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15.間章-ある部隊長の話(前)-


 部隊長のクリーグラは、渋面で目の前の子供を見下ろした。


 ヴァルキリア・ギルガード。ギルガード大公閣下が拾った子供が予想外に魔術師として優秀だったという話は聞いていた。上層部から補充の人員として彼女を提案されたときに、渋々ながら了承したのも自分だ。


 クリーグラの部隊は調査と情報収集を主な目的としている。

 そのため、軍事拠点に詰めて防衛を担う魔術師たちとはちがって各地を転々としている。采配の自由度は高いが、任務としては過酷である。魔物の数や種別、各魔物独自の行動や保有する能力、そういったものを調べようとすれば、どうしたって『何の情報もないまま魔物の群れと遭遇してしまい戦闘に入る』というパターンが避けられない。必然的に負傷による欠員は多く、人手不足の軍の中でも特に手の足りない部隊だ。


 任務の忙しさといったら、猫の手だって借りたいほどである。ほかに人員がいないのなら、子供でも仕方がない。そもそも、かの有名なゼインヘルド・ギルガードを始めとして、大公家や五家の子供は物心つく前から魔術の英才教育を受けており、幼くとも戦場へ出ている。彼ら彼女らもそれを当然だと思っているため、幼さゆえのトラブルが起こることもない。やはり名門の子供は面構えも心構えも違うのだ。




 ───なーんていうのは思い込みであったのだと、目の前のニコニコ笑顔の子供を見下ろして、クリーグラはつくづく理解していた。




(頭いてえ……)

 ヴァルキリアは子供だった。どこからどう見ても、ただの可愛い子供だ。

 キラキラとした青の瞳、ふくふくとした薄紅色の頬。肩まで伸びた柔らかそうな黒髪。昼間であっても一人で道を歩かせるのは心配になるような可愛い子供であるし、これがただの親戚の子供などだったら甘い菓子の一つも買ってやっただろう。


 しかしヴァルキリアは今日から自分の部下である。


 この幼女が、五十歳過ぎた歴戦の部隊長である自分の部下!




「かっ、かわいい~!!! お腹減ってないかしら? 飴食べる?」


「どー見てもガキじゃないですかーッ!! コイツが仲間になるんですか!? 冗談でしょ!?」


「嘘だろ、勘弁してくださいよ、子守りをしながらの任務なんて無理ですよ!」


「さすがに子供すぎませんか、隊長……! いくら人員不足とはいえ、物事には限度があるかと……!」


「足手まといならいないほうがマシなんだが!?」




 クリーグラの背後にいる隊員たちが好き勝手な言葉をいい放つ。


 それでもヴァルキリアはニコニコしていた。いわれている言葉の意味が理解できないほど幼くはないだろうが、怯む様子も俯くそぶりもない。泣き出すこともなければ怒り出すこともない。笑顔を絶やさないまま、ただその青の瞳だけが強い意志に煌めく。


 クリーグラの脳裏に、およそ一年前の光景が浮かんだ。

 大公閣下が気まぐれで養子にした姉弟の噂は聞いていた。

 当時、たまたま用事があって大公家の城へ上がっていたクリーグラは、その姉弟を見かけることがあった。実の親を亡くしてから路上で暮らしていたという二人は、ガリガリに痩せていて顔色も悪く、痛ましさを覚えるような風貌だった。けれど姉のほうの青い瞳だけは、まるで獣のように爛々とした輝きを放って周囲を見つめていた。

 彼女はずっと弟を背中に庇うようにしていた。怯えることもなければ、周囲の大人たちを無意味に威嚇することもなかった。ただ、弟を守るためにどうするのが一番いいのかと考え、それを実現するためにすべての力を注いでいるようだった。


 ……あれから一年近くが立って、子供の頬には血の気が戻ってきた。


 それでもこの子の本質は変わっていないのだろう。そう理解して、クリーグラはしゃがみこんだ。

 視線の高さを合わせていう。


「いいか、ヴァルキリア。お前は今日から俺の部下であり、大公家の軍の一員だ」


「はい!」


「軍人たるもの規律を遵守しなくてはならない。あー、つまり、規則を守れということだ。規則を破ってはいけない。わかるな?」


「はい!」


「そしてその規則には、上官の命令に従うことも含まれている」


「はい!」


「上官の命令は絶対だ」


「はい!」


 声が高く幼いことに目をつぶれば、実にいい返事だ。


 自分の背後で部下たちが、「隊長、いきなりクソ上官みたいなことをいい出してどうしたのかしら?」「規律を遵守って、うちの隊長にだけはいわれたくないっスよね」「子守りをするのはごめんですけど、それはそれとして子供の教育に悪影響じゃないですか、アレ」などとひそひそといい合っているのは丸ごと無視する。


 クリーグラは自分の無精ひげをさすりながら、目の前の子供をとっくりと眺めていった。


「よし、これからお前の髪を短く切る。お前が嫌がろうとも関係なく、これは決定事項だ」


「はい! 大丈夫です!」


「はっ!? 決定事項だ、じゃねーんですわこのクソ隊長! 何をいい出しやがったんですの!?」


「えっ、ガキの髪を勝手に切るとか正気でいってます!? 疲れすぎてとうとう頭がおかしくなりました!?」


「俺が子守りに反対なのは守りながら戦うのが大変すぎるからであって、子供がどうなろうと構わないって意味じゃねーですよ!?」


「何も切らなくとも……、隊長。邪魔になるようなら結んであげればいいでしょう」


「ガキを入れるなら面倒を見ろ、横暴クソムーブで済ませるな!!」


 部下たちが背後からワラワラと出てきて、ヴァルキリアを庇うように前に立つ。


 実際、大公家の軍は支給される制服はあるものの、装いに関しての規定はない。魔術師にとって装飾具は魔道具であって武器と同じだし、一部の魔術師には髪にも魔力が宿るという言い伝えを信じて長く伸ばしている者たちもいる。上官命令で髪を切らせるなどしたら大問題だ。


 しかしクリーグラは短く刈り上げた髪をがしがしとかき回しながらいった。


「うるせえ。コイツは男として扱う。俺がそう決めた。……どんな連中がいるかわからねえ村や街で寝泊まりすることだって、俺たちにはザラにあるんだぞ。男のガキなら安全ってわけじゃねえが、女のガキよりはリスクが減らせるだろ」


 部下たちが顔を歪める。クリーグラの言葉が示唆する光景を、想像もしたくないが、それは十分あり得る危険だと理解したのだろう。

 とうのヴァルキリアだけが戸惑ったような顔をしている。まだ子供だ、遠回しないい方ではぴんと来ないのも無理はない。

 どうしたものかと内心でため息をつきながらも、クリーグラは続けた。


「名前もヴァルキリアじゃなくて……、そうだな、チビと呼ぶことにする。いいな? お前は今日からチビだ」


「はっ、はい!」


 部下たちが『そこまでしなくても』といいたげな顔でこちらを見るが、反対の声はついぞ出なかった。

 部下たちにもおぞましい危険性についてはわかっている。だから何もいえない。それはいい。それはいいが───。


(このチビがハイハイ言うのはよくねぇな……)


 本来ならここは嫌がるべき場面だ。拒否する権利がヴァルキリアにはある。けれどこの幼い少女はそうは思えないのだろう。いい歳をしたオッサンであり、上司である自分に従うべきだと思っている。


 それは違うのだと、どうやったら教えられるのだろう。嫌がられようと従わせるしかないこの局面で!


(あ~クソ、俺は子育てなんかしたこたぁねえんですよ、閣下!)


 偉大なる大公閣下へ向かって恨み言を吐きながら、クリーグラは改めてヴァルキリアを見つめた。

 そしてゆっくりといった。




「いいか、ヴァル。今、俺が命令したことはな、本当は全部間違ってる。コイツらみたいに俺をクソ上官だと罵るほうがまっとうだ。この先、俺じゃない上官の下について、おかしな命令をされたときは、まず周りに相談しろ。それから───、いつか俺を殴りに来い。横暴な真似をしやがってと、俺をぶっ飛ばせるような大人になれ。いいな?」




「は、はい……?」


 疑問符がありありと顔に出ている子供に、重々しく頷いて見せる。

 今はわからずとも、いつか思い出してくれたらいい。

 その頃には自分は戦死して墓の下かもしれないが、この子供がもう少し大きくなって、自分の身を守れるようになるための時間稼ぎくらいはしてみせよう。


 それが水の魔術師、万強の盾、氷壁のクリーグラと呼ばれた男の役目だろう。







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― 新着の感想 ―
やはりミア嬢が助けられた 大公家の魔術師はヴァルキリアだったか…………
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