシリーズ』のひとつ、冷温対応の水筒を取り出した。


 蓋を開けると、ほのかに立ち昇る湯気が、冷えた洞窟の空気に柔らかな香りを添える。


 中には事前に淹れておいた緑茶。温かい湯気が手のひらを優しく包む。


「愁さんは本当に、不思議なアイテムをお持ちですね。こんな場所で、すぐに温かい飲み物が飲めるなんて……。それにこの飲み物、とてもさっぱりしていて美味しいです。これは何というものなのですか?」


「俺が昔住んでた国のお茶でして、緑茶って呼ばれてます。俺のお気に入りなので、美味しいと言ってもらえてうれしいです」


 湯呑みに映る淡い緑の水面を見つめながら、リアもスフィアも、静かに一息ついていた。


 魔力の気配も微かで、周囲は静寂に包まれている。全員で簡単な食事を取り、今は食後のひととき。ほんのひとときの安らぎが、次なる冒険への力となる。


 深層に待ち受けるものが何であれ、それに立ち向かう覚悟は、すでに整っていた。


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