14.その昔、牢屋に放り込まれた件
これは下手をしたら筆頭を騙った罪で拘留されてしまうかもしれない。最悪だ。
実をいえば、昔似たようなやらかしをしたことがあった。
あれは国土全体に対する護りの結界をどう復活させるかという会議のために、四天たる筆頭魔術師全員が大公家に一時的に帰還していたときのことだ。
初日の会議が終わったのはもう夕方だったけれど、弟のグレイの顔が見たくて、この学園都市まで単身で風の道を使ってやってきたのだ。グレイは当時すでに研究所で魔道具作りに勤しんでいた。姉としての威厳を保つためにも美味しい差し入れを買っていってあげようと意気揚々と食堂を覗き───そして強盗に遭遇した。
強盗達は火力の高い魔道具を持っていたけれど、別にそれは自分には問題にならなかった。食堂の中を少々荒らしてしまったものの、店員やほかの客に怪我はなく、これにて一件落着───と思いきや、当時の警備隊の所長が全然話を信じてくれなかった。
こんな子供が筆頭魔術師のはずがないし、強盗達を抑えられるはずもない。
そんな先入観のもとに取り調べを受けたために『荒唐無稽な作り話をする家出少女』として捕らえられてしまい、しばらく頭を冷やしなさいと牢屋へ放り込まれてしまった。
牢屋の鉄格子を掴んで無実を訴えるも、警備隊の人間はさっさといなくなってしまう。
そのときも筆頭魔術師の証であるブレスレットは身に着けていなかった。
あれは魔力を貯める性質も持っているため、会議後にヤナ博士から「嬢ちゃんの特殊なほうの魔術について調べたい」といわれて渡していたのだ。もちろんヤナ博士は「もし城を出るなら誰か供をつけるんじゃぞ。嬢ちゃんは知らん奴から見たらただの可愛いおなごにしか見えんからな」といってくれていた。それを、まあ大丈夫でしょう! という気持ちで単独行動していたのは自分である。
鉄格子を掴んで揺さぶりながら、うんうんと頭を捻って考えた。
脱出するのは簡単だ。警備隊の追っ手を撒くのも難しくないだろう。しかし軍人たるもの規律を重んじなくてはならない。力があるからといって無法な真似をすれば軍への信頼が損なわれる。まして自分は筆頭魔術師。上に立つ者こそ規律を遵守する姿勢を見せなくてはいけない。そうではなくては部下たちへ示しがつかないだろう。
───とはいえこのままここにいたら、明日の会議に間に合わない!
どうしようと頭を抱えていたときだ。
にわかに扉の向こうが騒がしくなったかと思うと、細長い廊下を誰かが歩いてきた。ゆっくりと、面倒くさそうに、だるそうに。それでいて密やかな怒りを滲ませて。
さーっと血の気が引いた。
まさかと震える自分の前に、彼は自らの炎で辺りを照らしながらいった。
「これはこれは……、義叔母上ではありませんか。水の筆頭魔術師ともあろう御方が、このような場所で何をなさっておいでですか?」
薄っすらと笑ったゼインのその紅の瞳は、まったく笑っていなかった。
……思い出すだけで再び頭を抱えたくなる記憶だ。
警備隊の一人が念のためにと大公家に確認を取ってくれたおかげで発覚したらしいけれど、それなら城の誰かが来てくれたら十分だったのだ。何もゼインがやってくる必要はなかった。火の筆頭魔術師であり、大公閣下の実の孫であるゼインがわざわざ!
おかげで警備隊の詰め所は大騒ぎだった。その内には『筆頭魔術師を家出少女扱いした挙句牢に入れるなんて!』と警備隊の責任問題にまで発展してしまった。確かに頭ごなしに家出少女扱いされたのは困ったけれど、自分の年齢的にそう思われても仕方のないところはあったので、そこまで大事にするようなことでもなかった。会議の後で、ヴァルは事を丸く収めるために多方面に奔走した。
しかしゼインは平然とした顔で「お前が従者も付けずに出歩くからだろう」とのたまうだけだった。正論ではあるけれど、ゼインにだけはいわれたくなかった。年上の幼馴染が従者をつけている姿なんて一度も見たことがなかったし、何なら副官から「お願いですからふらっと姿を消さないでください!」と泣きつかれている姿のほうが頻繁に見ていたからだ。
自分のことを棚に上げすぎじゃない? わたしはあなたほど副官泣かせじゃないから! と訴えたところ、鼻で笑われたのも腹立たしい思い出だ。
※
とはいえ、今はゼインに思い出し怒りしている場合ではない。
眼球を動かさずに逃亡ルートを探すも、警備隊は察した様子で身構えている。有能で素晴らしいけれどまずい。力技で逃げるしかなくなってしまう。警備隊相手にそこまでやったら立派に有罪である。元部下たちに示しもつかない。軍人たるもの規律は遵守しなくては。
ヴァルは必死の猫なで声を出した。
「すみません、どうしても外せない急ぎの用があるんです。用を済ませたら必ず詰め所に伺いますから、それでどうか許していただけませんか……?」
警備隊はじりじりと包囲するように動いている。
これはどうにかなる雰囲気じゃないわねと、現実逃避のように思った。
しかし、警備隊の隊長だけは眉根を寄せてこちらを見た。
「……君、フードを脱いでもらえないか?」
「あの、わたしは決して怪しい者ではないんですよ!! 善良な通りがかりの一般人です!!」
「貴様、聞こえないのか! 隊長の命令だぞ! 今すぐフードを脱ぎなさい!」
警備隊の隊員から怒鳴られて、しぶしぶとフードを下ろす。
その途端に、呻くような声が上がった。警備隊の隊長からだ。彼は信じられないといわんばかりの顔でこちらを見ると、すぐさま地面に片膝をついた。
「ヴァルキリア様……! まさか王都から戻っていらっしゃったとは! 申し訳ございません、無礼な真似を致しました!」
「たっ、隊長!? この女を知ってるんですか?」
隊員の一人が思わずというように声を上げる。
隊長は険しい顔で立ち上がり、部下の頭を掴んで下げさせると、自分も一緒に深く頭を下げていった。
「申し訳ございません。自分の教育不行き届きです。どうか私の首に免じて、部下たちの命だけはお許しください……!」
「隊長!?」
「黙っていろ! この方は水の筆頭魔術師だ。失礼な口をきくんじゃない!」
ヴァルは慌てて声をかけた。
「よせ、わたしは気にしない。そもそも供も付けずにいたわたしが悪かった。部下を叱らなくていいし、君も気にしなくていい」
「ですが……っ!」
「わたしの顔を知っているということは……、軍の関係者か?」
首を傾げながら、隊長の真面目そうで堅物そうな面立ちを見つめた。記憶を探れば、かすかに引っかかるものがある。
「あぁ……、もしや君は、昔グランの部隊にいた土の魔術師か?」
「はっ、はい! そうです。まさか水の君が、私ごときを覚えていてくださるなんて……!」
感動の滲む声を上げる隊長に、不敵に笑いかけてみせる。突破口を見出したときの笑みだ。ちなみに身内からは『すべてをうやむやにしたいときの笑顔』とも呼ばれている。
「覚えているとも。サーキースの戦場にいたな? 懐かしい、あのときはずいぶん土の魔術師たちに助けられたものだ。君のことも、さすがグランの部下はいい働きをするものだと感心してな。それで記憶に残っていた」
「ヴァルキリア様……!」
隊長の眼が潤んでいる。
周りの隊員たちも思いがけない展開に呆気にとられた様子だったけれど、じわじわと、目の前にいるのが本当に水の筆頭魔術師であると理解していったらしい。慌てふためく者やその場に跪く者など、動揺があらわな反応をしている。
野次馬たちからもどよめきがあがった。
「あの方が水の筆頭魔術師だって!?」
「そりゃ若いとは聞いていたけど、ちょっと若すぎないかい!?」
「サーキースの戦場って何年前の話だよ!?」
「あっぶな、普通に受験生の女の子だと思って後からお茶に誘うつもりだったぜ、俺……! 命拾いした……!」
「えっ、普通に可愛くない!? あたし、水の君は巨大な氷剣を振り回す巨漢だって聞いてたんだけど!?」
「わたしもわたしも! 戦場の猛者って顔をしてる最強の女だって聞いてたわよ!」
「大公閣下にも認められた覇者の風格がある女傑だって聞いてたのに……! ただの美人じゃないの! わたしの憧れの筋肉隆々の女傑はどこへ……!!」
などと様々な驚きの声が聞こえてくる。
いやちょっと引っかかる声もありましたけど。巨漢? 猛者? 女傑? いつの間にそんな噂が流れていたんです?
思わず笑顔が引きつりそうになるのを全力で我慢する。
未だに呆気にとられた顔でこちらを見ているのは、例の三人組と質素な装いの青年だけだ。
三人組は信じられないといわんばかりの顔をして「嘘だろ!」「偽者じゃないのかよ!?」「あの女が水の君なんてあり得ない!」と口々に叫んでいるし、自分の傍に立つ青年は唖然として「筆頭……!? 水の君……!?」と繰り返している。
どちらも聞かなかったことにして、警備隊の隊長に向かって話を続けた。
「今日は弟に会いに来ただけでな。大袈裟にしたくなかったんだが、そのせいで混乱を生んでしまったことは詫びよう」
「とんでもございません! 我々こそすぐに気づくべきでしたのに、申し訳ありませんでした……!」
「気にするな。この街でわたしの顔を知っている者のほうが少ないだろう。だが、気づいてもらえてもらって助かった」
ヴァルはそこで、にやりと笑って冗談混じりにいった。
「筆頭魔術師のくせに不審者として捕らえられたと、ほかの四天たちから一生酒の場でネタにされるところだったからな」
群衆がどっと沸く。隊員たちも噴き出して、それから慌てた様子で口を抑える。隊長だけは真面目な顔をしていた。肩はちょっと震えていたけれど。
ちなみに仮定の話のようにいったけれど、すでに前科はあるので、ゼインには時々引き合いに出されていた。あの男はそういう執念深さも持っている恐ろしい幼馴染だ。
「では、この場は警備隊に任せていいな? どうもぶつかった拍子に魔道具が壊れて、それで揉めていたようだ。暴力沙汰になりそうだったから、わたしが止めに入ったんだがね」
三人組がさあっと血の気の引いた顔になる。
彼らが誇っていた位が何なのかはわからないままだけれど、彼らにとっても筆頭魔術師の名は重いらしい。
「あ、あの、知らなくて、まさか水の君だなんて」
「そうです、知らなかっただけなんです!」
「最初にいってくれたら俺たちだって……! そっちの男に騙されたんです!」
騙していないし、誰が相手でもあんな言い方は駄目だろう。
(それにわたしが筆頭魔術師だと名乗っても、絶対信じなかったでしょうに)
今や、群衆の視線も三人組に対して冷ややかだ。
彼らがこちらを罵っていた場面を見ていない警備隊ですら三人組に厳しい目を向けているのは、自分が明らかにもう一人の青年の側に立っていたからだろう。
(まあ、わたしも心情的にはこっちの人の味方だけど)
しかし実際に事故現場を見ていたわけではないので、そちらについてはどちらに非があるのかはわからない。
「わたしが知っているのは揉めている様子だけだからな。実際にどういう事故だったのかは、警備隊で調べてやってくれ」
「そういうことでしたか。この街のことで水の君の手を煩わせてしまって申し訳ありません。あとは我々が引き継がせていただきます」
「ああ、頼む」
軽く頷いて、歩き出す。
ざっと人垣が割れた。筆頭魔術師のための道ができる。隊長が再び膝をつき、それを見習うように見物していた群衆もまた片膝をついた。
(あぁ、こういうの、何度経験しても気まずいわ……)
しかし、フィン様いわく『人々の敬意を背負うことも筆頭の役目ですよ』である。
ヴァルは不敵な笑みを浮かべたまま、その場を立ち去った。




