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12.魔術師と四つの属性


 これは基本的には風の魔術師の専売だ。物流の担い手に風の魔術師が多いのは、移動に関しては彼らが特化しているからだ。


 魔術師は必ず四属性の内のいずれかに分類される。火・水・風・土。これは生まれ持った性質であり、本人の意志や努力で変えられるものではない。魔術とは己の内側にある魔力をもちいて、外側に存在する魔力元素(エーテル)に働きかけることをいう。水の魔力は水のエーテルにしか作用しない。


 もちろん、一言で水の魔力、水のエーテルといっても、それがどのように具現化するは人それぞれだ。自分のように戦闘に特化している者もいれば、農村地帯で作物の育成に貢献している者もいる。また、水の魔術師は医療分野を得意とする者が多く、彼らは専用の魔道具を使うことで薬や疑似血液を作ることができる。

 疑似血液は使用限度が決まっているものの、本物の血液と変わらない働きをしてくれるという戦場では非常にありがたい代物だ。ただ、この疑似血液を精製する魔道具は非常に巨大かつ歯車のような外観をしているため、戦場の魔術師はだいたい『アレで作ったものを身体の中に入れて大丈夫なのか……!?』という恐怖を覚えるという。

 自分は初めて輸血されたときから一度も怯えなかったので、専任の魔術師たちからはたいへん褒められた。ふははと誇らしい顔をしていたら、ゼインに「ほお、豪胆なことだな。自分が深手を負ったという自覚も、血を流し過ぎて危うかったという自覚もないらしい。楽天的で羨ましいよ」と凍てつく声でいわれた。

 ───うん、忘れたい記憶だ。あの人は昔から怒るとちょっと怖い。

 こちらを見下ろす表情は凍土よりも冷ややかなのに、紅の瞳だけが業火のように激怒しているのだ。



 とにかく、一言で水の魔術といってもその種類は非常に豊富だ。


 ただし、どれほど範囲が幅広くとも、水の属性と呼ばれる魔術以外を操ることはできない。それは水に限った話ではなく、どの属性の魔術師でも同じだ。他の属性魔術は行使できない。


 ───基本的には。


 何事にも例外はある。


 たとえば、先祖返りと呼ばれる一部の魔術師だとか。

(まあ一部というか、現在大公家が把握している範囲では大公閣下と自分だけなのだけど)


 あるいは、閣下の右腕であるヤナ博士が開発した、属性変更の魔道具だとかだ。



 ※



 ヴァルは魔術陣が縫い付けられたフード付きのロープを纏い、クリスタルをくり抜いて作った重みのある補助靴を履き、さらに右の足首にアンクレットをつけた。すべて魔術を補助するための魔道具だ。

 風の道を使うための準備をしてから、円塔に設置されている大きな魔術陣へ向かう。


 受付と番人を兼ねている風の魔術師は、こちらを見て顔をほころばせた。


「お帰りなさい、ヴァル様。風の道を使われますか?」

「ああ、頼むよ」


 口調が自然と軍時代のものになる。この円塔を利用するのは、風の魔術師たちに戦場へ”輸送”されるときが多かったからだろう。


「では、ヴァル様。チョーカーをどうぞ」


 差し出されたのは、首を覆う装飾具だ。幅広の銀の輪からは細い鎖が何本も垂れ下がり、そこにはいくつもの小さなクリスタルのかけらが繋がれている。


 これが天才魔道具師ヤナ博士の画期的な発明品、属性変更の魔道具ユグドだ。身につけることで他属性の魔術も使えるという奇跡の逸品である。


 問題は、ただ、恐ろしく燃費が悪いことだけだ。


 千の魔力をつぎ込んでも、変換して吐き出されるのはたったの一。


 現在のところ、実際にこれを使えるのは四人の筆頭魔術師と大公閣下のみである。ヤナ博士は「魔術師どもが不甲斐ないせいじゃろ!」と怒ったらしいが、大公閣下はため息を一つつかれただけだったとか、そんな噂もある。


 ほぼ使われていないチョーカーは、新品同様の輝きを放っていた。


 水の魔力を風のそれへと変える魔道具を身につけ、魔術陣の中央に立って深く息を吸い込んだ。




「───紡げ、其は不可視の翼なれば、空駆ける羽根なれば」




 足元がふわりと浮かび上がり、ヴァルはそのまま上空へと飛んだ。

 空中に目印はないけれど、着地用の魔術陣がある場所には同様の円塔が立っている。その内の一つ、学園都市に設置された魔術陣へ向かって飛んでいく。


 風を切り、空へと舞い上がる。風の魔術が追い風を起こす。眼下を大公領の景色が流れていく。上空を矢のように飛んでいく。


(ああ、気持ちがいいな)


 自分の身体一つで空を飛ぶのは何度経験しても楽しい。このときばかりは風の魔術師が羨ましくなる。膨大な魔力量を誇る自分でも、いくつも補助具を付けて属性変更することでようやく使える風の道だ。戦時にはむしろ使えないので───着陸した頃には魔力の大半が尽きているようでは、戦うどころではないからだ───情勢が落ち着いているときにだけ味わえる、心踊るひとときだ。


 遠くに広大な森が見えたかと思えば、瞬きとともに深緑が近づき、瞬く間に遠ざかる。左手にはあちらこちらには刈り入れの終わった小麦畑が群をなし、その側には民家が立ち並んでいる。右手には天をつくほどの大山がそびえ立ち、その周りに大きな岩場が広がっている。さらに遠くには空と混じったような海が見える。


 誰もが目が奪われるだろう、郷愁を呼び起こすような美しい光景だ。


 そして、それらさえも瞬き一つの間に移り変わっていく。学園都市の街並みが徐々に近づいてくる。遠目にも背の高い建物がいくつも見える。これもまた人の手で作られた街並みの美しさがある。


 いつ見ても、何度見ても、心から美しいと思う。

 ヴァルは心から大公領を愛していた。


 学園都市ヒューロにある魔術陣へ無事に着陸すると、受付と番人を兼ねた男性二人が見えた。若手とベテランのコンビだろう。ベテランの男性は驚いた顔で、もう一人の新人らしき青年は呆気にとられた顔でこちらを見ている。

 ベテランの男性の方はこの塔に勤めて長く、顔馴染みだ。

 軽く手を上げると、彼はあたふたと駆け寄ってきた。


「ヴァルキリア様!? 王都にいらっしゃるはずでは!? どうされたんですか!? もしやようやく王太子との縁談が破談になられて……っ」


 最後までいい終わる前に、彼は自分の手で口を覆った。しまったといわんばかりの顔をしているけれど、その目には露骨な期待の色が浮かんでいる。まったく、みんな揃いも揃って人の破談を望みすぎじゃないだろうか。


 顔馴染みの男性をじろりと睨みつけて、軍の高官らしくいかめしい顔でいう。


「一時的な帰還だ。フィンヘルド様に呼ばれてな」

「そうでしたか……」


 心なしかガッカリした様子で頷いてから、ベテランの男性は眉間に皺を寄せた。


「しかし、水の君(スーラ)がいらっしゃるという連絡は受けておりませんが」


「弟に会いにきただけだからな。大袈裟にする必要はないだろう?」


 ベテランの男性は大きくため息をついた。


「お忍びということですね。いつものように、また、こっそりいらっしゃったと」


「はは、大丈夫だ。バレやしないさ。この街でわたしの顔を知っている人間など一握りだろう?」


 ヴァルは戦場に出ていた時間のほうが圧倒的に長い。大公閣下のお膝元である中央都市や、あるいは軍関係者になら顔が知られているけれど、この学園都市は教育機関と研究施設が立ち並ぶ街だ。中央都市のように街中を歩いているだけであちらこちらから声をかけられるということはまずない。


 しかし、ベテランの男性は大真面目な顔でいった。


「だから心配なんです。今は学園の受験の時期ですから、国内外から多くの受験生が集まってきているんですよ。街中でのトラブルも増えていると聞いていますから、十分お気をつけてくださいね」


「わかった。気をつけよう」


「いざとなれば筆頭魔術師の証をお示しください。あのブレスレットを見れば、どんな無礼者も態度を改めるはずで……」


 ベテランの男性の怪訝そうな視線がじっと自分の右手首に注がれる。そこに筆頭魔術師の証と呼ばれる、銀の細い鎖で繋がれた希少水晶のブレスレットがある───はずだった。過去形だ。


 そっと目を逸らしていった。


「いや、ちょっと事情があってね……」


「従者をご用意します」


「勘弁して」



 ※



 ベテランの男性をどうにか説得し、クリスタルの重い補助靴を脱いで、塔に置かせてもらっている動きやすい靴に履き替えてから街へ出る。

 空はからりと晴れていて、風もない良い天気だ。


 ヴァルはちらりと自分の右手首を見た。今までならそこにあったはずのブレスレットは、あの日、とっさに手首から外した。彼女の追い詰められた瞳を前に、そうする必要があると思ったからだ。






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