日常6
商店街の大通りを脇にそれ人通りの少ない路地にはいる。
昼でも薄暗く陰鬱なその道は、夕方になるとより一層不気味さを醸し出していた。
そんな道を進んでいると、一軒の建物にうすぼんやりと明かりが灯っている。
目的の店は毒を取り扱う店、毒薬劇物専門店だ。
店の看板は特に掲げておらず見た目はぼろい大きい家だ。
門扉を押すと錆びているのだろう、悲鳴のような音を立てて門が開く。
ドアまで途中の庭には森では、ほとんど見ることのない草花が生えていた。
ドアベルを決まった回数打ち鳴らすことで一般人とは違うことを家主に知らせる。
しばらく待つと鍵の開く音がして、中から使用人がでてきた。
使用人は女で長い黒いスカートに白いエプロン、頭に白いヘッドドレスをつけていた。
首まで伸びた髪は銀髪でヘッドドレスがよく映えた。
「いらっしゃいませ。ようこそスイーツの森へ、本日のご用件は?」
常々、店の外見と真逆な店名だ。
この店名は合図のある客だけに名乗られる。
「麻痺毒袋と、ついでに匂いけしの粉の補充に来ました。」
今日つかった麻痺毒が入った袋玉は麻痺毒袋という。
その麻痺毒袋の手持ちが切れてしまったで買いに来たしだいだ。
「さようでございますか、ではこちらへ。」
使用人はカチカチと微笑み、奥へと招き入れてくれた。
この使用人のスカートはやたらと大きく膨らんでいる。
そして腕が四つあり、こめかみからは短い二本の触角が生えていた。
目に見る素肌の部分はとても硬質な質感をしている。
瞳は白目がなく真っ黒であった。
彼女は虫人族の中の蟻人族という種族だ。
彼女が先ほど微笑んで鳴っていた音は、口の部分の顎がカチカチと打ち付けて音を鳴らしていた。
虫人族は昆虫が人型の姿をしているものを指す。
虫人族は自分たちの見た目を、擬態することによってより人型に近づけることが可能だ。
なので、実際はもっと昆虫の様な姿へ変身することもできる。
虫人族の雄の殆どが昆虫寄りの姿であるのに対し、女性は人型寄りに擬態していることが多い。
それは服などの装飾品を身に着けるには人型の方が都合がいいということだそうだ。
そして擬態の良し悪しについてはあまり口を出さない方がいいと言われている。
彼女たちからすれば、擬態は化粧と同じ感覚なのだそうだ。
擬態には限界があり、部分的に擬態前の状態を残したままになってしまう。その場所は個人によって様々なのだ。
こちらの使用人は顔はほぼ人ではあるが、触覚や顎、瞳などを変身で変えることはできなかったのだろう。
しばらく使用人についていくと、テラスに案内され中庭に出る。
中庭には他の蟻人族の使用人が草花の世話をしていた。
中庭を進むと小屋があった。
小屋の前まで案内されると彼女は一礼して、主が中で待っていると伝え去っていった。
少し深めのため息をつく。
ドアをノックするのをためらってしまう。
何故なら、ここの主に対して少し苦手意識があるからなのだ。
二度ノックして恐る恐る戸を開ける。
「お邪魔します。」
小屋の中には色々な袋や瓶に入った毒薬が並べてあった。
「やあ、ようこうそ冒険者君。」
声のする一角は、毒薬劇薬の中には似つかわしくない雰囲気を漂わせていた。
まるでそこだけカフェにいるような錯覚におちいってしまいそうだった。
声の主は女性で、紅茶をもち上げながら微笑んでいた。
円形のガラステーブルの脚は猫足になっており、個性的かつ上品な見た目の椅子に座っていた。
彼女はハイウエストでゆったりとしているにも関わらず、細いシルエットの白い服は肩から胸にかけて開いたおり、その豊満な胸を強調していた。
光を通すと透けてしまいそうに薄い生地で、ショールを羽織っている姿はより一層魅惑的であった。
彼女も使用人と同様でこめかみから触角が生えており、目も白目がない黒い複眼だが、口は人のそれと同じであった。腕も四本外骨格に覆われているが、胸と肩の部分は弾力がありそうな艶のある肌をしていた。
長い髪をまとめ上げ、顔は麗しく妖艶な容貌であった。
「今日も麻痺毒を買いにきたのかい?」
赤く紅が塗られた唇は三日月の様だった。
この微笑みを見るとどうしても動悸が増し、見惚れてしまう。
「――はい、そうなんです。麻痺毒袋と後、匂いけしの粉が欲しくて。」
「そうなの。匂いけしの粉もねぇ、冒険者君はいい匂いがするものねぇ。」
そう冗談を言いながら微笑する。
「やめてくださいよ。汗臭いか、埃と血の匂いしかしませんよ。」
「その汗の匂いがね、私にはどうにもいい香りなのよねぇ。本当に貴方に酔ってしまいそう。」
彼女はなめるような視線で甘い言葉囁く
カッと頬に熱が帯びるのを感じる。
何故彼女がここまで挑発的なのか。
それは彼女自身が言っている匂いだ。
どうやらこの匂い、詰まるとこフェロモンにどうやら彼女は惹かれているのだ。
蟻人族の触角は高度なセンサーで空気中の匂いなどを感じることができ、嗅ぐことのできないフェロモンなども感じることができるのだ。
それによって彼女に一目惚れされてしまったようなのだ。
とはいったものの本人からは、挑発はされるが好意的な態度や接触などはなく。いつも一定の距離から近づいてはこない。
そこは大人だ。一目惚れでいちいち本気になるのもおかしな話だ。気に入ったフェロモンがあったからといって直ぐに好意を持つわけではない。
そんな彼女との出会いはたまたまの偶然であった。
当時、本当に冒険者を始めて間もない頃、無謀にもナイフだけでゴブリンに挑み命からがら逃げ伸びた日の翌日だった。まだ知識も少なかったのでゴブリンは雑魚だと思い込んでおり、三匹いるにも関わらず戦いを挑んだのだ。なまじ、訓練で体捌きを教わった時に、筋がいいと褒められてしまったものだから天狗になっていたのだ。さらに、ある事実によって自棄になっていたのも原因だろう。
そのおかげで体のあちこちにゴブリンの爪による傷や、殴打の跡が残っていた。
目元は紫に変色しており、瞼は腫れあがり、頬は三本に裂かれた切り傷はいまだに固まりきらず赤く水気を帯びていた。
手首にも同様な傷がある。手首を掴まれ振りほどいたことによってつけられた傷だ。手首から肘にかけて紫や赤といった痣が広がっていた。腕で防御したことによっての打撲傷だ。
せっかく体捌きを教わったのに実践では使いこなせていなかった。
なぜこうも傷がだらけなのか、それは防具も盾も着けずに森に向かっていたからである。今思うと本当に愚かだった。たまたま浅い層でゴブリンに出会っていたので助かったが、ウルフに出会っていたなら命はなかった。
田舎の村から冒険者を夢見て街にやってきて、何の知識もないまま冒険者になったはいいが、まともに魔物を倒せないでいた。
冒険者になるためにまず、街への旅費や街に住むための認識票発行料に冒険者ギルドに所属するための登録料。十三まで親の手伝いや村の仕事で貯めたお金をほとんど使いきってしまったのだ。
小さな村では認識票などは不要だったのでこの時まで所持していなかった。
村では現金で取引していた。
街での生活は厳しかった。
せっかく冒険者になっても依頼を達成することができず、日々の生活の為に飲食店で昼から夜まで働いた。
実際冒険者の活動は午前中だけだった。
その日は傷だらけの体でギルドに行き本を読んでゴブリンについて勉強をした。
そうして安全に倒す方法について考え、遠距離の武器で倒すことにしようと決めたのだが、弓を買うほどの金をもっていなかった。
そこで遠距離の武器で安いものはないかと探していて見つけたのが吹き矢だった。
針に麻痺毒を塗ることで魔物の動きを封じることができれば、ナイフでも一人でも倒せるのではないかと思ったのだ。
そこで毒薬を買いに薬草屋に行ったが、毒消しや麻痺消しは多くあるが毒薬などといったものは置いてあるが、かなりの高額だった。
毒薬を物欲しげにみつめていると、子猫を撫でるような柔らかい声で彼女に話かけられたのだった。
「どうしたの可愛い坊や、そんな危ないもの見つめて。」
主人公は実はショタだった。




