56.神剣の目覚め
ヴァルは絶句した。
さすがのゼインも動揺しているようだった。
教皇? 隣国オルドーン? いや、何よりも、
「アルフレート殿下が神剣グラードを盗んだ……? 神剣は偽物じゃなかったんですか。本物があった? それなのに冥竜との戦いで出さなかったと?」
ギリアスは軽く片眉をあげてこちらを見た。
「ほお。そなたは知らぬのか。大公家は一時期ずいぶんと神剣に執心して手に入れようと動いていたが、結局は諦めざるを得なかった。その理由も何も知らされていないか。……それも養女ゆえかな。実子のゼインヘルド殿はご存じのようだ」
いわれて見ればゼインは苦々しい顔をしていた。なにか知っているのだろう。
しかし今度の揶揄には何も感じない。いずれ大公家を継ぐ身であるゼインと自分では与えられる情報がちがっていて当たり前だからだ。
ただ、そうなると、
(本物の神剣グラードがあったということ? どうして冥竜の脅威を前にして使わなかったの)
ギリアスはあごをなでていった。
「ところで、そなたの実の母親の名はアルヴァ、父親の名はラーズで相違ないか?」
「……え?」
思わずまじまじとギリアスを見てしまう。どうしてここでその名前が出てくるのか。どうしてギリアスが両親の名前を知っているのか。
(……調べさせたの? でも、何のために)
王太子の婚約者になったときはギルガード大公の娘という事実だけが重要だった。すでに亡くなっている平民の名前なんて誰も気にとめていなかったのに。
年かさの男の分厚い瞼の下から、薄茶色の瞳がぎょろりと動く。
ゼインがこちらを庇うようにいった。
「宰相閣下がなぜヴァルキリアの実の両親に関心をお持ちで……? 貴族でも何でもない平凡な民の名が、この場であげられるべきものとも思えませんが」
「確かめなくてはならぬことがあるからだ。答えよ」
「……名前に間違いはありませんが、ギリアス宰相はいったいどちらでその名を聞いたんでしょう? わたしは王宮で……いえ、大公家にいたときすら実の両親について語ったことは少ないんですがね」
「父親は流行り病で、母親は魔物の襲撃で没している。祖父母は父方も母方も早くに亡くなった。そうだな?」
「……本当によくご存じで。情報源について伺いたいものですね」
「祖父母について知っていることは?」
いったいなんなのだ、この質問は。
意味のわからなさに顔をしかめながらも口を開く。
「なにも。一緒に暮らしていなかったことだけは確かですね」
「母親に祖父母について聞かなかったのか」
「さあ……。聞いたかもしれませんが、幼い頃の話ですから。何も覚えていませんよ」
ギリアスが深いため息をつく。失望したといわんばかりだ。
ちらっとゼインへ眼をやったけれど、今度は彼にもわからないらしい。不可解だといいたげに顔をしかめている。
宰相は足を組み、その上に両手を組んで重々しくいった。
「では、フラヴィートという名前に聞き覚えは?」
「……ありません」
記憶の中を探ってみたけれどもない。
ギリアスは一度思案するように目を閉じた。
それから重たげに瞼を上げて、淡々と話しだした。
「王家の宝物庫の奥深くに、石造りの台座がある。口伝によれば、神剣グラードはその中に眠っているという。しかし真白い台座にはつなぎ目一つなく、開くことも動くこともなく、何をしても傷一つつかなかった。代々の王は神剣を目覚めさせるために、ありとあらゆることを試した。工具や炎や冷却による破壊、凄腕の剣士による切断、穢れた存在とされる魔術師の力さえ使った。一度や二度ではない。この千年の間、王冠を被ったものは必ず神剣をその手に握ろうとしてきた。だが───、台座は動かなかった。かすり傷さえつかないまま白く在り続けた。……このことはギルガード大公やフィンヘルドもよく知っているだろう。かつては神剣を手に入れようと躍起になっていたようだからな」
それは冥竜との戦いに必要だったからだろう。
いや、戦いの後だって。
(冥竜オルガヘイムの心臓はまだ壊せていない。大公家の地下に封印されているだけだ。大公閣下やフィン様は心臓を砕くために神剣を求めたんだろう。だとすれば───)
アルフレートに盗まれたという事実はともかく、これは朗報じゃないか。いまや神剣が目覚めて、使えるようになったというのなら。
ぐっとこぶしを握り締める。心臓がどくどくと鳴った。期待が全身を高揚させる。前のめりになったとき、ゼインが冷ややかにいった。
「アルフレート殿下が神剣を目覚めさせたと? 歴代の王にできなかったことを、いったいどうやって?」
露骨に疑っている声だ。
途端に、冷や水をかけられたかのように冷静になった。ゼインのいう通りだ。あのアルフレート殿下に今までの王族とは違う特殊な能力があったとは思えない。そんなものがあったらとうに声高に自慢しているタイプだろう。
ギリアスはどこかうんざりしたような口調でいった。
「アルフレート殿下ではない。……私は王宮内のことはすべて把握している。神剣が目覚めたあの夜、普段と違うことが一つだけあった」
王家の屋台骨といわれる男の眼差しが、矢のように鋭くこちらを見た。
「常とは変わっていたことはただ一つだけ───、そなたがアルフレート殿下を脅すために魔術を使ったことだけだ」




