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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第11.5話 善悪の基準


 ウエルピスでの魔族との戦いの後、アルバートはクミラと共に王都へと向かう馬車の中にいた。馬車は木々の生い茂る街道を進み、窓の外では穏やかな風が梢を揺らしている。陽光がちらちらと揺れる車内で、アルバートはふとクミラを一瞥した。


 彼女とは他の勇者たちとは違い、比較的親しい関係にあった。かつて彼が指導していたこともあり、形式ばらずに言葉を交わせる間柄だ。さらに、二人とも元は平民の出身でありながら、その実力を認められ勇者となった。その共通点があるからか、自然と話が弾むことも多かった。


 王都までの道のりをただ黙って過ごすのも味気ない。アルバートはふと、先の戦いでクミラが放った圧倒的な魔法を思い出し、口を開いた。


「それにしても、あの魔法はすごい威力だったな。見たことのない魔法だったが、オリジナルなのか?」


 突然の問いかけに、クミラの肩が僅かに揺れる。驚きとともに、どこか嬉しそうな色がその青い瞳に宿った。


「あ、はい! 魔力と聖気法力を合わせて組み上げたオリジナルの魔法なんですっ!」


「クミラはすごいな。既存の魔法はほぼ全て扱えるし、自分のオリジナルまで作ってしまうとは」


 その言葉に、クミラの頬がふわりと紅潮した。視線を逸らし、恥ずかしそうに俯く。


「そ、そんなことないです……アルバートさんの方がすごいですよ! あの魔族もすぐに討伐してましたし。私なんてギリギリまで追い詰められちゃいましたから」


「あれは力で押し切るタイプの相手だったからな。ああいう手合いはさほど倒すのは難しくない。自分に自信のあるやつほど隙が多いからな。それに──私にも守ってやらないといけないやつが出来たんだ。今よりもっと強くならないといけない」


 その言葉を聞いた瞬間、クミラの胸に小さな棘が突き刺さるような痛みが走った。


(守るべき人……? 誰のこと……?)


 聞きたくない。でも、どうしても聞いてしまう。彼が誰を想い、そのために強くなろうとしているのか──知りたくて、知りたくなくて、それでも。


「その……守りたい人って、誰のことなんですか? も、もしかして……恋人……とか?」


 自分でも震えてしまいそうなほど緊張していた。もし、この問いの答えが自分の望まないものであれば──きっと胸の奥が張り裂けてしまう。アルバートが返事をするまでの数秒間。いつもなら瞬く間に過ぎる時間さえも、今のクミラには永遠のように感じられた。


「いや、恋人ではないよ。弟子の事だ。もう四年くらい面倒を見ているのだが、最近はすごくわがままでよく困らせられているんだ」


 その答えを聞いた瞬間、クミラは密かに息を吐いた。安堵と同時に、胸の奥に秘めた想いがわずかに灯る。


(よかった……恋人じゃない……それだけで、嬉しい)


「そ、そうなんですね。お弟子さん、ですか。どうですか? アルバートさんが教えるくらいなので、お弟子さんも優秀な方なんでしょうね」


「うーん、そうだな。才能はある子だな。訓練にはいつも本気で取り組むし、すぐに吸収する賢い子なんだが。普段の態度がな……」


 アルバートはげんなりした様子を見せた。その表情に、クミラはくすりと微笑む。


(どんな人なんだろう……)


 ほんの少しだけ、胸の奥に『ちくり』としたものが疼く。彼が誰かを特別に思っている。それがたとえ恋愛感情でなくても、どこか寂しさが胸をかすめた。それでも──クミラは迷いながらも口を開く。


「私も、そのお弟子さんに会ってみたいのですが……王都に戻ったら、お家、お邪魔してもいいですか?」


 自分の気持ちをごまかすための、ほんの小さな口実。けれど、それが彼との距離を縮めるきっかけになるのならそれでよかった。

 

「ああ、構わないよ。教会の裏にある元孤児院だった建物に住んでいるから、報告が済んだら遊びに来てくれ」


「は、はい! わかりました。後ほど、お邪魔させてもらいます!」


 馬車の揺れに身を任せながら、クミラは自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。自然と口元が緩んでしまいそうになるのを必死で抑えるが、胸の高鳴りまではどうしようもない。そっと両手を握りしめる。


(やった……! 少しでもアルバートさんとの距離を縮められるかもしれない!)


 長年秘め続けた想いが、心の奥で静かに燃え上がる。どんなに遠い存在に思えても、諦めるつもりはない。今日こそ、一歩近づくんだという思いが強くなるクミラだった。


 そんな彼女の心情を知る由もないアルバートは、相変わらず落ち着いた様子で馬車に揺られていた。やがて王城に到着した二人は、謁見の間へと進み、セルシオ国王の前に跪く。荘厳な赤い絨毯が広がり、周囲には王家の紋章が刻まれた柱が立ち並ぶ。静寂に包まれた空間に、セルシオの重々しい声が響いた。


「二人ともよくやってくれた。魔族の脅威も一先ずは去った。これで民も安心できるだろう。後ほど用意した褒美を渡そう」


「ありがたき幸せにございます」


 二人は深く頭を下げる。だが、報告が終わればすぐに退出を促されるはずが、セルシオはそのまま言葉を続けた。


「もう一つ、これはアルバートへの話だが、昨夜、一つ問題が起きた。手配書に載っている男が教会の裏手で少女と争っていたと、シスターから報告があった」


 アルバートの心臓が跳ね上がる。


 『教会の裏手』『少女』──それらの言葉が彼の脳裏で結びついた瞬間、血の気が引いた。


(まさか……ユアが?)


 焦燥感が胸を突き上げ、無意識に顔を上げる。


「陛下、その件について、詳しくお聞かせ願えますか」


 クミラは隣で、アルバートの変化を敏感に感じ取っていた。普段は冷静な彼の目がわずかに揺らぎ、唇が引き結ばれている。明らかに動揺していた。


「もちろんだ。手配書の男は、帝国の元・金等級冒険者。王国でも懸賞金が懸けられているほどの実力者だ。通報を受けた兵士が駆けつけた時には、その男が黒髪の少年に何かの力を使われ、跡形もなく消え去るのを目撃したという。そして、手配書の男との戦闘で傷を負った少女は、何かの液体を飲まされると、瞬く間に怪我が治り、そのまま黒髪の少年とともに教会裏の建物へ入っていったそうだ」


「陛下、それは私の弟子に違いありません。ですが、戻ってからまだ話をしておらず、詳細は把握できておりません」


「何も疑っているわけではない。ただ、元とはいえ金等級の男を一瞬で消し去るほどの力。そして、飲ませるだけで傷を癒やす薬──どちらも見過ごすわけにはいかぬ。ましてや、アークルトスの町で目撃された男と同一ならば、なおさらだ」


 アルバートの背に冷たい汗が伝う。


(ユア……無事なのか? それに、黒髪の少年……一体何者だ?)


 急がなければ。だが、今は国王の前。逸る気持ちを押し殺し、彼は深く息を吐いた。


「戻り次第、弟子から事情を聞き、少しでも情報を集めて報告いたします。その後、新たな任務をお申しつけください。必ず遂行してみせます」


「うむ。任務で疲れているところ悪いが、頼んだぞ。それと、クミラ、お前もしばらくアルバートを補佐してやってくれ」


「はい! お任せください!」


 クミラは力強く頷いたが、その内心は複雑だった。


(アルバートさんが、こんなにも動揺するなんて……。お弟子さんのこと、本当に大切に思っているんだな。どんな人なんだろう……?)


 クミラはふと、胸の奥が温かくなるのを感じた。あれほど冷静で、どんな状況でも揺るがないと思っていたアルバートが、これほどまでに取り乱している。その事実が、彼がどれほどユアという少女を大切に思っているかを、言葉以上に物語っていた。


 だが、彼の助けになれるなら、それでいい。彼の隣で、彼を支えられるなら──深く息を吸い、クミラは気持ちを切り替えた。


 


◆◇◆◇◆◇




 謁見の間を出た瞬間、アルバートは抑えきれない焦燥を滲ませながら、自宅へと一直線に駆け出した。その足取りは急ぎ足というより、まるで戦場へと向かう兵士のような切迫感に満ちていた。


(頼む……無事でいてくれ──!)


 彼の胸を締め付けるのは、不確かな恐怖だった。普段ならどんな状況でも冷静でいられるはずの彼が、今はそれすらできない。ただひたすらにユアの無事を願い、足を止めることなく街を駆け抜けた。


 夕暮れの空は紫と朱に染まり、長い影が石畳の上に伸びていた。街のざわめきが遠く聞こえる中、アルバートの視線はただ一つ、自宅へと注がれていた。やがて目に映った自宅の窓には、ほのかな灯りがともっている。


(ユアは……いる。良かった……)


 胸の奥にわずかな安堵が広がる。しかし、それでも完全には安心できない。彼女の姿を直接見るまでは──。


 扉の前に立ち、荒くなった息を整えながら、迷うことなく扉を押し開けた。


 ──いつもなら、ユアがすぐに出迎えてくれるはずだった。


 だが、今日は違った。


 妙な静寂が家の中を支配している。不吉な予感が背筋を駆け上がる。アルバートは躊躇うことなく奥へと進み、まっすぐユアの部屋の前へと辿り着く。


「ユア!」


 返事はない。焦燥が頂点に達し、彼は躊躇うことなく扉を開いた。


「ちょ、ちょっとお師匠さまっ!? いきなり開けないでください! 私、着替えてたんですけどっ!」


 そこには、慌てて上着を抱えて身を隠そうとするユアの姿があった。頬は紅潮し、瞳は驚きと羞恥に揺れている。


(……無事だった……)


 その事実が確認できた瞬間、張り詰めていたものが一気に崩れ去った。衝動のままに、アルバートはユアを強く抱き締める。


「ななっ! なんですか!? どうしたんですか、お師匠さま?」


 驚きながらも、ユアの声にはどこか安堵が滲んでいた。戸惑いながらも、彼の腕の中で微かに震える。しばしの間、アルバートは何も言わず、ただ彼女の温もりを感じることで、自らの恐怖を振り払おうとしていた。


「あの……何か言ってください。それに私、すごく恥ずかしいんですけど……」


「……すまなかった。陛下に報告に行った際、昨日のことを聞いてな……。取り乱してしまった」


「陛下もご存じだったんですか?」


 ユアは少しの驚きを見せながらも、昨日起きた出来事を語り始めた。リアとの再会、愁との食事、貴族の男との騒動、暗殺者に襲われたこと──そして、最後に愁に助けられたこと。


 語るごとに、ユアの表情は沈んでいく。そして、最後に彼女は手紙を取り出し、アルバートへと差し出した。


 アルバートは黙ってそれを受け取り、静かに目を通す。文章の端々ににじむ愁の誠実さが伝わってきた。やがて、彼はそっと視線を落とし、言いにくそうに口を開く。


「彼、八乙女 愁は、ユアにとっても私にとっても恩人だ。話を聞く限り、間違いなく善人なのだろう。しかし……」


 重苦しい沈黙が落ちる。


「陛下は彼を探し出せと命じられた。場合によっては──争わねばならないかもしれない」


 ユアの表情が凍りつく。


「討伐命令が……出てるんですか?」


「いや、まだそこまでは。しかし、命令に従わなければ、その可能性もある」


「そんなのおかしいです! 愁さんは何も悪いことしていないのに! どうして罪人のような扱いを受けなきゃいけないんですか!?」


 ユアの拳が震え、瞳には怒りと涙が滲む。アルバートはそれを見つめながらも、言葉を選ぶように口を閉ざした。


「……すまない。ユア、それでも命令は絶対なんだ」


「……っ! もういいです! 出てってください!」


 ユアは怒りと悲しみの入り混じる涙を浮かべながら、扉を力いっぱい閉めた。

 

 扉一枚を隔てた向こう側から、微かに聞こえる啜り泣きの音。そのかすかな響きが、アルバートの胸に鋭く突き刺さる。


(……どうすればよかったのだろうか)


 己の無力さが嫌になる。どれだけ剣を極めようとも、どれだけ忠誠を尽くそうとも、大切な人の涙すら拭えない。アルバートは拳を握りしめ、深く息を吐いた。しかし、どれだけ呼吸を整えようとしても、心の中に渦巻く重苦しさは消えてくれない。


 その時、不意に玄関の扉がノックされた。


 まるで沈黙に押しつぶされそうな空気を切り裂くような軽やかな音だった。アルバートは重い足を引きずるように玄関へと向かい、静かに扉を開ける。


「やあ、クミラ。いらっしゃい」


 そこに立っていたのは、明るい笑顔を浮かべたクミラだった。夜風に揺れる青色の髪が、柔らかく光を反射している。彼女の存在は、荒波に飲まれそうな心にそっと差し込む、一筋の光のようだった。


「さっそく来ちゃいました! ……あれ? アルバートさん、なんか元気ないですね。どうかしたんですか?もしかして、お弟子さん、大けがでも……?」


 彼女の声はいつもと変わらず明るいが、その瞳には心配の色が浮かんでいた。


 アルバートは彼女を家へ迎え入れ、リビングへと案内した。重い口を開き、ユアとのすれ違いについて淡々と語る。己の迷い、陛下の命令、そしてユアの涙──それらを紡ぐたびに、胸が締めつけられるようだった。


 話を聞き終えたクミラは、しばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。


「……なるほど。確かに、それは怒りたくもなりますね。私だって……もしアルバートさんにそんな命令が下ったら、どうするか分からなくなっちゃいます」


 ぽつりと零れた彼女の言葉には、静かな熱がこもっていた。クミラはアルバートをことをずっと見てきた。だからこそ、彼がどんな人間か、どれだけ誠実に己の信念を貫いているかを理解しているつもりだ。それでも、その誠実さゆえに彼の立場がユアを苦しめていることが、歯がゆくて仕方がなかった。


 アルバートは、少し目を伏せながら低く呟いた。


「……私もユアの気持ちは分かる。だが、命令には逆らえない」


 その言葉に、クミラはゆっくりと首を振る。そして、ふっと笑みを浮かべた。


「アルバートさん、今はユアちゃんをそっとしておいてあげてください。時間が経てば、きっと落ち着いて話せますよ。それに──」


 そこでクミラは、思いついたように手を打った。


「そうだっ! 少し外に行きませんか? 気分転換のついでに夕食でも買って、三人で食べましょう!」


 彼女の明るさは、どこか無邪気ですらあった。だが、それがどれほど救いになるか、アルバートは知っている。


「……そうだな。ありがとう、クミラ」


 彼の口元に、わずかに緩んだ笑みが浮かぶ。


「はいっ! そうしましょう。美味しいものを食べれば、きっとユアちゃんの気持ちも少しは和らぎますよ!」


 クミラは楽しげに微笑みながら、玄関へと向かった。その姿を見つめながら、アルバートはふと、重苦しく沈んでいた心が少しだけ軽くなったような気がした。


(……ありがとう、クミラ)


 彼は小さく息を吐き、彼女の後に続くように歩き出した。

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