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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第二章 新たなる世界 【第一次帝国編】

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第1話 亜人の守り手


 王都での賑やかな日々が過ぎ、リアの誕生日を祝った幸福な時間、ユアが襲撃されたあの事件──様々な出来事があったが、村に戻った愁はしばしの間、穏やかな日常を取り戻していた。


 年が明け、本格的な冬が訪れる。外はしんしんと降り積もった雪に覆われ、あたり一面が純白の世界へと変貌していた。大森林の冬は厳しく、毎年最低でも十五センチ、多い時には三十センチもの雪が積もるという話だった。今も屋根や道には二十センチほどの雪がこんもりと積もっている。


 食堂では、暖炉の火がぱちぱちと心地よい音を立て、赤々と燃えている。木の壁に映る炎の揺らぎが温かな雰囲気を醸し出し、部屋全体に優しい熱を届けていた。愁は時折薪をくべながら、リア、スフィア、メラリカとともにのんびりとした時間を過ごしていた。


(はあ……暖炉の火って、こんなに心地いいものだったっけ)


 一月も半ばを過ぎたが、雪の多い日が続き、外での行動は制限されがちだった。だが、村の営みは止まらない。メラリカは村人に農作物の知識を教え、彼らは冬の間に学びを深めている。スフィアとは定期的に訓練を行い、お互いの戦闘技術を高めていた。彼女の才能は目覚ましく、以前よりもさらに腕を上げていることを実感する。リアには魔石の扱い方を教え、初級魔法を自在に操れるようになりつつあった。こうして、冬の間もそれぞれができることを進めながら、充実した日々を送っていた。


 とはいえ、今日はそんな活動をひとまず忘れ、ゆったりと過ごす休息の日だった。


 食堂の暖炉の前には、ふかふかの毛足の長い絨毯が敷かれている。その上には特殊な素材で作られたテーブルがあり、中には熱を発する『火の魔石』を嵌め込むスペースが設けられている。その上に布団をかけ、さらに天板を置けば『こたつ』の完成だ。


 愁が昨日作ったばかりのこのこたつ。ひとたびその魅力を知ってしまえば、もはや抜け出せない。事実、今こうしてリアもスフィアもメラリカも、まるで魔法にかかったようにこたつの温もりに包まれている。


「これは本当に抜け出せませんね。まるで魅了の魔術でもかけられているみたいに……」


 メラリカが感嘆の声を漏らす。その言葉に、スフィアとリアも共感したように続ける。


「本当だな……これは人を駄目にする」


「はい……暖かくて幸せです……」


 普段はしっかり者のリアやメラリカまでが、このこたつの虜になってしまっているのだから、その威力は計り知れない。愁もまた、この温もりを心から愛していた。現実世界で病に伏していた頃も、そしてこの『WORLD CREATOR』の世界に来てからも、こたつを求め続け、ようやく作り上げたのだから、その情熱には自信がある。


「いいよなぁ、こたつって……最高だよな~」


 のんびりとした空気が流れる中、突然、屋敷の玄関を叩く音が響いた。それは、軽やかな訪問の合図ではなく、どこか焦りを孕んだ強いノックだった。


「……ん?何かあったのかな?」


 名残惜しさを振り払い、愁はこたつから抜け出す。冷えた床に足をつけ、早足で玄関へと向かった。


「開けていいよ。どうかしたのかい?」


 扉を開くと、そこに立っていたのは村の亜人族たちの世話役を任されているクロムだった。普段は冷静沈着な彼が、息を切らせている。その様子に、ただ事ではないと悟る。


「お休みのところすみません。愁様。少々問題が起きまして……」


 クロムは荒い息を整えながら、それでも迅速に要件を伝えようとした。その顔には焦燥の色が浮かんでいる。対する愁は、一瞬のうちに表情を引き締めた。


「どうしたんだい?」


「それが……ラリアガルド帝国側の森を探索していた者が、帝国に住む亜人族の少年を保護したのですが……彼は村から逃げてきたと言っていて……。どうやら、その村にはまだ二十名ほどの村人が取り残されており、現在盗賊に襲われているとのことです」


 ラリアガルド帝国──アイラフグリス王国とは異なり、一応は亜人の人権が保証されている国。しかし、一部では彼らの立場はいまだ低く、重い税に苦しみながら細々と生きることを強いられているという話もあるという。つまり村が盗賊に襲われたとしても、帝国の兵士が動く可能性は限りなく低いという事だ。


「その村はここからどれくらいの距離なの?」


「アークルトスの町までの半分もかからない場所です」


(なら、飛行の魔石を使えば、全力で飛んで三十分ほどで到達できる。助けを求める者たちを見捨てるわけにはいかないな)


「よし、わかった。クロムは引き続き村の管理を頼むね。俺はスフィアと二人で向かうから」


 決断は一瞬だった。愁はすぐさま踵を返し、食堂へと向かう。そこでは、こたつの中で至福のひとときを満喫しているスフィアの姿があった。


「スフィア、行くよ。急ぎの仕事だ」


「……ぬくぬく……」


 彼女は心地よさに浸るように甘えた声を漏らし、さらにこたつの奥へと潜り込もうとする。


「そんなこと言ってる場合じゃないの!」


 愁は彼女の腕を引っ張り、強引にこたつから引きずり出した。


「ひゃあっ!?ちょ、主様、いきなり何を──」


 次の瞬間、冷たい空気がスフィアの全身を包み込み、彼女はぶるりと震えた。そして、何の迷いもなく愁の背中にしがみつく。


「さ、寒い……」


「あとでたっぷりこたつに入っていいから、今は我慢してくれ」


 嫌がるスフィアを屋敷の玄関へ連れて行くと、愁は短く息を吐く。その吐息が冬の澄んだ空気の中で白い靄となって消えていった。手早く装備を整え、外へと踏み出す。


 夜空の下、静寂に包まれた大地の上で、スフィアは再び愁の背中にぴったりと張り付く。


「おーい、スフィア。飛行の魔石、自分でも使えるだろ?」


「嫌だ! だって寒いもん! 主様の背中にくっついてた方が温かいし!」


 愁は思わず内心で叫んだ。


(お前は猫か!狼の誇りはどこに行ったのやら)


 だが、実際は魔石の節約にもなるし、何よりスフィアが寒さに震えるのを見過ごすのも忍びない。


「そんじゃ、しっかり捕まっててね。かなり飛ばすからな」


「我、了解!」


 スフィアの腕がぎゅっと愁の身体を抱きしめる。次の瞬間、二人の影が夜の闇へと溶け込むように、風を切って飛び立った。


 雪の降る寒空の中、愁は高速で飛翔する。初級魔法〈低位物理結界〉を展開し、雪と風を防ぎながら進んだ。背中にはスフィアがしがみついているので、体温はそれほど下がらない。だが、視界は悪い。降り積もる雪がぼんやりとした幕を作り、遠くの景色を霞ませていた。


 それでも、いわれた方角へと飛び続けると、やがて黒い煙が天へと伸びるのが見えてきた。視線を凝らす──そこにあったのは、静寂を破るように燃え上がる小さな村だった。


 家々の屋根に積もった雪に対し、二棟の家は燃え、黒煙を激しく噴き上げている。村の中央には、亜人と思われる村人が二十人ほど集められ、恐怖に怯えながら身を寄せ合っていた。その周囲を囲むように、八人ほどの盗賊が武器を構えて立っている。


 村に近づくにつれ、耳をつんざくような悲痛な叫び声や、必死に懇願する声が飛び交うのが聞こえた。視線の先では、ひとりの青年が数人の盗賊に取り囲まれ、無慈悲に殴打されている。荒々しい怒号が飛び交い、金目の物を出せと強要されているのが見て取れた。


「スフィア、行くぞ! とりあえず峰打ちで気絶させよう」


「わかったのだ! 主様!」


 地面に降り立つや否や、愁とスフィアは一気に駆け出す。目で合図を送り、二人で四人ずつ片付けると伝えた。スフィアがしっかりと頷き、すぐさま盗賊に飛びかかる。彼らはただの人族だった。愁とスフィアの動きについて来られるはずもなく、八人は瞬く間に沈んだ。


 突如として形勢が逆転し、圧倒的な実力差を見せつけられた村人たちは、茫然とその場に立ち尽くしていた。


「みんな、大丈夫かい?」


「あ、ありがとうございます! でも、盗賊団に手を出したら、やつらの親分が黙ってないんだ。すぐにでも、ここに大勢の人間を送ってくる……」


 愁は即座に〈気配探知〉を展開し、周囲を探る。すると、近くにおよそ五十人分の人族の反応がある。村人が言っていた盗賊団の親分かはわからないが、かなりの数である。その反応は着実に、村へと向かってきていた。


「スフィア、村人を守るぞ」


 愁はすぐに〈守護者の聖域〉を展開し、一箇所に集めた村人たちを結界で包み込んだ。守りの準備を終えた頃、村の入り口から続々と盗賊たちが姿を現した。


 その中から、一人の男が前へと進み出る。その姿は、明らかに他の盗賊とは異なっていた。


 身なりのいい服装──貴族だと言われれば信じてしまいそうなほど、無駄に煌びやかな衣装に、指には宝石が輝く指輪がいくつも嵌められていた。


 男は倒れ伏した八人の仲間を一瞥し、気味の悪い笑顔を浮かべる。


「おやおや。これは、我らの同胞が倒れていますが? 村長? どういうことかな?」


「そ、その、こ、これは……」


 村長と呼ばれた亜人族の男は、痩せ細った身体を震わせ、今にも倒れそうなほど顔色を悪くしていた。声も上擦り、恐怖で言葉を紡ぐことすらままならない。頃からどれほどの圧力を受けてきたのか、この光景だけで容易に想像がついた。


「たまたま通りかかった俺が、村の住人が盗賊にリンチされているのを目撃したから制圧したんだ。あれはやりすぎだからね」


「……何笑ってやがるんだ、お前? この人数相手にいい度胸してるじゃねぇか」


 先程までの紳士的な態度は霧散し、ポロロックの目つきは獣のように鋭さを帯びた。その上品な装いとは裏腹に、内側に潜むのは腐臭を放つ盗賊そのものだった。


「ぶち殺す前に一つ教えておいてやろう。俺たちはブレスト様率いる『陸傑死団』の団員、そして俺はいずれ死団長になる男──ポロロック様だ」


 ポロロックが手を高く掲げると、後方に控えていた盗賊たちが一斉に武器を振り上げ、怒号のような咆哮を上げる。


「「陸傑死団万歳! ポロロック様万歳!」」


 夜空に響くその叫びは、獲物を追い詰めた狩人の勝鬨のようであり、冷たい闇に獣たちの狂気を刻みつけた。そんな配下たちの歓声を浴びながら、ポロロックは得意げな表情で村人たちを指差し、声を荒げる。


「こいつらは俺様の物なんだ!余所者が口出しするんじゃねぇ!お前ら、やっちまえ!」


 卑小な王のように命じるポロロック。その号令と同時に盗賊たちが一斉に駆け出し、愁へと襲いかかった。


 愁は冷静に宵闇の柄に手を添え、迎え撃つ体勢を取る。しかし、次の瞬間──


 ポロロックと愁との間、およそ十メートルの距離。そのちょうど真ん中に、どこからともなく一人の少女が音もなく降り立った。


(ん?……子供?)


 愁の視線の先には、猫耳を持つ少女が立っていた。ピンク色の髪がふわりと揺れ、妙にフリルやリボンの多いドレスのような衣装を身に纏っている。手には、宝石のように淡く輝くピンク色の杖──まるで童話の中から飛び出してきた魔法少女のような風貌だった。


 少女は杖をポロロックに向け、見た目通りの可愛らしい舌足らずな声で告げる。


「見つけたよ、陸傑死団のポロロック!あなたね!最近この辺の亜人族の村を襲って回っているのは!」


 突如現れた不思議な少女に、ポロロックは一瞬呆気に取られる。しかし、すぐにいつもの横柄な態度を取り戻し、鼻で笑いながら答えた。


「そうだ!俺がポロロック様だ!亜人どもから巻き上げた金や食料を献上して、俺は次期死団長の座を頂くことになってんだよ!亜人どもには手を出しても、国は滅多に動かねぇからな。いいカモだぜ、ひひっ!」


 その言葉に、少女の表情が一瞬険しくなる。しかし、すぐにふんわりとした笑顔に戻り、静かに杖を構えた。


「ふーん。あなたなんかどうでもいいけれど、リリーは陸傑死団を許すつもりはないの!悪いけど、ここで『お仕置き』するねっ!」


 その瞬間、杖の先に魔力が集まり始めた。その光景は、少女の魔法がただの魔法ではないことを物語っていた。空気が震え、キラキラと可視化された魔力が集束する。まるで星屑を集めるかのように、光が渦を巻きながら杖へと収束していく。その様子は、まるで愁がクラフトを行う際のエフェクトにも似ていた。


 状況を悟ったポロロックと盗賊たちは、標的を愁から少女へと切り替え、一斉に殺到する。しかし、少女は動じることなく、両手で杖をしっかりと構え──詠唱を始めた。


「行くよー!わーくみらくる!〈めておいんぱくと〉っ!」


 少女の掛け声と共に、杖の先が輝きを増し、宙に魔法陣が浮かび上がる。赤い文字が刻まれたその魔法陣は、まるで天の啓示のように光を放った。


(……ん? めておいんぱくと?)


 違和感を覚え、愁は顔を上げる。


 そして、その視線の先──暗がりの空に、『燃え盛る巨大な隕石』が浮かんでいた。徐々に接近してくるそれは、まさしく落下寸前の災厄そのもの。


「うわっ!嘘だろ!あれってまさか──」


 愁は即座にスフィアの体を抱き寄せ、〈守護者の聖域〉を重ね掛けで自身に展開する。さらに村人たちにも、同じく防御魔法を施した。


「うぎゃっ!なんなのだ主様!いきなりそんな……」


 狼狽するスフィアを無視し、愁は隕石の落下地点を見極める。


(間違いない。この魔法は……)


 目の前で行使されている魔法は、『WORLD CREATOR』の上級魔法の一つ、〈メテオインパクト〉。広範囲殲滅型魔法であり、巨大な隕石を召喚し、対象を根こそぎ薙ぎ払う禁断の技。その破壊力は、『WORLD CREATOR』の通常魔法の中でも五指に入るほど。


 そんな物騒な魔法を発動しながらも、少女は無邪気な笑みを浮かべ、杖をポロロックに向ける。まるで可愛らしくポーズを決めるかのように。


「陸傑死団には──『お仕置き』だよっ!」


 少女の澄んだ声が夜空に響き渡る。


 次の瞬間──世界が震えた。天を裂く轟音とともに、巨大な隕石が降り注ぐ。それはまるで天空からの裁き。大気を灼く炎を纏い、眩い光を放ちながら猛スピードで地上へと迫り、周囲を燃え盛る黄昏色に染め上げられた。


 大地が悲鳴を上げる。衝撃波が空気を裂き、爆風が唸りを上げ、盗賊たちは己の末路を悟った。


「ひ、ひぃぃぃっ……!!」


 ポロロックを筆頭に、盗賊たちは我先にと逃げ出す。だが、無駄だった。

 

 轟然と燃え盛る『天の槌』が、すさまじい熱と圧を生み出しながら落下する。彼らが断末魔の声を上げる間すら与えず、凄まじい爆発音とともに大地へと突き刺さった。


 ──刹那、『地獄』が生まれた。


 衝撃波が四方八方へと広がり、音すら飲み込む爆音と共に全てを薙ぎ倒していく。地面が隆起し、村の建物は『塵』と化した。まるでこの世の理を覆すかのように、あらゆるものが崩れ去る。


 爆煙が晴れると、そこには直径数百メートルにも及ぶ巨大なクレーター。ただの更地ではなく、『消滅』。そこには、ただ瓦礫すら残らぬ虚無の空間が広がっていた。ポロロックも、盗賊たちも──何もかもが、存在した痕跡すら残らずに。


 そして、静寂が訪れる。凄絶なまでの破壊の後には、ただ冷たい風が吹くだけだった。


「えげつねぇ……」


 愁は呆然と呟いた。


 これはもはや『お仕置き』などという生ぬるい言葉では表せない。神話に語られる神罰ですら、ここまでの威を誇るものはそう多くないだろう。しかし──それは『終わり』ではなかった。


 夜空に舞い上がる少女。ふわりと宙に浮かびながら、彼女はゆっくりと杖を掲げる。


「……あいうぃっしゅ!お願い!村を元通りにして!」


 瞬間、杖の先から眩い光が溢れ出した。金色の輝きが幾千もの粒となり、まるで流星のように降り注ぐ。


 そして、光が触れた場所に、奇跡が起こる。


 崩れ去った建物が、まるで時間を巻き戻すように元の形を取り戻していく。薙ぎ倒された木々が生命を宿したかのようにゆっくりと立ち上がり、ひび割れた大地が一瞬にして滑らかに修復されていき、瞬く間にかつての村がまるで夢幻のように『復活』した。


 静かに降り立った少女は、満足そうに微笑みながら愁に向かって手を差し出す。


「こんにちは!リリーはね、リリーニャ・スターライトって言うんだよ!村の人達を守ってくれてありがとうね!」


 破壊の神が──無邪気な笑顔を浮かべていた。


「あ、ああ……どういたしまして。俺は八乙女 愁です。よろしくね」


 愁は戸惑いながらも手を握り返した。


 リリーニャはそのままぶんぶんと元気いっぱいに手を振り回す。小柄な体躯ながら、その無邪気さは圧倒的な力を感じさせるものだった。


 握手が終わると、リリーニャは杖をコツンと地面に当てる。ふわり、と光が彼女の周りを包み込んだ。その光が消えたとき──そこに立っていたのは、先程とはまるで別人のような少女。


 ピンク色だった髪はアッシュベージュへと変わり、華やかなフリルとリボンの魔法少女風の衣装は、素朴な町娘の服へと変わっていた。杖も消え、ただの可愛らしい少女に変わる。


「愁くん、人族なのに亜人族の人達を守ってくれるんだね。珍しい人に会えちゃったなっ!」


 無邪気な笑顔。それは周囲の空気をも明るくするほどのものだった。


「リリーニャさんはずいぶんとお強いんですね。さっきのはビックリしちゃいましたよ。あの魔法、誰に教わったんですか?」


 愁は警戒を滲ませながらも問いかけた。あれは紛れもなく『WORLD CREATOR』の魔法。この世界の理を超越する力だ。それを使う者は──ただの旅人ではない。愁と同じく転生してきた元プレイヤーか、プレイヤーから魔法を教わった者のどちらか。


 だが、返ってきたのは予想外の答えだった。


「愁くん、えっとごめんね。リリーは今から五年より昔の事は名前と年齢以外は何も覚えてなくて……だからこの魔法の事も何もわからないの。それとリリーでいいし、敬語とかもやめよっ!」


(記憶喪失?本当か?いやでも、今はこれ以上踏み込まないことにするか)


「了解、なら普通に話させてもらうね。そっか、それならいいんだ。それじゃあリリーは何をしてる人なのかな?」


 リリーニャはしばし考え込み、やがてにっこりと微笑んだ。


「リリーの目的はね、陸傑死団を壊滅させること!三年前にリリーのパパとママ、それに村のみんなを皆殺しにした団長のブレストって人を探しながら、酷いことされている亜人のみんなを助けてあちこちを旅してるんだ」


「そうなんだ。ひとりで旅してるのかな?」


 その問いに答えようとしたリリーニャだったが、返事よりも先に、森の奥深く、木々が囁くように風に揺れる静寂の中、どこか疲れを滲ませた男の声が響いた。


「おーい!リリー!そこにいるのかーい?」


 その声に応えるように、軽やかで弾んだ声が返る。


「こっちこっち!ライト、遅いよーっ!」


 枝葉の間から差し込む木漏れ日を浴びながら、リリーニャが楽しげに手を振った。彼女の視線の先、一本の獣道を駆け抜けるようにして現れたのは、金髪碧眼の青年だった。青年は息を整えながらも柔らかな笑顔を浮かべ、愁とスフィアに向けて礼儀正しく一礼した。


「はじめまして、僕はライトと言います。リリーが何かご迷惑をおかけしてませんか?」


 その言葉に、愁は少し苦笑しながらも応じた。


「俺は八乙女 愁と言います。よろしくお願いします。まあ、だいぶ派手にやってたみたいですけど……元通りになってるので、多分、大丈夫ですよ」


 ライトは胸を撫で下ろし、大げさに安堵の息をついた。


「はー、よかったです! いつもやり過ぎるから、よく言い聞かせてるんですけど……何せまだ幼い子なもので、加減がわかってない時があるんですよね」


(幼い子?)


 愁は眉を寄せ、リリーニャを見つめた。整った顔立ち、小柄ながらもしなやかな体つき、そして高度な魔法を操る力量──とても『幼い子』と呼べるものではない。


「え? 失礼かもしれないけど、リリーは何歳なのかな?」


「んー? リリーはもうすぐ十二歳だよ!」


 あまりにも無邪気な声と、衝撃的な事実。その答えに愁は目を見開いた。


(まさかの……まだ十一歳……だと!?)


 上級魔法の行使、見知らぬ力を秘めた杖の所有、そしてこの落ち着き──それに『胸部の豊かなふくらみ』。どれを取っても、目の前の少女は普通の子供とは思えなかった。


「あ、そうなんだ。全然見えなかったよ、あはは」


 愁は苦笑しながらも、心の奥底で驚きを隠せなかった。


「愁さんは人族の方ですよね? 亜人族に対して偏見がないように見えますが、そういう認識で大丈夫でしょうか?」


 ライトの瞳はまっすぐに愁を見つめていた。それは、疑念ではなく『純粋な問い』だった。


「俺はそういう差別はしませんよ。困っている人がいれば、種族に関係なく、手が届く範囲で助けたいと思ってますので」


 その言葉に、ライトの表情がわずかに緩んだ。張り詰めていた空気がほどけるように、彼は安心したように微笑み、ゆっくりと愁に手を差し出した。


「よかったです。そういう考えの人族の方とは、なかなか出会えないので……お会いできて嬉しいです」


 しっかりと交わされる握手。その後ろでは──


「わーくみらくる!〈ぱーふぇくとひーる〉!」


 澄んだ少女の声が響いていた。杖を構えたリリーニャだ。そして次の瞬間、眩い光が広がる。


(……パーフェクトヒールだと!? やっぱり、気になるなあ……)


 愁の脳裏を走る驚愕。〈パーフェクトヒール〉もまた、『WORLD CREATOR』の上級回復魔法だった。いかなる傷も、穢れさえも浄化する神聖な術式であり、習得は回復系魔法で最高難易度でもある。


 愁の驚愕をよそに、柔らかな光の中で、瀕死の村人の傷がみるみる塞がっていく。苦しげだった表情が安堵へと変わり、彼は膝をつきながら涙を流した。


「……ありがとうございます……! 本当に……本当に……!」


 何度も頭を下げる村人。リリーニャは無邪気に笑って「えへへー」と言いながら小さく手を振った。そんな彼女を見つめるライトの横顔には、どこか『嬉しさ』と『哀しさ』が入り混じっていた。


「はは、リリーはやっぱりすごいなあ」


 その声には、誇らしさと何かを諦めたような響きがあった。


「あの魔法……いったい何なんですか? 珍しいですよね?」


 愁の問いに、ライトは少し目を伏せる。


「あれは、本人にもよくわかってないみたいですよ。昔、色々とあったときに突然頭のなかに浮かんできたらしくて……不思議ですよね。そもそも五年前にいきなり村に現れて、記憶がないって言うんですから」


 愁は黙った。


(……記憶喪失。さっきリリーも言ってたな……)


 並外れた魔法の才能、謎めいた過去、そしてこの無邪気な性格。『違和感』が脳裏をかすめるが、今は深く追求しない。焦っても答えはやってこないと直感が告げていたからだ。


 そこへ、リリーニャの弾むような声が飛んできた。


「ライトー! まだお話中なの? リリー、お腹減ったよー!」


 彼女は小さな手でお腹を押さえ、可愛らしい尻尾をふりふりと揺らしていた。


「そんなこと言っても、リリーが勝手に行っちゃうから、食料まだ買ってきてないんだよ? 何もないよ?」


「うぅ、お腹減った……」


 耳を伏せ、しょんぼりとしっぽを垂らすリリーニャ。その姿は、まるで『飢えた子猫』のようだった。その様子を見て、愁はふっと微笑み、エンドレスボックスに手をかけた。


「そうだ! よかったらこれ、食べてください」


 取り出したのは、新鮮な野菜や肉、干し果物などの食材だった。


「え? こんなに食料貰えませんよ! お金払いますから!」


「いえいえ、お金は大丈夫ですよ。代わりに調理したら、俺たちにも食べさせてください」


 愁の提案に、ライトは少し考えた後、柔らかく笑った。


「そういうことなら……喜んで。少し向こうに山小屋があって、今はそこに仮住まいしているので、そこで調理しますね。一緒に来てくれますか?」


「やったー! ご飯ご飯!」


 リリーニャは尻尾を元気よく振りながら、嬉しそうに跳ねる。その姿は、年相応の少女らしく、どこかほっとするものだった。


 こうして、愁とスフィアは村人たちに別れを告げ、リリーニャとライトの暮らす山小屋へと向かうのだった。



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