第20話 私の卓に春の灯りを
北辺へ戻った頃には、雪峡にもようやく春の水音がしていた。
関門迎賓館の大広間では、新しい春の歓迎晩餐の準備が進んでいる。今度は王都式の見栄えのためではなく、旅人と使節と領民代表が安心して同じ卓へ着けるようにするための晩餐だ。
私は正式な席次監督役として、来賓録の表紙へ初めて自分の名を記した。
『雪峡関門迎賓館 席次来賓録 監督役アニカ・リーベル』
書き終えた時、指先が少し震えた。だがそれは不安ではなく、ようやく掴んだ重みだった。
大広間ではグレタが笑いながら給仕を飛ばし、ハインツが新しい席札を並べている。七番控室は今や荷物庫へ改められ、裏階段は封鎖済み。見えない席は、もうない。
「最終確認を」
ヨナスが朝いちばんの席表を持ってきた。私は受け取り、主卓端の一席に目を留める。そこだけ、昨日の仮番号ではなく手書きで一言添えられていた。
《監督役席》
「また私の席だけ空けてある」
「必要だ」
「どうして」
彼は少し黙ってから、珍しく遠回しでない言葉を選んだ。
「君が座る卓にしたいからだ」
私は息を呑んだ。大広間の窓から、春の遅い光が差し込む。王都で奪われた席も、北辺で数え直した席も、全部この一言へ繋がっていた気がした。
「それは、公務ですか」
「半分」
「残り半分は?」
「私情だ」
笑ってしまった。無口な人の告白は、どうしてこう真っ直ぐなのだろう。
晩餐が始まる頃、大広間には灯りがともり、卓ごとに温かな料理が並んだ。私は監督役席へ座り、来客の名前を記し、だれ一人として席からこぼれないよう最後まで見届ける。
その夜の最後、私は来賓録の余白へ私的な一行をそっと書き足した。
『本日の春の灯り、欠席なし』
私の卓には、ようやく私の春が来ていた。




