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38.王都の情勢②


 予想通りだ。やはり宰相に疑いの目を向ける者も少なくはないだろう。そしておそらくその筆頭は。


「アルフレート殿下を支持していた者たちは声高に訴えておりますな。殿下の死には不審な点がある、辣腕の宰相閣下ならば何かご存じに違いない───と」


 辣腕とはまた、貴族らしい物言いだ。ヴァルは小さく嘆息した。

 宰相が王太子殿下を暗殺したのだと考えていても率直にそう口にすることはできない。まして庇護者たるアルフレート殿下を失った今となっては、責め立てる言葉にも注意を払わなくてはならないのだろう。


「わたしは殿下の派閥の方々にずいぶん嫌われていたと思うんですが、こういうときは大公家が悪いとはいわないんですよね……」


「大公家の仕業では、彼らにとって何のうまみもありませんからな」


 御当主があっさりといった。


「これは王位争いですぞ、ヴァルキリア殿。実際のところ誰がアルフレート殿下を殺したかなど、殿下派の者たちにとってはどうでもよいのですよ。王になるはずの殿下が死んでしまってお先真っ暗なのですから、ここから逆転の眼を掴むにはギリアス殿に失脚してもらうしかありますまい。……まあ、負けの見えている賭けではありますが」


 ギリアス殿を蹴落とすならばフィンヘルド様並みの手腕が必要ですな、とご当主が付け加える。


「殿下が宰相と対立していることは、派閥の者たちは皆知っていたということですね」


「皆が皆、確信を得ていたというわけではないでしょうが、こういったことは下の者ほど過剰なまでに空気を読んだ振る舞いをするものですからな。主君たるアルフレート殿下の意向に沿った態度を取ってきたなら、ギリアス殿が次期国王の義父となれば冷遇されるのは目に見えておるでしょう。彼らは今、ほかの殿下を担ぎ出そうと必死になっておりますが……、難しいでしょうな」


 現国王の弟には息子が三人いる。その内の長男がギリアスの娘と結婚していて次期王太子と見なされている。しかしアルフレート派だった者たちは、次男こそが王太子にふさわしいと訴えているらしい。ただし、次男本人は乗り気ではなく、そういった動きを迷惑がっているのだとか。


 確かにそれは負けが見えている賭けだ。他人事ながら、潔く諦めたほうがまだ傷が浅くすむのでは……? と思ってしまう。ギリアスのことは伝聞でしか知らないけれど、もしこれがフィン様相手だったら即座に自分は白旗を上げている。最初から戦う気にもならない。


「わかっているでしょうけど、ヴァル。大公家を悪と見なし、殿下を死に至らしめたのだといっているのは宰相ギリアスの派閥よ。……全員が全員ではないけれど、魔術師への敵意が強い者たちなどはギルガード大公が暗殺を命じたのだと主張して、これ以上大公家のつけ上がらせるべきではないとまでいっているそうよ」


「……そこまで?」


「そこまでよ」


 それは大公領へ攻め込むべきだといっているも同然だ。


 ヴァルは眉をひそめた。宰相と大公家は友好的とはいいがたい。けれどこれはおかしい。確かめるようにゼインを見れば、彼もまた怪訝な顔をしている。アトリにも戸惑いがある。ヴァルは首を傾げながら御当主に尋ねた。


「宰相が派閥の手綱を握れていないという可能性はありますか?」


「ございませんでしょうな」


「では、あえて好きにさせている?」


「そう考えるべきかと」


「宰相が突然好戦的になったという噂を聞いたことはあります?」


「ほほ、あの方が戦好きになられたなら王都も終わりですな。ギリアス殿は相変わらず、戦という金食い虫を嫌っておられますよ」


 そう───、そういう人物だから大公家との縁談を成立させたのだ。


 あの政略結婚のために根回しに励んだのは大公家側ではフィン様だったけれど、王家側では宰相ギリアスだったと聞いている。


 二人ともお互いを嫌っている───ギリアスから直接話を聞いたことはないけれど、宰相が隙あらば大公家を抑え込もうとしていることは間違いない───けれど、現状で内戦に至ったら国が滅ぶだろうという点については意見が一致していたらしい。


 実際、魔物の被害から立ち直れていない地域は国内各地にある。このうえ内戦になったら、国内で争っている間に隣国に攻め込まれる可能性は高い。……閣下ならば、最後にはそれすらも退けるだろうけれど。


 しかし多大な犠牲は出る。

 自分にはそれは受け入れられなかった。


 軽く頭を振って思考を切り替える。宰相があえて好戦的な過激派を放置しているというなら、そこには何かしらの思惑があるはずだ。

 問いかけるように御当主を見る。

 しかし人脈の強い御当主でさえ「今は何ともわかりかねますな」と首を横に振った。推察するにも情報が足りないということだろう。


 ヴァルは少し考えてからいった。


「では……、ひとまず、葬儀に参列した後は殿下派の方々に接触してみましょうか。この状況なら大公家を味方につけたいと考えるでしょうから、わたしにも快く話してくれるかもしれません」


 ゼインとアトリが頷く。


 けれど、御当主は微笑んだままこちらを見つめていった。


「一つ、最初に聞くべきことを聞いておりませんでしたな」


「なんでしょう?」


「此度の一件は不明瞭な点が多い事件ではありますが、アルフレート殿下が亡くなられた以上はもはや過去の話でもあります。探ったところで得るものは少ない。大公家が王位争いに一枚噛もうとしているようにも思えませぬが……、ヴァルキリア殿はなぜ王都へいらっしゃったのですかな?」


 要するに『最終的な目的は何か』ということだろう。情報収集をして、その後はどうするのかと。


 考えを纏めるように一呼吸置いてから答えた。


「そうですね、わたしとしてはミア・ホイスラー嬢の遺体をこの目で見たいと思っています」


「それは……、ホイスラー嬢を弔って差し上げたいということですかな……?」


「いえ、本当に彼女なのかを確かめたいんですよ。アルフレート殿下の遺体を確認できるならそれが一番ですが……、水死体は損傷がひどい。王家は決して許さないでしょう。ですが、ミア嬢ならまだ可能かもしれないと思っています」


 彼女の身体がまだ王都にあるのかも定かではないけれど、もし実家に引き取られたというのならそちらを訪ねてもいい。


「アルフレート殿下が亡くなっているのなら、御当主の仰るとおりこれは過去の事件です。ですが───、遺体が偽者だったなら、話は大きく変わってくる。そう思われませんか?」


 御当主は目を丸くした後で、弾かれたように笑った。


「ほっほっほっ、そう来られましたか。さすがはギルガード大公殿の秘蔵っ子でおられますな。これほど宰相に都合の良い状況になったというのに、それでもギリアス殿が暗殺したとは思われませぬか」


「秘蔵っ子じゃありませんけど、あの宰相の計画にしては筋が通っていないと思いません?」


「……そうですなぁ。ヴァルキリア殿は大公家の一員でおられるのに、ギリアス殿に対して実に冷静であられるとこの年寄りは感心しております」


「冥竜の一件についてなら、わたしは当時大公家に居なかったから遺恨が薄いだけですよ。それにフィン様だっておかしいと仰ってました」


 そう、王都へ行かせてほしいと頼み込んだときに、フィン様はいっていた。


『私としては、一連のすべてがギリアスの企みだと判じることには違和感を覚えます。いいですか? この状況を予期できた者は誰もいなかったはずです』


 あのときの会話を思い出し、何となく気まずくて首に手をやりながらもいう。


「フィン様は仰ってました。王太子が駆け落ちした時点で、この国は内戦に至っていたはずだと。王家が大公家を、ひいては魔術師を軽んじたのですから、大公閣下は決して許されない。閣下の怒りを鎮めることは誰にも不可能だった。……不可能なはずだった。ヴァルが無茶苦茶な取引をいい出さなければ。───と、フィン様が」


 ゼインが失笑し、アトリが小さく吹き出した。


 御当主は孫娘とちがって容赦なく笑った。





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― 新着の感想 ―
楽しみに拝読しています。 アルフレートの思想、そして今回隣国が潜在的敵国(?)と、アルフレートが担がれそうですね
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