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日常の章  作者: しば
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ポニテ×おさげ

村上章は、迷子である。

先程自分の記憶を頼りに歩くのを諦めてから、ずっと地図アプリとにらめっこしているのだが一向にたどり着く気配がない。

「もう入学式始まるって!こんなことになるなら下見しときゃよかった…!」

スマートフォンの画面は式の開始時間二分前を表示していた。

「あ〜もう無理だ、これで俺のあだ名は遅刻魔決定か」

(こうなったらできる限り遅刻時間を短くする方法を考えるしかねぇな…)

学校方面にバスが通っていれば好都合なのだが、そんなものがあれば最初から道に迷ったりはしない。タクシーは…高校生の財布にはいささか厳しいだろう。

「この際ヒッチハイクを…いや、もちつけ俺」

もはや八方塞がりであった。力なく植え込みにへたりこみ、空の青さを再確認している章を小動物の様にのぞき込む少女がいた。

「…あの…」

「ん?」

見知らぬ少女ではあったが、その格好には見覚えがあった。それは章がまさに今向かっている高校の制服で、胸元には一年生の学年色であるブルーの刺繍があしらってある。どうやらこの少女は「小宮」というらしい。

「水仙高校の新入生さん、ですよね?」

「そうだけど、君も入学式に遅れちゃったクチか」

「はい、ものの見事に寝坊してしまいまして。えへへ」

地図を見ても目的地にたどり着けない章は実に要領が悪いが、この少女も相当に間の抜けた性格らしい。

「とりあえずこれからどうしようか…こっからかなり距離もあるしな。そうだ、君地図を読むのはとくい?」

「見せて下さい」

「ここからどっちに進めばいいのか教えてくれ」

「なるほどなるほど、全くわかりませんね」

「使えねぇ‼︎」

「失敬な、それが手伝った人に対する態度ですか!」

頬を上気させて、上目遣いでこちらを睨めつける小宮。

(あ、なんかかわええ…)

「悪りい悪りい、でも本当の気持ちだからさ」

「全然反省してませんね⁉︎」

とても初対面とは思えないほどに打ち解けた少年と少女は、立話に花を咲かせてすっかり大事なことを失念していた。

「…おい。もう二十分過ぎてる」

「ひええ⁉︎とにかく走りましょう!」

結局、二人が校門をくぐることが出来たのは、入学式が終わる5分前であった。


道行く人々に何度か方向を教えてもらい、どうにか二人は水仙高校に着くことができた。しかし、難関はこれだけでは終わらなかった。

すでに終盤に差し掛かろうとしている入学式に潜りこむような度胸は、章も小宮も持ち合わせてはいなかったのである。

場内から漏れてくるアナウンスから察するに、式次第も残すは校歌斉唱のみのようだ。

茂みから顔をだしたリスの様に、小宮が扉から中の様子をうかがっている。

「せっかく警備員さんに講堂まで案内してもらったけど、もう全部終わっちゃいそうですね」

「よし、トイレにでも行っていた素振りで退場する列に紛れ込むぞ」

タイミングを見計らった章の合図と共に、走り出す二人。

列の最後尾にいた少年は急に現れた二人に不審そうな目を向けたが、合流には成功することが出来た。

「すまない、この後どこに向かうか知ってるか?遅れてきてしまって分からないんだ」

変に目立たないように、章は声をひそめて目の前を歩く少年に尋ねてみた。

急に話しかけられ戸惑った様子を見せた少年だが、章の言葉からすぐに事情を察してくれた。

「これからそれぞれの教室に向かうんだ。その後ホームルームがあって、今日の日程は終わりだ」

「さんきゅ。村上章だ、宜しくしてくれ」

「佐々木堅固だ、よろしく。そっちの子は?」

そう問われて、章はいまだ少女のフルネームを知らないことに気づいた。問いかける意味で少女に目線をよこす。

「わ、私ですか?えと、小宮楓ですっ」

「ついでに言っとくとアホの子だ」

「章さん⁉︎」

「お前ら本当に初対面か…?」

夫婦漫才を始めた二人に、苦笑いするしかない堅固であった。


入学式も終わり、初々しい顔つきの学生であふれる桜並木を歩む三人組の姿があった。

先頭を歩くのは、少し小柄なポニーテールの少女、小宮楓である。

少し幼い顔立ちだが、それが彼女の可愛らしさをより引き立てている。

「ですから、私はアホの子じゃないと言ってるでしょう‼︎」

「安心しろ、鞄からリコーダーが出てきたのは見なかったことにしてやるから」

「うがー‼︎」

楓に軽口をたたく少年は、村上章。すらっとした背丈は、170センチ後半といったところだろう。飄々とした態度で、少女からの反撃をあしらっている。

「まあまあ、その辺にしとけって」

そして、その隣で二人をなだめている大柄な少年が佐々木堅固だ。

決して名前負けしない風格だが、とても人のよさそうな雰囲気がある。

「それにしても、なんで章は道に迷ったりしたんだ?入試で一度は来た道だろう」

「あん時は同級生に道案内まかせて、周りの風景気にしてなかったしな。結局そいつは落ちちまった」

「あるよな…そういうの。いまだに何処いったかも知らなかったりな」

「結果発表もそいつに行ってもらったんだよ。帰ってきたときは、今まで見たことないような恐ろしい表情だったな」

「清々しいほどのクズっぷりですね」

ジト目を向ける楓に対して、章は全く悪びれる風もない。

「そういや、なんの話してたっけか」

「どこでお昼をご一緒するかでしょう?全く、話の腰を折る章さんが悪いんですからねっ!」

「二人は何か食べたいものとか無いのか?」

三分に一回は口げんかをする二人に、早くも堅固はスルーすることを覚えはじめていた。

本来なら生徒は皆帰路についている時間ではあるが、親睦を深める機会にと三人は昼食を食べに行く約束をしていたのである。

「私はハンバーグが食べたいです」

「やっぱ小学生なんィデェエ‼︎何しやがる‼︎」

「それ以上言ったら殺りますよ」

ローファーの角で足を思い切りふんずけられ、章はあまりの痛みにのたうち回っていた。


ハンバーグを希望する楓に対し章が断固拒否の構えをとかなかったので、堅固は折衷案としてファミレスを選択した。

一瞬も迷うことなくハンバーグ定食を注文した楓は、店員の持ってきたプレートをみてキラキラと目を輝かせている。

「堅固さんは本当に気配りの出来る方です」

「そんな大それたことはしてないよ」

「いえいえ、章さんとは大違いです」

それとは対照的に、和風御膳を頼んだ章は衣でふんだんにかさましされた揚げ物に不満げな表情。

「なんだこの海老フライ…メニューの写真と身のつまり方が別物じゃねえか。もはや詐欺だぜ」

自分勝手な楓と章だが、それでもお似合いの二人に、人の相性というのは分からんものだと堅固は思った。

「ちょっとトイレに行ってくるぜ」

「あぁ」

隣に座る堅固に断りを入れてから、章は席を立ち通路を歩いていく。

と、その途中で違和感のある光景に思わず立ち止まってしまった。

章が見る先には、一人の少女の後ろ姿がある。楓と同じセーラー服を着ているから、同じ水仙高校の生徒なのだろう。そこまでに変わった点は特にない。

だが、その机いっぱいに大食漢二人でもかくやという数の皿が並んでいた。そして、数多の料理に追いやられるように置かれたノートにガリガリと書き込みをしている。

書かれている内容からみて、数学の問題を解いているらしい。

トイレを済ませた章は、違うルートを通って遠巻きに少女の顔を伺ってみた。

丸眼鏡に三つ編み、まさに「ガリ勉」の象徴のような格好だ。顔立ちはよく整っているが、お洒落に対する無頓着さが全てを相殺していた。

再び堅固と楓の待つテーブルに戻ると、楓が何か言いたそうにしていた。

「どうかしたか?」

「どうしてわざわざ遠回りをして帰ってきた来たのかと思いまして」

「あの子がアレ全部一人で食い切るのかどうか、気になってな」

「?」

「ん?」

二人は不思議そうに章の目線をおい、堅固が反応を示した。

「まさか知り合いか?」

「そうらしい。少し失礼する」

旧知の仲という堅固とお下げの少女は、昔の時間を取り戻すようにしばし歓談に耽っていた。


「この子を二人に紹介してやりたいんだが、いいか?」

そう言った堅固の後方に匿われるように立つ少女は、所在なさげに目を伏せている。

「もちろんです!」

「ちょうど空いてるから、小宮の隣に座ってくれ」

ぺこりとお辞儀をして、堅固に促されて席につく少女。どうやらかなり人見知りをする性格らしいが、今時珍しい清楚な女の子だというのが章の第一印象だった。

「俺が中学の時にクラスメイトだった佐伯愛だ。俺と一緒に学級委員長をやっていた」

「よろしくです、愛さんっ」

「…うん、よろしくね」

楓に手をとられ頬を染める愛という構図は、なんだかイケないぐらい絵になっていた。

「村上章だ。よろしく」

「ガサツな男は嫌いよ」


「…え?」


ドスの効いた罵倒の言葉が目の前の少女から発せられたということに、数瞬たって章は気がついた。

だが、もしかすると聞き間違いかもしれない。ここは自制して大人の対応をすることにした。

「ごめん、今なんて言ったかちょっと聞き取れなかったなぁ…?」

「オツムまでだらしないのね」

「このアマァァア‼︎」

「落ち着け、章!」

今にも飛びかからんばかりだった章は、堅固によって羽交い締めにして抑えこまれている。

(トンだ勘違いだったぜ、コイツは強気な性悪女だ‼︎)

章の中の愛の印象が、『内気な乙女』から『口悪女』に一瞬で下方修正された。



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