伝える形
ロウは、獲物を捕まえ、さっと駆け出す。
とはいえ、体は人間。いつ、血の匂いにひかれて猛獣が飛び出すかはわからない。
一目散に洞窟へと走っていく。
オオカミに鍛えられたロウは足だけは速かった。
驚くようなスピードで走っていく。
洞窟はもうすぐである。
一方、ルノは洞窟で待っているのも退屈なので、数種の薬草を摘もうとしていた。
もともと、ルノの家は薬草屋だった、今の医者代わりである。
怪我した村人を、薬草を調合して煎じて飲ませる。
そういうことで生計を立てていた。
父親はいつも言っていた。
「ルノ、人には進んで声をかけなさい。人の気持ちに敏感になりなさい。救いを求める人には手を差し伸べなさい。それはいつか、きっと自分に返ってくるから。」
だからこそ、名も知らぬはずのロウに声をかけた。
父親の言葉があったからこそ、今の自分があった。
薬草を摘みながら、ルノは父の言葉を思い出し、涙した。
そして、決めたのだ。耳が聞こえずとも、父の分まで精一杯生きてみせると。
今の薬草の知識は父から受け継いだものだ。
ロウは怪我をしていた。絆創膏で一時ふさいでいるものの、しばらくすれば化膿してしまうだろう。
そう思い、ロウのために、薬草を探していた。
その時である。
草むらから、ガサガサという音が聞こえたと思うと
つんざくような奇声と共に、大蛇が現れたのである。
おそらく、血の匂いにひかれてやってきたのだろう。
耳の聞こえないルノには、後ろに大蛇がいることなど気が付かない。
大蛇はゆっくりとルノにせまっていった。
洞窟に向かっていた、ロウは、オオカミから受け継いだ、ただならぬ気配に気が付いた。
それもそのはずである。はるか向こうに、ルノを襲おうとしている大蛇の姿が見えたのだから。
「わおう!?(ルノ!?)」
走っていくも、この距離では間に合わない。
「わおーん!!(ルノー!!)」
その時だった。大蛇の頭が、がくんと横に倒れたかと思うと、奇声をあげて、のたうちまわった。
「わおん!?(なにがおこったんだ?)」
見ると、大蛇の頭に深々と矢が突き刺さっている。
まだ状況が理解できないロウはその場に立ち尽くした。
ルノは、ふと後ろを振り返ると、大きな大蛇が倒れているのを見た。
驚きだった。知らない間に襲われそうになっていたのだから。
「ルノちゃん!?」
誰かの気配に振り向くと、そこに立っていたのは、ルノの親友、ハルであった。
弓術を習っている彼女は、大蛇の頭部めがけて矢を放ち、ルノのピンチを救ったのである。
「ハルちゃん!?」
ハルはかけより、手話でルノに話しかける。
「ルノちゃん、ここにいたんだね?みんな心配してるよ?」
「あの、キノコを採っていたら、道に迷ってこの洞窟に…。」
「そうだったんだ。さあ、帰ろう。」
「あ、ハルちゃん、待って!ここにはまだ男の子が…。」
「男の子?」
「そうなの。実は、私を救ってくれた恩人なの。」
その時、草むらからロウが姿を現した。
「わおん?(ルノ?大丈夫?)」
「ロウ、帰ってきたのね?お帰り。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ルノちゃん、男の子ってこの子?」
「当たり前じゃないハルちゃん。何を言ってるの?」
「わうわう!(誰だお前は!)」
「ちょっと待ってて?この男の子と話してくる。」
ハルは近寄り、オオカミ語を話し始めた。
「わうわう、わおん、わうわう。(私の名前はハル。ルノちゃんの親友よ。君は人間でしょ?なんでオオカミ語を話せるの?)」
「わうわおん。わうわう。(僕はロウ。人間に捨てられてオオカミに育てられた。お前こそなんでオオカミ語を話せる?)」
「わおんわおん(父に教えてもらったの。狩りの際にはその動物の言葉を覚えれば苦労しないといわれてね。)」
「わおん!うううう!(やっぱりお前も狩りに来るのか!お前も敵だ!人間なんて所詮自分のことしか考えてないんだ!)」
「わおんわおん(あなたを傷つけるつもりはないの。ルノちゃんを助けてくれてありがとう。君はオオカミ語しか話せないからルノちゃんのことは知らないわね?実は彼女、耳が聞こえてないの。)」
「わおん?(どういうことだ?)」
ルノが耳が聞こえなくなった理由を、ハルは話し始めた。ハルは、耳の聞こえない彼女を精一杯支えてきたのである。
「わおん…(そうだったのか…。)」
「わおわおん。(だから、ルノちゃんを元の村へ返してもらえないかな。)」
「わうわう。(ルノがそうしたいならそうするよ。)」
そして、ルノのもとへ行くと、手話でこう告げた。
「ルノちゃん、言いにくいんだけど、あの子、人間の言葉は話せないの。」
「どういうこと!?」
「実はあの子、オオカミに育てられたからオオカミの言葉しか話せないの。」
「え…?」
「彼にはオオカミ語で話したんだけど、ルノちゃんがいいなら村へ帰すって。」
「あの、それはすごくうれしい。だけど、だけど、この子も多分お母さんを探してるんだと思うわ。だから、一緒にいてあげたいの。」
「ルノちゃん本気!?オオカミがきたら食べられてしまうかもしれないのよ?」
「ハルちゃん、でもお母さんがいない気持ちは私もよくわかるの。だから…。」
「…わかった。私も一緒にいる。だから、この子のお母さんが見つかるまで、一緒にいよう。狩りなら私も手伝えるから。」
「ありがとうハルちゃん!」
また一人、心の優しい人間が、ロウの心に寄り添うように増えていた。




