その4
相変わらず重いけど歩ける位は体が楽になったから支度をして帰ろうとすると別の問題が出てしまった。舞さんが椅子に座ったまま動かないのだ。
「……ケガでもした?」
「疲れちゃったみたい」
軽く笑っていたけどそれだけには見えなかった。
「ベッド、使う?」
自分がさっきまで寝ていたベッドを指差す。
「先生来たら体調悪そうだから譲ったって言っとくよ」
返事は無い。
「ダメならいいよ。気にしないし」
人が使った後のベッドをそのまま使うのに抵抗があるのは分かる。しかも相手は男だ。けどこういう時は多少強引でも寝かせた方がいいだろう。本当に疲れただけなら椅子から立てなくなるなんて思えない。
「おぶろうか?誰もいないんだし」
「……お願い、していい?」
よしきた。
ほんの少しの距離だけど舞さんをおんぶすると嗅いだことのある匂いがした。やっぱり昨日の匂いは舞さんのだと思う。
「あら、もういいの?」
白衣を着た舞さんと部長の間くらいの背丈をした中年の女性が保健室にやって来た。この学校の保険医だ。
「はい。でも藤崎さんが体調を悪くしたみたいで今ベッドで寝ています」
一応、無断で貸したことについて確認はとっておこう。
「まずかったですか?」
「まさか」
よし。
保険医は備え付けのロッカーから何かの薬を用意している。きっと舞さんに飲ませる薬を用意してるんだと思う。
ちょっと待った。普通体調を悪くして寝込んでる時は胸元を楽にするもんだ。だとすると舞さんは今シャツのボタンをかなり外している。保険医が様子をみたり体調の質問をするとなると舞さんは状態を起こす可能性はある。
体調が悪い時に自分の外見に気を使う余裕があるだろうか? うん、俺いない方がいいな。大家さんに電話しとくか。
「俺、外に出てます」
「分かった」
舞さんは寝込んだままで返事をしてはくれなかった。やっぱり無理してたんだな。
保健室から出てポケットにある携帯を取り出す。大家さんに電話をしたが繋がらなかった。携帯をポケットに戻してから保健室に呼びかける。
「入りますよ」
少し待つ。反応は無い。入っていいと判断し扉を開け保健室の入ると舞さんが寝ているベッドを覆うシーツから保険医が出てきた。保険医は俺の存在に気付くと手招きをしてくる。
「ちょっと聞いてもいい? 頭痛ってどんな感じだった?」
「……どんな?」
質問の意図がよく分からない。
「変な痛みとかあった? 最近頭痛で休みに来る子が多いから聞いてることにしてるの」
ああ、そういうことか。
「アイスを一気食いした時の何倍もキツイ感じです」
頭痛自体にウソはついていない。光彩抜きならアレはただの頭痛だ。ただ気になる単語が出てきた。
「最近多いっていつぐらいからですか?」
大家さんは光彩が原因で頭痛や吐き気のような症状が表れると言っていた。もしやばいことになっていたら学級閉鎖とか休校とか起きてるはず、念のため聞いておきたい。
「今年に入ってからね。今の時期は気温の変化が激しいから体調を崩す子は多いものだけど最近は特に多いの」
話し終えた保険医が自分の椅子に座る頃に携帯が鳴り画面を見ると大家さんからだった。
「何かあった?」
もう1度保健室を出てから携帯に出ると呑気な声が耳に響く。
「舞さんが倒れたんです。今保健室で寝ていて……」
「分かった。すぐ行くわ」
真剣な声でシンプルな返答をする大家さんに驚いてすぐに返答が出なかった。
「切るね」
そのまま切れてしまう。どうしようかと思ったけど10分後には校門で車を停めた舞さんから電話があり、舞さんを乗せて帰ることになった。
「今日は大変だったね」
家に着いた俺と大家さんは舞さんを彼女自身の部屋に運び、今はリビングにいる。運ぶ間舞さんはずっとぐったりしていた。彼女のことは気になるが知っておきたいことを整理して確認するのも重要だ。
「いつもこんなことしてるんですか」
「毎日じゃないわ」
じゃああるにはあるのか。
「それも終わりですか?」
「だったら良いんだけどねー。犯人を見つけなきゃ」
犯人?
「あの女子高生に仲間でもいるんですか?」
「通常、光彩が集まったって人の姿になることはないのよ」
「じゃあ誰かがやったってことですか?」
「そうね。学校が光彩だらけでひどい目に遭ったでしょ?」
「遭いました。一言言って欲しかったです」
「耳で聞くより直接体験した方がいいと思ったのよ。ごめんね」
適当だなー。まあ、学校に行ったらどうなるか聞かなかった俺も悪いっちゃ悪いんだけど。
「それで質問なんですけど、どうして頭痛が治まったんですか?」
「体が光彩の量に慣れたからよ」
慣れるものなのか?
「高山病みたいなのを想像してくれればいいわ。慣れてしまえばどうってことはないの。ただ、久弥君の場合人より光彩に敏感ってのもあるかもね」
「舞さんは俺に光彩を分けたって言ってました。それと関係あるんですか?」
「かもね」
そんなもんか。いまいち理解できない。話を続けよう。
「保険医に最近学校で頭痛の生徒が増えたって聞きました」
「光彩による頭痛は見える見えないに関係ないし個人差が大きいから関係あるかもしれないわ。光彩は人が集まるところに多いの。学校みたいな場所は特にね。大きな光彩があったでしょ」
「ありました。あれが他の学校にも?」
「今は無いわ。このあたりにあった光彩は今全部あの学校に集まってるの。学校とその周りでしか見なかったでしょ?」
確かに家の周りじゃ光彩は見えなかった。はっきりと見えるようになったのは学校まで後数分って距離からだったな。
「やったのが犯人だと?」
「私達はそう思ってる」
「そんなことできるんですか?」
「あの学校の光彩は異常よ。元々光彩が多かったけど去年の年末辺りから急に増え始めてね。今じゃ自然に存在する量を超えてしまってるわ」
ここまでは真面目な口調だった。
「でも、犯人って言ったって状況証拠しかないのよねー」
『でも』以降はくだけている。
不安を紛らわせたいのか本音を言っているだけなのかよく分からない。ここは知りたいことを聞くことにしよう。
「じゃあ、俺が襲われた理由はわかりますか?」
「それは分からないわ」
そっちはだめか。
「結局、光彩って何なんですか」
「何でもできちゃうかもしれないマジカルライト?」
「よく分かってないってことですね」
「そうなのー」
そうかー。
「今日食べてかない?あの子のお見舞いついでに」
昼飯抜きの胃袋にその誘いを断ることはできなかった。
食事はうまかったけど昼飯抜きなのもあって食べ過ぎて腹が重い。2人はいつもこんなに食べているのか?
「お腹空かせてると思って多めに用意したのよ」
さすがです。けどこんな風にご馳走してくれるってことは大家さんは俺が巻き込まれたことについて責任を感じてたりするのかな?
食べ終わったら光彩について聞いておこう。
「光彩は疲れるみたいでね。使い過ぎてああなったことが何度かあるのよ」
「あんな風にですか?」
俺は指を上に指した。二階では舞さんがベットの上にいる。帰って来てからずっと部屋から出てこない。
「今日は特別。他人の中にある自分の光彩を使ったからよ」
んーと? ちょっとよく分からない。
「あれは奥の手なのよ。あの子は他人に光彩を分けたり、分けた分を戻して使うこともできるけど戻すと拒絶反応を起こしてああなるの。そう言う意味では珍しいことじゃないわ」
珍しくないのか。
「調べるだけなら久弥君が生まれる前からやってるの。舞のことなら2年位前からね」
そんな昔からか。ん? ちょっと待った。生まれる前から?
「あれ? 確か大家さんって何かの研究してたんですよね?」
「そうよ」
「それ、家の親とも関係ありましたよね?」
大家さんと親は研究仲間だったはず、そして大家さんは光彩について知っている。大家さんの顔を見れば返事を聞く必要はなかった。
親が何を研究しているかは機密だか守秘義務だかで詳しく聞いたことはない。だけど光彩の研究だとしたら納得だ。こんなこと体験した人間以外に説明しようがない。
「光彩の研究してたんですね」
「……バレてた?」
気まずそうな顔だ。ひょっとして親に話さないよう頼まれたのだろうか。
「何となくは」
分かってきた。1人暮らしに興味あるか聞いてきたのも今の学校を勧めてきたのも光彩がらみだったわけだ。大方住み込みで研究がやりたくなったってところだろうな。
「舞さん、この辺の人じゃないんですよね?」
「久弥君と同じ引っ越し組。あの学校を調べるためのね」
舞さんを紹介されたときのことは憶えている。あの時大家さんは同じ学校を受験する者同士仲良くしてねと言っていた。当時は友達どころか知り合いすらいない学校に行くのはかわいそうだから、受験前に知っている人間を作っておけってことだろう程度にしか考えていなかった。
こういう理由があるなら先に言ってほしかったけど当時の俺は信じただろうか? 本気で信じたりはしないだろうな。
「舞のことだけど、これからも今まで通り接してやってくれない?」
大家さんは改まった口調になっている。
「正直光彩のことで戸惑ったと思う。怖い思いもしたよね。久弥君の体についてはこっちで調べるわ。もう関わりたくないならそれで構わない。だけど舞にだけは今まで通りでいてくれないかな?」
返事は決まってる。あんな舞さんを見て無関係でいる気にはなれない。こっちも舞さんのおかげで助かったんだ。
「いいですよ」
「いいの?」
「嫌だったらとっくに逃げてます」
保健室の時点でね。
「ありがとう、あの子も喜ぶわ」
「でも俺に出来ることなんてあるんですか?」
今日だって足を引っ張ったのに、とは言えなかった。俺にもそれ位のプライドはある。
「秘密の共有者がクラスにいるってだけでも大きいものよ」
そういうもんか。舞さんといえば聞きたいことが1つある。
「昨日俺に何かあったか知ってますか?」
結局舞さんに聞くことができなかった。
「光彩を使える誰か、もしくは何かに襲われたのを助けたって聞いたわ」
それで終わり?だとしたらおかしな話だ。俺を襲った奴のことは気にならないのか?
「それで終わりなのかって思ってるわね?」
「分かりますか?」
「顔に出てるわ」
「俺顔に出やすいですか?」
「私のカンが当たっただけよ。具体的なことはあの子が話してくれないの。いくら聞いてもはぐらかされてね」
はぐらかす。舞さんが? どうして?
「久弥君になら話すかもねー。今度聞いてみたら?」
「そうします」
元々そのつもりだけど大家さんにも話せないってのは変だ。それ含めて直接聞いてみるしかないかとは言っても不安はある。
「でも、大家さんにも話せないことを俺に話すと思いますか?」
「言ったでしょ、あの子は責任を感じてるって。当事者が真剣に聞けば話してくれるわ」
そんなものだろうかと考えてしまう。俺の考えが伝わったのか大家さんも光彩の話をしなくなり、舞さんは起きてこなかった。
「ああ、そうだ」
帰ろうとしていると大家さんに呼び止められる。
「久弥君さえよければ、だけど」
歯切れの悪い言い方だなー。何だろう?
「もしかしたらだけど、少しはあの子を楽にできるかもしれない方法があるの。興味ある?」
「何でそんな聞き方なんですか」
嫌な予感しかしない。
「伝えるか悩んだけどねー、一応伝えておこうと思って」
「何すりゃいいんです?」
「嫌なら嫌でいいわ」
「聞いてから決めます」
自分の部屋に戻ってから親に連絡するため携帯のメール画面を開く。
内容はどうしようか迷ったけど光彩が見えるようになったこと、舞さんが光彩を使うのを知ったことの2つに絞ることにした。
育児放棄ってレベルまではいかないけど、あの両親は家に研究用の部屋を用意していて休日も大半はその部屋で過ごし、他のことは常に後回しにする人達だった。
このメールもいつ読まれるか分からないけど3日以内には返信は来るだろうし、大家さんとも連絡を取り合ってるだろうからこんなもんか。




