日常18
あの後、無事捜索隊に発見され街まで安全に帰還した。
今は病院のベットの上で療養中だ。
腕と足がつるされた状況で固定されている。体全体が包帯だらけだ。
足の方も骨にヒビが入っていたようで、今は傷の治りが早くなる栄養のあるものをバランスよく食べさせてもらっている。
日々の生活より豪華だ。
最近はもっぱらギルドの方から事情聴取を受けている。
今は『成り損ない』との戦闘の経緯などを聞かれている。結局、ギルドからの褒められることは全くなく、逆になぜ逃げなかったのかとこっぴどく怒られた。下級下位が『成り損ない』と戦うなど無謀で愚かなことだとギルドの上の方に説教をされてしまった。
一応冒険者を助けたことで優良な依頼を優先してくれる権利を得た。しかし、聞いた依頼はすべてパーティーが対象でソロでの依頼はなかった。それと、『成り損ない』を倒したことでポイントが加算されてた。このポイントがたまることで階級が上がっていく。次の階級、中位まで残り50まで差し掛かった。『成り損ない』を倒したことによって貢献度が上がったようだ。実際には51だ。薬草採取の依頼を終えれば、はれて50になる。
一年たったのにいまだ下位であったが、これで中位にだいぶ近づいた。魔石の依頼はギルドの方で依頼主に渡し受理したそうだ。薬草の依頼は期限がないので退院後に採取して、依頼主に届けなければならない。
『成り損ない』の魔石は高値で買い取られた。取り分は半分だ。ゾイにもお金が必要なのでこれは仕方ない。
彼女も装備一式なくなってしまったので、それを買い戻す分が必要だ。
自分もかなりの装備をなくしてしまった。
『成り損ない』の魔石の分のお金を足しても今の貯金額ではギリギリ装備をすべて買い戻せるくらいしかなかった。
入院費はギルドに入っていることでかなり安くなるが、それでもお金が足りていない。
足りない分はギルドに代わりに支払ってもらっている。
入院費と盾の代金は肩代わりしてもらったが、これにより借金を作ってしまった。
ギルドでは冒険者にお金を貸すことはほとんどない。今回のような功績があるようなものだけお金を融通してもらえる。もちろん功績さえあればお金を貸してもらえるわけではない。日ごろの貢献度や依頼の達成率も関係している。依頼はいつも期限なしを選んでいたので、未達成は一つもなかった。貢献度は下級下位でソロということもあり考慮された。後は人柄だ。
それが事情聴取で色々な質問をされることに至った経緯でもある。
入院中見舞は数人しかきていない。
宿の主人のドリーと妻のアンナ、それに娘のエリーだ。
彼らは定期的に見舞いに来てくれた。
ドリーとアンナには無理なことをして死んだらどうすると怒られた。その後、部屋の方はそのままにしてあると教えてくれた。退院するまで宿代は必要ないと言ってくれた。本当に心配したのだと悲しまれた。それを聞いて目頭が熱くなった。家はないが、彼らの宿が自分の居場所だと思えるようになった。
エリーには呆れられた。けど、死ななくて良かったと喜んでくれた。
ガロンも来てくれた。
新人の癖に無茶しやがってと怒鳴られた。
だが、よくやったとも褒められた。冒険者が自分の実力以上の相手と戦ってまで他人を助けるのには勇気がいると、それをできる奴は数少ない、お前は勇敢な奴だとぶっきらぼうながら語ってくれた。
ガロンにはだいぶ気に入られたようだった。
彼が帰る時、他の入院患者もいると看護師に怒られていた。
それを見てつい笑ってしまい。あばらが痛かった。
そんな日々を病院で過ごしている。
病院での治療では傷を縫う手術をされた。実際されているときは麻酔をされて意識はなかった。なんでも腹を裂かれて骨を固定したというと聞いた。こういった技術はよく知らないがそういうものだと思うことにした。そのあとは医者が定期的に魔力を流す機械を使い体の修復を促進させていた。身体回復が使えれば自分である程度傷を回復できる。なんでも、細胞を活性化させて傷の治りを早くするそうだ。使えない人間はこういった機械を当てられて徐々に治していくしかない。
ゾイは既に退院している。今は冒険者業を休んでいるそうだ。それだけの蓄えは残っているらしい。
仲間の分のお金は各々の家族に送られたらしい。クリスの分はゾイが村に届けに行くと言い、地元に里帰りしている。
退院後に合った時、心から感謝された。そして案の定、怒られた。
どうやら魔法を使えないことを聞いたらしい。そのことについて怒られた後、去り際に額に頭を軽く当てて微笑んで去っていった。あれはいったいどういう意味だったのか。
それ以外では普段は寝て過ごしている。
傷の治りはだいぶいい。後一週間もすれば退院できるそうだ。
長いこと入院しているせいで体はだいぶなまっている。退院後は大変だろうとため息が出る日々だ。
これからのことを考えて憂鬱になりながら窓の外を見ていた。
外は青空が広がっており、陽気な子供の声が聞こえる。気候もよくとても心地よかった。
そうして外を眺めていると、瞼が重くなってきた。どうせやることもないのでこのまま睡魔に身を任せることにした。
額に硬く冷たい感触がある。それが徐々に頬の方へと移動した。
まどろむ意識の中で、その感覚により意識が覚醒していく。
ゆっくり目を開けると、そこにはいつものように白い服でショールを羽織った女性がいた。
「やぁ、シィーダ。来てくれたんだ。」
彼女の冷たい手が頬に触れていた。
「そうね。もっと早く来たかったのだけど、知ったのがつい最近なのよ。もっと友人を作るべきね。坊やがこんな状態になっているなんて夢にも思わなかったわ。」
彼女の眉はㇵの字に曲がりとても悲しげだった。
外は日が落ち始めており、夕暮れの光がより一層そう思わせた。
彼女の手はいまだに優しく頬を撫でていた。
「はは、お互い友達が少ないもんね。僕もあまり見舞い客が来なくて寂しかったよ。」
「ふふ、そうね。もっと友人は作るべきね。――そうだわ、私とあなたは商売だけの関係だけど、どうかしら友人になってくれるかしら?」
彼女の発言に思わず驚いた表情をしてしまった。
「えっ、シィーダとは友達のつもりだったんだけど。」
「あら、てっきり私とは友人になりたくないのだと思っていたわ。以前、フェロモンのことで拒絶されたから私みたいな蟻人は嫌いなのかと思っていたのよ。」
「そんな!そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、僕には君の接し方がその・・・なんというか、あまりに、すごくて。戸惑っていただけなんだ。決してシィーダのことを嫌ってなんかいないよ。」
彼女がそんなふうに思っているとは知らなかった。
蟻人など虫人族は見た目が虫と似ていることから敬遠されることがよくある。
彼女たちはその見た目から怖がられてしまうのだ。
「そうなのね、嫌っていなかったの。それはよかったわ。」
そういって彼女は微笑んだ。
その笑みが最初に出会った頃の優しい微笑みだった。
とても懐かしくて嬉しかった。
「それじゃあ、僕たちは友達だよね。」
「ええ、そうね。私と坊やは友人ね。」
お互いに笑いあう。
「ところで、友達になったんだから、そろそろ名前で呼んでくれない。」
今まで彼女は一度も自分の名前を呼んでいない。
最初の頃は坊やで、最近は冒険者君。今はまた坊やに逆戻りだ。
彼女はきょとんとした表情をすると意地悪そうな顔をした。
「そうね。あなたがもっと女心が分かる立派な男になったら読んであげてもいいわよ。」
「そんなぁ。」
楽し気に笑う彼女を見てつられて笑う。
生きていて良かった。この瞬間本当にそう思えた。
こういった日常が僕はたまらなく好きなんだと改めて実感できた。
ひとしきり笑いあっていたら突然頬をつねられた。
「ひひひたい。なにすらの。」
いつの間にか両手で頬を引っ張られていた。
彼女は頬を引っ張りながら耳元に顔を近づけてきた。
「ところで、坊や相当無茶なことをしたそうね。それも、――女を助けるために。色々坊やにはお説教が必要ね。」
彼女は耳元でそう囁くとゆっくり顔を上げた。
普段のような笑みだが、何故かとても恐ろしかった。
「えっと、その、あの・・・。」
どうやら彼女にも怒られるようだ。
なんで人助けしたのにこんなに怒られなければならないのだろうか。
たしかにこういった日常を求めていたけど。
怒られるのはもうこりごりだ。