第14-1話 歪められた想い
本当は言いたくはなかった。知られたくなかった。
自分の身分も、父親が国王であることも。そして、その父親が禁術に手を染めてしまったことも。
メラリカの胸に去来するのは、怒りでも悲しみでもない。後悔と罪悪感──信頼を寄せてくれていた愁に、真実を隠し、嘘をつき続けてしまったことへの痛みが、心を締めつけていた。
「メラリカさんが王女……どういうことですか?それに、禁術というのは?」
愁の問いかけに、メラリカは一瞬、彼の目を見た。
しかしその視線は長く続かず、すぐに逸らされる。揺れる瞳には、告白することの辛さと、自分への失望が滲んでいた。
「私の父は、アバルダ・キアナ・シュトバルティア。キアナ王国の現国王です。そして、禁術、それは魂を代償とした儀式。私たちエルフの民が信仰するのは精霊です。その精霊の中でも最高位に位置する統一大精霊が、私たちを守り、見守ってくださるとされています」
メラリカは、言葉に詰まるように、一拍置く。
「その……統一大精霊を無理やり人の世に堕とし、その力を操り我が物とする。それが、エルフ族の民にとって決して冒してはならない、罪深き禁術なのです」
彼女の話す言葉に、愁は険しい表情を浮かべた。
「それをメラリカさんのお父さん、つまりキアナ国王が行ったということですか?」
「はい。愁さんに助けてもらった時、記憶は曖昧だったのですが、今ははっきりと覚えています。あの地下室で私の中から取り出されたのは『精霊の心臓』。エルフ族の中でも稀に生まれる、精霊に愛され、力を行使できる者だけが持つ、もう一つの心臓です。儀式にはその心臓が二つ、そして大量の魂が必要なのです」
メラリカの告白に、愁の心中に戦慄が走る。
城にいた人々が突然消えた理由、それが儀式によるものであることが、今の話で分かった。
しかし、それにしても人数が少なすぎる。神のような存在を顕現させるには、さらに多くの犠牲が必要なはずだ。その不安が頭をよぎり、愁はこの惨劇がまだ序章に過ぎない可能性を感じていた。
──その時、静寂を破るように、どこからともなく「コツ、コツ」と足音が響き始めた。
音のする方へ目を向けると、そこには金色の髪を揺らし、立派な髭を蓄えた老境のエルフの男が立っていた。着ている装束はきらびやかで、格式ある装飾が施されており、上質な生地がその身分の高さを物語っている。威風堂々とした立ち姿、堂に入った振る舞い、そのすべてが見る者に王者の風格を感じさせた。
愁の脳裏には、ラリアガルド帝国の皇帝ノヴァン二世の姿が浮かぶ。だが、この男の目には冷たくも無関心な光が宿っていた。
男はゆっくりと拍手を打ちながらこちらに近づき、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「よく、勉強しているなメラリカ。そういえば、お前は昔から勉強熱心だったな。また会えて嬉しいぞ、我が愛しの娘よ」
その言葉には父親の愛情らしきものは感じられず、ただ薄っぺらい余裕と無関心が滲んでいる。
拍手の音は、何か素晴らしい演劇でも見終えた後のような空虚な響きを放っていた。
「お父様……!? なぜ儀式を、こんな精霊を冒涜するような儀式を行ったのですか!? そこまでして、力が欲しいのですか!」
怒りに満ちた口調で問い詰めるメラリカに、アバルダはゆっくりと拍手を止め、口元を不敵に歪めた。
「なぜ、だと?そんなものは決まっているだろう。国のため、民のためだ。力さえあれば、どんな脅威からも守り抜くことができる。それこそが王の務めではないか?」
「国のため?民のため?ならばなぜ!無関係な人々の命を犠牲にすることが、どこが民のためになるのですか!」
メラリカの怒りがこもった声が、中庭に響き渡る。
その一瞬、あたりは深い沈黙に包まれたが、アバルダから返ってきた言葉は、聞く者すべてに理解不能な不可解な回答であった。
「何を言っている、メラリカ?私は全ての民の幸せのために、この儀式を完成させようとしているのだ。なぜ分からない?そもそも、この私が民を犠牲にして儀式を行うわけがなかろう?お前のその冗談、全く笑えんぞ」
「な……何を言っているんですか!既に民を、城にいた無関係な人々を生け贄にして儀式を始めたではないですか!」
メラリカの訴えに、アバルダは疑問を呈するように彼女を見つめ返す。
その表情には、まるで自分が何か間違っていると考える様子など微塵も見当たらない。
アバルダはメラリカの抗議を冷たく受け流し、威厳と共に優越感を漂わせながら、ぞっとするほど静かな声で続けた。
「どうしたものかな……外の世界を見て、ここまで歪んでしまったのか?民のために最善を尽くすのが王の務め。民あっての国であり、王なのだぞ。メラリカ、お前も王族の一員なのだ。全ての民を生け贄に捧げるこの儀式こそが、民のためになるのだ。なぜそれが分からない?」
その言葉にメラリカの心は大きく揺れた。彼女は言葉を抑えきれず、激しい口調で反論する。
「……ですからっ!お父様の仰っていることは矛盾しています!全ての民を生け贄にして、何が残るのですか!?」
お互いの意見が交わることなくぶつかり合い、家族という絆の上に築かれたはずの対話は、今や怒りと困惑が渦巻く戦場と化していた。
しかし、アバルダの表情には理解の兆しが一切なく、むしろ不満げな色を浮かべている。彼の溜息が重く響き、その顔には次第に怒りの影が濃く落ち始めた。
彼の口元がゆっくりと歪んでいき、その声が冷たく荒々しいものへと変わっていく。
「メラリカよ。我が覇道を!民の為に歩もうとしているこの道を!阻もうとするのならば、愛する娘であるお前でも許すわけにはいかぬぞ?それにもう、止められない。既に精霊の現界は始まっているのだ」
アバルダは両手を高々と掲げ、その手元に向かって光の粒子が集まり始める。
その粒子は徐々に人の形を取り始め、やがて十メートルを超える巨体となり、白く巨大な両翼を持つ歪な姿が浮かび上がる。
その肌はどす黒く染まり、まるで純白の法衣のような装束がその巨体を覆っていた。そして、その顔には無機質な白い仮面があてがわれ、仮面の縁や両目、口は赤い糸で縫い付けられている。さらに口元からは黒い液体が滴り落ち、異様な不気味さを放っていた。
「おお、おおっ!これが!これが統一大精霊の姿か!ついに、ついに現界させることが出来たぞ!これで、我が国は負けない。ふははっ!もっと、もっとだ!民を喰らい、力をつけろ!そして忌々しい精霊王もろとも、かの国を滅ぼしてしまえ!」
アバルダの高笑いと共に、統一大精霊は耳を裂くような甲高い咆哮を上げ、視線を城下の町に向けた。
その眼差しは、あたかも無垢な人々を捕食しようとする捕食者のように、渇望に満ちていた。その背に展開される無数の魔方陣が、ますます広がり、複雑に絡み合って一つの巨大な円環へと変貌していく。
そして、そこから発せられる閃光が、周囲を照らし尽くし、一瞬の静寂が訪れる。
その異様な光景を目にした愁は、隣に立つメラリカに思わず声をかけた。
「メラリカさん、あれが統一大精霊なのですか?とても、神と崇められる存在には見えないのですが」
だがメラリカの姿を見て愁は愕然とする。メラリカの首や手足には黒い鎖が巻きつき、地面から突き出たそれらが彼女を縛りつけていたからだ。
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