その5
次の日、俺は携帯で大家さんに電話した。あの人は平日や休日というものと無縁の生活を送っているらしく電話をしても繋がらないことが多い。今なら何をしているのか予想がつく。親も実地調査だのフィールドワークだの言ってよく外出していた。そんな感じで光彩を調べるために色々やってるんだろうな。
「昨日はありがとね。舞もそう言ってたよ」
今回はすぐに繋がった。
「いえ、それで舞さんにちゃんとお見舞いしようと思うんですけどいいと思いますか?」
「優しいねー、いいよー」
「一応、責任感じてるんで。何か持って行こうと思うんですけどリンゴでいいですか?」
「いいねー」
「舞さんはどんな感じですか?」
「本調子って感じじゃないわ。心配だろうけど明日にはよくなるよ」
「分かるんですか?」
「大体はね。久弥君がアレをしてくれたら今日中には良くなると思うけどなー」
ああ、アレね。
「冗談じゃなかったんですか?」
「私がそういう人間に見える?」
見えないから困るんです。
「本当なのは分かりました。舞さんは知ってますか?」
「話したことはあるわ。試したことはないけど」
「そりゃ簡単に試せませんよ」
楽しそうに話すなー。ひょっとして昨日俺にご馳走したのも俺にあの話をするためだったのして。
「正直言うとね、アレあくまで仮説なのよ」
「だからデータ取らせてくれ?」
「そうねー。でもあの子に早く良くなって欲しいのも本音よ」
「正直なのはいいことだと思います」
「保証はできないからやるかどうかは任せる。あの子お見舞いだけでも喜ぶわ」
「そうします。大家さんは家にいますか?」
「昼まではね。いくら私でも丸1日病人を1人にする気はないわ」
「それを聞いて安心しました」
電話の内容はともかく許可はもらったので外出するために着替える。体の方はもう何ともない。昨日あったことが夢のようだ。違和感は今日起きた時点で無くなり階段も簡単に降りることができる。光彩が見えるという点を除けば俺の体は元に戻った。
けどあれは現実だ。夢じゃない。
近くのスーパーでリンゴを買ってから大家さんの家のチャイムを鳴らす。大家さんの許可は取ったしメールもしたから問題はない、はず。
少したってドアが開くと大家さんが出た。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
大家さんは女性物のジャケットを着て、裾が足まである長いスカートを履いている。これから外出するつもりなのは一目で分かった。
「舞のことお願いね。夜までには戻るから」
返答に困るな。
「深い意味は無いわ」
「……はあ」
「じゃあね」
「はい」
大家さんは出て行った。この家には今、俺と舞さんしかっていやいやいや、そういうことを考えちゃいけない。
「うし」
頭を切り替えるために声を出して台所に向かう。台所で包丁を探して買ってきたリンゴを細かく切って近くの皿に盛り付ける。
ヨーグルトあたりも用意した方が良かったかもしれないけど今さらだ。覚悟を決めて舞さんの部屋へ行こう。階段を上り舞さんの部屋の前で大きく深呼吸。1回、2回、3回。それからドアにノックを3回した。
「起きてる?」
「どうぞ」
いつもの舞さんだ。声を聞いて安心した。
ドアを開けると舞さんがベッドの上で上半身だけ起こしてこちらに軽く手を振っている。パジャマを着ていつもまとめている髪をほどいているから何だか新鮮だ。
「ごめんね」
「いいよ」
何がごめんなのかわからないのに返してしまった。とにかく今は舞さんだ。
白を基調とした家具が多く、何故か壁にダーツの的が掛けてある部屋に入る。ベットにいる舞さんまで移動して近くで見る限り顔に出ていないだけかもしれないけど顔色は悪くなさそうだ。昨日からずっとこうなのだろうか。
「リンゴ、切ってきた」
「ありがとう」
次の言葉が出てこない。何て話せばいい?
「座らないの?」
部屋に入ってから立ちっぱなしなことに言われるまで気付かなかった。変に緊張してる。これじゃだめだ。落ち着こう。
深呼吸。できない、舞さんの目の前でやるのは変だ。ああほらアレだアレ、あれだよ。
「食べる?」
手に持った皿を差し出した。とりあえず間を繋ごう。話さなきゃ始まんない。
「そうね。でも……」
何かやらかした?
「フォークかつまようじがあった方が嬉しいな」
それか。
「ちょっと待ってて」
皿を舞さんに渡し、台所まで戻る。病人相手に手で食えもないな。どうかしてる。いやどうかしてるは言い過ぎだ。やっぱり落ち着こう。ここでなら深呼吸できる。
1回、2回、3回。よし。階段を上って1度ドアを開けた。
「持ってきた」
「ごめんね」
「いいよ」
さっきと同じ展開。これでいいのか? よくねーよ。
「どっちにする?」
俺の手にはフォークとつまようじがある。それを舞さんの前に差し出した。
「こっち」
舞さんはフォークを手に取って食べ始める。その間に俺はベッドの近くに座った。
舞さんの部屋に来るのも久しぶりだな。去年の今ぐらいの時期に何回か来たことがあったけど夏には俺も舞さんも友達ができて疎遠になったんだっけ。
「どんな感じ?」
「……味のこと?」
否定の意味で手を振る。
「そっちじゃなくて光彩のこと。大家さんに光彩は疲れるって聞いたからどんなだろって……」
「昨日よりは良くなったよ。明日には治ると思う。あの人もそう言ってたよね」
言ってた。けど俺は舞さんの口から聞きたかったんだ。
「うん、髪って家ではほどいてるんだ?」
けど、さすがにそれを口にするのは恥ずかしく、もう1つの用も口にしにくいのもあって別の言葉を口にしてしまう。
「これ?」
舞さんが自分で自分の髪を軽くいじる。
「昨日のカタマリも髪の毛が光ってたでしょ。光彩って髪の毛から何か感じ取るみたいで私の場合ある程度長くないと上手く使えないの」
「邪魔なんだけどね」
自分でも分かっている。これはただの話題そらしだ。
舞さんの話は興味深いけど俺が聞きたいのは舞さんのことだけじゃない。確かに舞さんが心配なのは本当だ。嘘じゃない。けどそれだけでもない。俺自身のことだ。俺は自分のことが知りたくてこの部屋に来た。
「もし嫌だったら話さなくてもいいけど……」
いやいやいやいや良くない良くない。
口が思い通り動かない。大家さんに変な話を聞かされたせいだ。ああもう違う。変な話として記憶のごみ箱にポイできないから困るんだ。
「私に聞きたいことがあるんだよね」
ああ、舞さんも分かってるんだ。まあ、そうだよな。なら俺も口にしなきゃならない。
「……おととい俺に何があったか聞いていい?」
舞さんの顔を見る。ついに来たか、と思っているだろうか。それとも上手く誤魔化す方法を考えているのか。
「話さなきゃだめだよね」
この反応は何だ。隠したいのか隠したくないのか分からない。
「嫌ならいいけど……」
また言った。そうじゃない。
お見舞いに行きたいと言ったのは本当だ。けど俺がここにいるのはそのためだけじゃないんだ。確かにあの変な違和感はなくなった。でもそれだけだ。
舞さんには悪いけど聞くしかない。
「ごめん、さっきの訂正。嫌ならいいけどはナシでいい? 大家さんに聞いたけど校舎の真上にある大きな光彩って解決したわけじゃないんだよね?」
舞さんは首を縦に振った。
「ってことはあの女子高生みたいな奴は他にもいるってことだから俺はまた襲われるかもしれない。だから知っておいた方がいいと思うんだ。あいつだって俺の光彩の味が違うって言ってたから……」
「味?」
食いついた。チャンスだ。
「どうやったかは知らないけどあいつに俺の光彩が盗られて、その光彩を舐めたんだよ。そしたら昨日と味が違うって」
人に狙われることに関しては身に憶えが無いとは言わないけれど光彩についてはよく知らない。おととい何があったか知っただけで何がどうなるわけではないことぐらい分かる。それでもこれからのことを考えれば知っておいた方がいい。
俺の言いたいことは伝わるはずだ。
「そう」
舞さんはそれだけつぶやいた。無言のまま時間だけがたつ。俺はただ待つしかない。
「……久君は人工呼吸ってどう思う?」
人工呼吸?
「……えーと、それがどうかした?」
間の抜けた声になってしまったけど俺は真面目だ。舞さんの言いたいことがよく分からない。何かの例えなのか?
「どう思うかなって。もし、倒れてる人がいて意識が無かったら人工呼吸する?」
「救急車呼ぶ」
舞さんが少し黙りこんだ。え? いやでも、え?
「うん、普通はそうだよね。じゃあもし自分しか助けられないとしたらどうする?」
「相手による、と思う」
何が言いたいのか分かるような分かりたくないような。
「私も、そう」
うつむいてしまった。
あー、あーあーあー、ああ。つまりアレか。そーゆーことか。俺にやったと。やってしまったと。あー、なるほど。だからか。
なーんかつながってきた。大家さーん、仮説証明されてますよー。
うん、ダメだ。俺はおかしくなってる。冷静に、とにかく冷静かつ落ち着いて行こう。うん。まずそれが大事。
そのためにはまず深呼吸。1回、よし。幸い舞さんはうつむいてしまっているからこっちがなにをしているかは見えない。
うつむいたままの舞さんを尻目に昨日ことを思い出す。人工呼吸という言葉は昨日も大家さんが言っていたけど何かの冗談だと思っていた。
俺が、舞さんに、キスしただけで舞さんが元気になる? んなわきゃねーだろ。そんな感じだった。けど大家さんは違っていた。
「光彩の口移し、ですか?」
「うん」
「冗談と言って下さい」
「本気よ」
本気か。困った。
「まあ聞いて。あの子は他人の光彩を抜き取ることができる。これは久弥君も話したよね?」
「はい」
保健室で俺にやったことだ。言いたいことは分かる。
「でも口移しの必要はないですよね? それに拒絶反応だかはいいんですか?」
「拒絶反応はあの子が光彩を使ったことが問題なのよ。カードみたいな光彩を出さなければ何も問題は起きないわ」
「つまり光彩を使わなければいい?」
「ええ」
「俺の中に舞さんの光彩が残ってる保証もないですよね?」
「残ってる可能性もあるわ。」
そんな可能性あってもなー。
「口移しだって体内にある光彩を直接渡せたら回復が早くなるのではないか、と考えたのよ」
「そのための口移しですか?」
口に発想が行く根拠が分からない。
「光彩が体内でどうなっているかは研究中だけど口って体内に通じる穴と捉えることができると思わない?」
大家さんは歯医者の患者みたいに口をあーんと開ける。そういう考え方をしたことはありませんでした。
「本当にできると思いますか?」
「あの子とは嫌?」
ずるい聞き方するなー。
「いやそうじゃなくって……それ確証ないんですよね?」
「だから試したいの。大体人工呼吸なんてそんな大したものじゃないわ。運転免許の講習じゃ誰もが通る道よ」
そういう問題じゃない。
「強制はしないわ。あの子の同意だってないもの」
「当然です」
「でも光彩を口移しで分けていたら久弥君の体はもっと早く戻るかも知れないとも私は思うなー」
それを持ち出すか。
「……つまりこれからは舞さんがああなる度にキスしろってことですか?保護者代理がそれでいいんですか?」
もっと柔らかい言い方をしたかったが口が止まらない。少し後ろめたいものを感じるが大家さんも大家さんだ。
「キスだけならいいじゃない」
良くねーよ。それでいいのか保護者代理。
「いやだから……」
「あくまでもそういう方法もあるってレベルの話よ。忘れてくれてもいいわ」
こんな話忘れられるか。
悪気だけじゃないのはわかる。けど俺に聞いてどうするんだ。舞さんに話しておくのが先じゃないのか。
そうだ舞さんだ。
現実に戻ってももう遅い。彼女はさっきからこっちを見ずにうつむいている。
これはまずい。おそらく舞さんは自分がやったことに対して俺が怒ってるのではないかと誤解している。本人に無許可で寝ている内に体に何かされて喜ぶ人間なんて変態以外いない。ここはフォローせねば。
けどどうする? 何て言う? 気にしていない? 何を気にしていないと? この状況で?この空気で? 無理がある。
ありがとう? ふざけてる。いやちょっと待った。確かにキスについてはふざけている。だけど光彩についてはどうだ?
2日連続であの女子高生もしくはその仲間に襲われている。そのどちらも俺は舞さんに助けられた。お礼を言うことの何がおかしい。
これだよ。
「ごめんね」
あれ? 何か先に言われたぞ?
「変なことに巻き込んじゃって。怖かったでしょ?」
「……うん」
うん、じゃない。何を納得してるんだお前は。ホラ何か……何か喋れ。
「体のこと、変だと思ったら私かあの人に言ってね。何とかする、とは言えないけどできる限りのことはするから」
そうじゃないんだ。俺のことはいいんだよ。この一言で済むのにそれが言えない。口が動かない。どうしてだろう。自分が情けない。
昨日に比べたら何もなかったと思えるくらい体は良くなっている。だから俺自身光彩のことはあまり気にしていない。2人が何とかするだろうと思っている。でも舞さんはどうだろう?
精神的な部分は分からないけど体への負担が大きいことは今の舞さんを見れば分かる。保健室の時と同じだ。俺は舞さんに負担しかかけていない。
「謝らなくていいよ。元々夜出歩いた俺が悪いんだし、舞さんの体がそうなったのも俺が原因だと思うから……」
けど、俺が原因なんだろとは言えなかった。
俺に出来ることは何だ? 決まっている。アレだ。光彩の口移し。何だそれ、バカバカしい。そう言いたくても現実がさせてくれない。
「そんな風に考えなくていいよ。光彩のこと知らなかったでしょ」
「けど体は……」
「明日には良くなるよ」
「あの女子高生だって……」
「そのときはそのとき。もし危なかったらまた協力してくれたら嬉しいな」
フォロー、されてるんだろうか?立場、逆だよな。舞さん、こっち見てないし。もしかして、避けられてる?
その可能性はある。
大家さんはともかく舞さんは光彩のことを知られたくなかったのかもしれない。その可能性をどうして今まで思いつかなかったのだろう。
家族や友人と仕事の話をしたがらない人がいることを中学の時聞いたことがある。舞さんにとっては光彩がそれに当たるかもしれない。
俺の親は仕事とプライベートの境目がなかったから普通はそうなのかと驚いたのを憶えている。だとすると俺は聞かれたくないことを聞いてしまったことになる。ここで重要になるのは俺はどうするべきかだ。
俺は光彩について知りたい。でも舞さんは光彩について知られたくないらしい。このままスルーして今まで通りの関係を維持できる方にシフトした方がいいだろう。
けどそれはダメだ。光彩をなかったことにして今まで通りってわけにはいかない。考えろ、会話の主導権をこっちに引き込むんだ。
「あの、もしかしたらだけど、ひょっとしたら俺、迷惑かな?」
他に言い方はなかったのか? そう後悔してももう遅い。ずるい聞き方だ。やっちまった。この言葉しか出てこない。
「……どうしてそう思うの?」
どうしてって、そりゃ今の舞さん見たらそう思うしかないよ。俺はそんな冷たい奴じゃないんだよ。とはいえ直接こんなことは言えない。ココは正直にどうしてそう思ったかを話すべきだろう。
「舞さん俺に光彩の話したがらない感じだし……」
舞さんはずっとこっちを見ている。
「俺、光彩のこと知りたいんだ。あの女子高生に何で襲われたのかは舞さんも分からないんだよね? 身に憶えがないとは言わないけど狙われた理由を調べる手伝いくらいはできると思う」
あの日何があったのかを大家さんに話したがらない理由は分かった。けどそれだけだ。ずっと頭の中で引っかかっている疑問は解けない。
なぜ俺が光彩で襲われたのか。
あの女子高生が何なのかはとりあえず置いておくとしても重要なのは俺が狙われた理由だ。文句があるなら直接言うか殴りかかればいい。
知りたいのはわざわざ光彩を使う理由だ。舞さんは自分しか助けられないとしたらという例え話を持ち出し、大家さんは俺を特殊なケースだと言っていた。ということは俺に対して何か特殊な光彩を使ったのではないかとも考えられる。
けどこれはただの仮定だ。保健室で座り込んだときのやつを強めにやっただけかもしれない。そもそも自分であれこれ考えるだけじゃ限界がある。
「怖くないの?」
突然、舞さんがそんなことを言い出した。
「……光彩が?」
「……私が使える光彩のカードも」
光彩のカードを使うのは舞さん。保健室で女子高生を撃退した舞さん。
そうか。自分のことばかりで考えたこともなかった。舞さんは自分が怖がられるかもしれないと思っていたのか。
「不思議なことだとは思う」
ウソはついていない。
「うん」
「けどそれだけ。怖いとかはないよ」
光彩を使う舞さんで最初に浮かぶのは保健室でスカートを押さえて天井に貼りついている姿だ。正直あれを怖いとは思わない。
あの女子高生のインパクトが強すぎたのもあるだろうけど俺の中では舞さんは舞さんだ。それは変わらない。
ただ女子高生を睨んでたのは少し怖かった。けどそれは舞さん自身のことで光彩とは何の関係もない。
ん? だとすると舞さんは光彩関係なしに怖かったということになる?
「どうしたの?」
「何でもない何でもない」
うん。この話はもうやめよう。
「俺はさ、光彩のこと知れて良かったと思ってる。親が何の研究をやっているか話したがらない理由も分かったしね。舞さんは嫌かもしれないけど……」
光彩を使う舞さんが怖くないのは本心だ。けど舞さんが知られたくないことを知ってしまったことには変わらない。
「嫌じゃないよ。手伝えるかもって言ってくれて嬉しかった。でも本当にいいの? またあんなことになるかもしれないよ」
「また襲われるかもしれないし、だったら舞さんの近くにいた方がいいと思うんだ。そういうのも計算済み。あの女子高生だって消えたってことはあんな感じで出てくるかもしれないよね」
俺1人じゃ保健室と同じ目にあうだけだ。
「実際に襲われたら役に立てないけどね」
「そのときは私に任せて」
「お願いします」
「うん」
話はまとまった、と思う。
「リンゴ、もっと食べる? 食べるなら切ってくるよ」
「お願いしていい?」
「いいよ。ちょっと待ってて」
空になった皿を回収してスタスタと階段を下りる。心が軽くなってフットワークも軽くなったらしい。つまようじとフォークを取りに行ったときに比べて足取りが軽くなっているのが自分でもわかる。
人間って単純だよな。まあいいや、今は舞さんだ。
部屋を開けると彼女の手元が光っていた。あのときと同じカード状の光彩、それを右手でつかんでいる。
「これ、今でも見える?」
うなずいて答えた。
「あの人、これを騙し絵みたいなものだって言ってた。1度見えたらもう見えなかった頃には戻れないからだって」
「大家さんも見えるの?」
「うん、見えるだけで私みたいなことはできないけどね」
舞さんが手元の光彩を天井に向けて投げた。昨日は空中で方向を変え標的に向かって進んでいたが、今は空中で静止するとそのまま消えてしまった。
開けっぱなしだったドアを閉め、リンゴの入った皿を渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
「今のは?」
「光彩がちゃんと使えるか試してたの」
リハビリみたいなもんか。そういうことをやるってことは本調子じゃないってことなんだろうな。
「特別な理由がある訳じゃないよ。習慣みたいなものだから」
俺、やっぱり顔に出やすいのか?
「聞いてもいい?」
「光彩のこと?」
「うん、俺の体のこと。大家さんは俺の体が変になったのは光彩がなくなったからだって言ってたけど、舞さんはどういう意味か分かる?」
「私も光彩を使い過ぎると立ちくらみとか起きたりするし、そういうのじゃないかな。里緒さんは何も言ってなかった?」
里緒さん? ああ、大家さんの名前か。
「断定はできないみたいだった。あの日何があったのか全部は知らないみたいだし舞さんなら何か知ってるかなって」
「あの時は強い光彩が見えて、そこに行ったら久君が倒れてたの。私が見つけたときには意識を失くしかけてて……」
場面が想像できる。やっぱり舞さんだったんだな、アレ。
「そんなにやばかった?」
「その時は助けなきゃって……」
ああ、うん、それでか。
しばらく意識を失くすだけならわざわざアレをする必要はないよね? という俺の疑問は解決した。でもこの話題はあまり触れないでおこう。
「一週間寝込んだ人もいるって聞いたから何かあったかと思ってた」
「それ私のこと」
へ?
「光彩を使い過ぎるとそうなるみたい。でもうまく使えなかったときの話よ。今は平気」
安心させたいのは分かる。でも今の姿を見てしまったら平気と言われてもそうなんだと素直には信じられない。
「そんな顔しないで。光彩を使わなければそんなことにはならないから」
ああ、じゃあ今の舞さんがこうなっている原因は俺に光彩を分けたことにあるんだな。
「じゃあ保健室で急に動きがよくなったのも何か理由があるの?」
舞さんの顔を見る。うーん、困ってる顔だ。でも聞かない方が良かった、って感じじゃない。
「あれはね、あの時も言ったけど久君の中の私の光彩を戻したの」
そういやそうだった。まずいな、頭まで浮ついているみたいだ。
「昔里緒さん相手に練習してた時にできたことがあって、その時も私の光彩を戻すことができたからもしかしたらって……」
大家さんもそんなこと言ってたな。
「俺は何もできなかったわけだし、助けてくれて感謝してる」
今更になってお礼を言ってないことに気付く。
「いいよ、久君こそリンゴありがとね」
手を振って答えた。
「光彩ことは里緒さんの方が詳しいの。ごめんなさい」
「いいよ、謝らなくて。そこまでわかれば充分」
知識は大家さんで体を動かすのは舞さんってとこか。




