37.王都の情勢①
眼が点になったヴァルの前で、アトリは自分の髪をかき上げながらいった。
「確かにゼイン様は昔からお前に目をかけてきたけれど、面白がっていた部分もかなりあるでしょう」
「ま、まあね?」
「たまたまお前に魔術師としての才があったから育てて強くしようとしていたようにも見えたわよ。だってあの方……、戦闘狂でしょう」
「否定の言葉もありません……」
「おまけに怠惰で傲慢、そのくせ本心はまるで見えない方だわ。お前がゼイン様のどこにそれほど恋い焦がれるのかわたくしにはまるで理解できなくてよ」
「でもゼインはすごくモテますわよ! 大公領では女性にモテモテですわよ!」
「大公閣下の孫という血筋と次々代の大公家当主という立場、それに火の筆頭魔術師という実力があれば周囲に人が集まることなど自明の理よ。あの方の人柄を知ってなお人生を共にしたいと望んでいるわけではないでしょう」
「ルインみたいなことをいうじゃないの……」
「従兄妹としていわせてもらいますけどね、あの兄弟ならルイン様のほうがまだまともよ。ルイン様も辛辣なところはあるけれど、理解できない人柄ではないもの。ゼイン様は昔から何でもできるのに何が望みなのかわからなくて気味が悪いわ」
「そこまでいう!? ゼインはべつにわかりにくいんじゃなくて、面倒くさがりでやる気がないだけだと思うわよ」
「お前は昔から簡単に他人を信じすぎよ。すぐに気安くなって、まるで身内のように扱うのだから。わたくしはお前のような軽い人間ではなくてよ」
アトリがツンと顎をそらしていう。
その態度に思わず頬が緩んだ。
「心配してくれてるんだ、アトリ?」
「勘違いもはなはだしいわね」
「ありがとう。わたしもね、アトリのことが好きだよ」
「会話が成り立たっていないのではなくて!? お前ときたらすぐそうやって誰彼かまわずたらし込もうとして……! わたくしはお前のことなんてろくでもない女だとしか思っていなくてよ! お前があまりに世話が焼けるから手を貸してあげているだけよ! 感謝なさい!!」
「はいはい、感謝してます~」
「まったく……、お前が好意を伝えるべき相手はわたくしではなくゼイン様でしょう。そもそもきちんと言葉にしたことがあるの、お前は?」
「ええ……、友達にいうのと振られた相手にいうのでは全然ちがくない?」
「情けないこと。戦場での蛮勇はどこに行ったのかしらね! まあいいわ、このわたくしがお前の恋路の手助けをしてあげる。まずはその服装からよ!」
そういってアトリは、もう夜更けだというのに鈴を鳴らして侍女たちを集めた。
※
翌朝、食事の席にはディン家の当主もそろっていた。
アトリの父方の祖父だけれど、彼女とはあまり似ていない。当主は小柄で恰幅がよく、豊かな顎ひげを蓄えている。髪も髭もすっかりと白く、一見したところは隠居した好々爺のように見える。実際はフィン様ですら「あの狸爺……、いえしたたかなご老体によろしく伝えてください」というくらいの人物だけれども。
「おお、お久しぶりですな、ゼインヘルド殿、ヴァルキリア殿。お二人の輝かしいお姿を目にできて、この年寄りも活力を取り戻すようですわ」
苦笑する。ディン家の当主は自分たちよりもよほど精力的に社交界を動き回っている御仁だ。大公家と縁付きになっても不利な立場に立つことのないその根回しと人脈、そして憎めない人柄は真似しようとしても簡単にできるものではない。
朝食を済ませて、食後のお茶を飲みながら本題に入る。
「アルフレート殿下の件ですが、病死という公の発表を信じている者は庶民にも貴族にもおりませんな」
繊細なレースカーテン越しにも、朝の光がさんさんと室内に降り注ぐ。
自分の隣にゼインが、そしてその向かい側にディン家当主とアトリが座っている。人払いをした室内には侍女や執事の姿もない。四人だけだ。
「庶民の間では『王太子殿下とその愛人の悲劇の恋、追い詰められた末の心中』と信じている者が多いですな。これは実際に二人の遺体がヒルドル河で発見されたときに、庶民の目撃者が多かったからでしょう。手首を赤い紐で結んだ若い男女の水死体となれば、そう思うのも無理もない」
当主はそこで言葉を区切ると嘆息した。
そして困ったような顔で自分たちを見て続ける。
「おかげで今や王都の民たちは、大公家を王太子殿下を追い詰めて死に至らせた大罪人のごとく思っておるのですよ。特にヴァルキリア殿の立場は危うい。この屋敷に来るまでに石を投げられませんでしたかな?」
「なかったですね」
「夜だったからな」
大行列で来たわけでもないし、陽が落ちた後では馬車の見分けもつかないだろう。そうゼインにいわれて納得する。王都の夜は大公領のそれよりも暗いのだ。これは気分的な話ではなくて、魔道具による人工的な灯りが乏しいため物理的に暗い。
「それは何よりですな。……ですが、殿下の葬儀に参列されるとなれば日中の移動は避けられません。もし必要とあらば当家の馬車をお貸ししますが」
「お気持ちだけありがたく。たとえ王都の人々から石を投げられようとも、大公家の紋章と共に参列しなくては意味がありませんから」
軽く頭を下げていうと、隣でゼインが笑った。
「それに我がギルガード家の馬車は王都の方々が考えているよりも頑丈ですよ、御当主。当家が仕立てた馬車そのものは無論のこと、四方を魔術師部隊が警護に当たっているのですから、石が当たることよりも、反撃の際に『やりすぎるな』と言い含めるほうが……、面倒ですな」
「そもそも一般人相手に反撃を考えるんじゃない」
げんなりしながらも軍の高官としていう。
「王都の民から何かしらの攻撃があったとしても、防御に徹するべし。我々は戦争に来たわけではない。部隊の皆もそれは承知しているはずだ」
「水の君はそう仰るが……、さて……。部隊の連中はお前のためなら命も差し出すだろうが、お前への侮辱にどこまで耐え得るかは……、俺にもわからんな。ただでさえ此度の件は鬱憤が溜まっているだろう……」
「わかった。わたしからよくいっておく。わたしが何と罵られようと聞き流せとな」
ゼインの紅い瞳がなぜか不快そうに細められた。
アトリは露骨なため息をついていう。
「お前は昔から……、そういうところがまるでわかっていなくてろくでもない女だわ」
「アトリこそ毎回突然罵ってくるじゃん……」
「あら、わたくしはいいのよ。わたくしは何も間違ったことはいっていないもの。だからお前の部下たちもゼインヘルド様も、わたくしに怒りを向けたことはなかったでしょう」
そんなことはないだろうと思ってゼインを見ると、年上の幼馴染は軽く肩をすくめてみせた。アトリの意見に異論はないといわんばかりだ。
ええ……とショックを受けながらも、なんだか分が悪くなってきたので話を元に戻すべく、ニコニコしている御当主へ目を向ける。
「貴族の方々の動きはどうなっていますか?」
「ふむ、そちらは大きく分けるなら二派に別れておりますな。すなわち、大公家を悪と見なす派閥と、宰相ギリアス殿を悪と見なす派閥です」




