第5-1話 冒険者とクエスト
新たな仲間が増えてから数日。
新たに亜人たちのための住居を築いたことで、ボックス内の資材は目に見えて減っていた。
中でも――魔石の素材が、致命的に足りない。戦闘にも、日常の生活にも不可欠な魔石。それを作れないとなれば、あらゆる計画が立ち行かなくなる。
木材や石などは探索すれば容易に見つけられるが、魔石の主な原料となる『魔塊鉱』は、そうはいかない。
これは『WORLD CREATOR』内でも、地形や魔力の流れが特殊なごく限られた場所にしか存在しない貴重な資源なのだ。
「……これは少し、冒険に出る必要がありそうだな」
愁がぽつりと呟くと、その隣で耳をそばだてていたリアが、小首を傾げて問いかけた。
「冒険ですか?」
「うん、冒険!正直、素材不足は由々しき事態だけど──ぶっちゃけ、冒険がしたい!この国がどんな風になってるのか、自分の目で確かめたい!」
目を輝かせる愁。その声には、単なる素材集めにとどまらない『探求心』が滲んでいた。
彼の中に流れるゲーマーとしての血が、新しい地を知りたい、未知を切り拓きたいという衝動を駆り立てている。
だが、それは決して衝動だけではない。この世界について知らぬままに過ごせば、いつか必ず足元を掬われる時が来るだろう。
そして何より──魔石戦闘を主軸とする愁にとって、安定して素材を入手できる手段の確保は、『生存』そのものに直結する。
そんな二人の会話を聞いていたスフィアが、黒髪を揺らして一歩前に出た。
「ならば、以前話した“あの洞窟”に行ってみるといい。主様は確か、魔力鉱石を求めていたであろう?」
魔力鉱石──それは、この世界において魔石の代替素材たりうる鉱石であり、うまく加工できれば、街の街灯や室内灯の魔力源としても使われる高価な資源だという。
「……それだ。よし、行こう!ただ、現地に詳しい人間が一人は欲しいところなんだよなあ」
見知らぬ地を手探りで進むのは非効率だし、何より“冒険”とは、新たな出会いの機会でもある。愁の胸には、そんな『期待』もまた、ふつふつと芽生えていた。
「それなら愁さま。ギルドで洞窟に関するクエストを受けている冒険者に同行するのはいかがですか?素材採取の依頼があるなら、きっと同じ目的の方がいるはずです」
リアの提案に、愁は思わず手を打つ。
「いいね、それ!冒険者ギルド。いかにも“それっぽい”響きだ」
『WORLD CREATOR』には、正式な冒険者ギルドというものは存在しなかった。だからこそ、この世界における“ギルド”とは何なのか。どのような情報が集まり、どんな人々が集っているのか確認しておく価値は高い。情報収集の拠点としても、頼れる人材を見つける場としても、申し分ないだろう。
「よし、それじゃあ俺とリアとスフィアで、さっそくギルドに向かおう!」
「うむ。では村の守りは、我が眷属たちに任せよう。長く留守にしなければ、問題はあるまい」
すぐさま村の面々には事情を伝え、それぞれが日常の食材調達や素材収集を続けながら、無事の帰還を待ってもらうことになった。
最近は〈幻術〉魔法を込めた魔石も数を増し、さらに範囲も拡張されている。並の者では村の存在にすら気付くことはできず、警備としては万全だと判断できた。
「スフィア、よかったら魔獣化して、町の近くまで運んでくれないか?」
愁の頼みに、スフィアは自慢の白い牙を覗かせて笑う。
「ふふっ、もちろんだ主様!その方が速く着けるしな」
「助かるよ。ありがとう」
こうして三人は、出発の準備を整えるとすぐに村を発った。
魔獣化したスフィアの姿は、闇夜に溶け込むような漆黒の巨狼。その背は広く、そしてしなやかで、風のように大地を駆け抜けた。
徒歩であれば四時間以上はかかる道のりも、彼女の足ならば三十分ほどで踏破できる。
やがて、地平線の先に町の輪郭が見えてきたところで、スフィアは再び人の姿へと戻り、三人は徒歩で検問所へと向かう。
「はい次……ん?あんた、この前の!」
検問に立つのは、以前も応対した兵士の男だった。どこか人懐こいその顔は、偏見を抱きがちなこの国の兵士にしては珍しく、リアやスフィアにも敵意の色を見せなかった。
「また奴隷を増やしたのか?……相変わらず金のかかってる格好させてるな」
「はは。通っても大丈夫かな?」
「ああ、あんたは悪い奴には見えんしな。通ってよし!気をつけて行けよ」
こうして検問は難なく突破。そもそも止められる理由などないのだが、妙にすんなり通されると、やはり少し得をした気分になる。
「よし、それじゃあ、まずはギルドに向かおう。たしか、前に泊まった宿の向かいに──あった、あれか!」
町の中心部、噴水がある広場のすぐそばに、その建物はあった。
二階建ての堂々たる造りで、入口からは活気ある声が漏れ聞こえる。一階は受付と簡易な食堂スペース、そして二階は職員用の事務所になっているらしく、一般人は立ち入り禁止だという。
ここは、冒険者たちが行き交い、幾多の物語が交錯する場所──冒険者ギルド。
愁の目に映ったその建物は、歴戦の猛者たちの魂が刻まれたような重厚な雰囲気を纏いながらも、どこか眩しく、未来へと続く希望の光を孕んでいた。
その扉を開けた瞬間、彼の胸には小さな高鳴りが生まれる。
扉の軋む音と共に広がるのは、喧騒と皮革の匂いが混じる、旅人たちの社交場。
数人の男たちが椅子に深く腰掛け、荒々しい笑い声を上げながら卓を囲んでいた。粗野でいかにも場慣れした様子。おそらく彼らもまた、この地に根を張る冒険者なのだろう。
視線を巡らせると、正面の壁沿いに設けられた受付には、左右に分かれて女性職員が一人ずつ座り、それぞれの来客に丁寧な対応をしていた。
入り口と受付の間には、木製の長椅子と頑丈なテーブルがいくつも並べられており、そこでは談笑、作戦会議、食事など、思い思いの目的を持った者たちが活気に満ちた時間を過ごしている。
壁際には、冒険者たちの目を引く掲示板があり、そこには様々な依頼が張り出されていた。魔獣討伐、人探し、剣術指南、素材収集──予想通りの依頼内容が並ぶ中、愁の目がふと一点に留まる。
──東方、レギオンの洞窟にて行われる魔力鉱石の採取依頼。
件のクエストは『難度:B+以上』と明記されており、理由として《未到達地点あり》と添えられている。愁が探し求めていたもの、それがまさにそこにあった。
「お、あったな。これだろ、スフィア?」
「ん?ああ、そうだな……レギオンの洞窟か。名前まで覚えてなかったな」
隣に立つスフィアが、耳の先を小さく揺らしながら頷く。
「よかったですね、愁さま。ただ……誰か、この依頼を引き受けてくれる冒険者がいればいいのですけれど」
リアが不安げに小声を漏らす。
愁は頷きながら、三人で一度近くの席に腰を下ろし、様子を見ることにした。
──自分でクエストを受けることも検討したが、それには冒険者として正式に登録しなければならず、今は余計な注目を集めたくないのが本音だった。ならば、既に登録済みの冒険者に同行する形が最も自然だという判断だ。
それは、ほんの数分の出来事だった。場内に流れていた緩やかな空気が、突如として張りつめるように変質する。
「ん?……なんだ、騒がしくなってきたな」
ざわめきが、静かだった空間を満たしていく。
その渦中に、ひときわ強い存在感を放つ一人の女性が現れた。
愁の視線が導かれた先──そこに立っていたのは、まさに『息を呑むほどの輝き』を纏ったエルフの女性だった。
腰まで流れる長髪は、陽光を編み込んだような金糸のごとく煌めきながら、しなやかに揺れる。顔周りを彩るその髪は、一房ごとに繊細な光を宿し、まるで絹糸を束ねた宝飾品のよう。
そして、彼女の頭部からすっと伸びる長耳には、装飾こそないものの自然の造形美が宿っていた。それは、彫刻家が魂を削って彫り上げたかのような緻密さと気品を感じさせる。凛とした面差しには隙がなく、肌は白磁の器を思わせるほど滑らか。周囲の喧騒が、彼女の登場を境に一瞬で吸い込まれたように静まる。
男たちの視線が、まるで魔法でもかけられたかのように、その美貌と威厳に引き寄せられていた。
エルフといえば、細身で儚げな印象を持たれることが多い。だが、彼女は違った。
引き締まった腰回りと、均整の取れた豊かな曲線──それは華奢さではなく『力強さと優美さの融合』を体現した肉体だった。ただそこに立っているだけで、周囲を威圧するような神々しさを纏っている。
その胸元に、ひときわ目を引く銀色の冒険者プレートが揺れていた。
──冒険者ランクは、白、銅、銀、金の順。銀ということは、経験と実力を兼ね備えた者にのみ与えられる証。あの威風と容姿に違わぬ力を、彼女は確かに持っているのだろう。
彼女はまっすぐに掲示板へと向かい、迷いなく一枚の依頼票を手に取る。その動作には、一切の躊躇も迷いもなかった。
──レギオンの洞窟。愁たちが注目していた、まさにその依頼である。
受付へと歩を進めたエルフは、事務的に受理の手続きを済ませ、軽やかに踵を返した。その足取りには浮ついたところがなく、しなやかで無駄のない動きには、長年鍛え上げられた戦士としての品格が滲んでいた。
愁の心にざわりと何かが波立つ。ただの注目ではなく、直感的な興味とも言えるもの。彼女が外へと歩み去る背を、愁は迷わず追いかけた。
「すみません、少しお話よろしいですか?」
その言葉に、エルフの女性は立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。
一瞬だけ目を見開いた彼女は、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ええ。構いませんよ」
陽光に照らされたその姿は、まるで絵画から抜け出したかのようだった。
彼女の装いは、エルフの伝統を現代的に昇華させたような意匠。
淡い翡翠色を基調としたローブは上質な布地で仕立てられ、風にたなびくたびに細やかな刺繍が陽の光を反射してきらめく。胸元と袖口には、蔦模様をあしらった金糸の刺繍が施されており、彼女の気品を一層引き立てていた。腰には深緑の細身のサッシュが結ばれ、柔らかなラインがその曲線美を際立たせている。足元には革製のロングブーツが覗き、旅慣れた者の足取りを支えていた。
ただの装飾ではない。そこには、美しさの中に確かな機能と意志が息づいていた。
「その、魔力鉱石の採取依頼に、同行させてもらえませんか?報酬はいりません。俺も魔力鉱石を探しているんですけど、未知の場所なので、知識のある方と一緒に行きたくて」
いきなりの申し出に怪しまれるかもしれない──しかし、変に嘘を交えるより、素直に話すほうが信頼を得られると判断した。
「いいですよ。私は何度かあの洞窟に入ってますし、多少は道も覚えてますから」
あまりにあっさりと了承されたことに、愁は内心驚きつつも安堵する。
「本当ですか?助かります!俺は八乙女 愁って言います。よろしくお願いします!」
愁が頭を下げて名乗ると、彼女も優雅な仕草で応じる。
「私はメラリカ。こちらこそ、よろしくお願いしますね。……その後ろのお二人は、愁さんのご同行の方ですか?」
「ええ、彼女たちは俺の仲間で。こっちがリア、もう一人がスフィアです」
亜人族である二人を紹介するのに、一抹の不安がなかったわけではない。しかしメラリカは、微笑を絶やすことなく丁寧に挨拶を交わした。
その姿勢に、偏見のない心根と社交性が垣間見える。
「愁さんって……人族には珍しい方ですね。私のようなエルフに物怖じせず話しかけてくれて、亜人族のリアさんやスフィアさんにも、とても優しく接していらっしゃる」
「そんな大げさな。俺にとっては普通のことですから」
「ふふ……『普通』。愁さんは、すごい方ですね」
「え?そうですか?」
柔らかな微笑みを浮かべるメラリカの言葉の真意を測りかねて、愁は少し照れたように曖昧な笑みを返した。
「それで、いつ頃に出発しますか?私はいつでも大丈夫ですけれど」
目的地の洞窟まではそれなりの距離があると聞く。ならば、なるべく早く向かった方が良いのだろう。メラリカが『いつでも大丈夫』というのなら、あとは愁たち次第だ。
「そうですね。それじゃあ……今日、これから向かいましょう。色々とお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
こうして新たにメラリカを加えた四人の旅路が始まった。
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