4話
「……どちら様? 死んで幽幻界に来た魂――って感じじゃないけど」
「ここで消える者には、必要の無い情報だ」
少しでも情報を得ようと、警戒を解かずに声をかけてみるが、相手は表情も変えずに一蹴されてしまった。
「(まぁ、仕方ないか……なら――)」
相手が話すつもり無いなら、時間を稼ぎながら、スーパーオペレーターに解析してみてもらいましょ。
私は警戒の構えを取ったまま、右手の親指で、他の指を数回触る。
これは、視線を共有しているサッちゃんと、あらかじめ決めてあったハンドサインの一つだ。
親指以外の4本を、どの順番で何回触るかのパターンで、簡単にある程度の意思を伝えられる。
そして、サッちゃんなら――
『……了解です~』
――見逃す心配もない。
今頼んだのは、エネルギー反応の再確認だ。
界孔に集中していた私と神埼君は仕方ないとしても、サッちゃんにすらコイツの接近を察知出来なかったのは、なんで?
『――確認できました~。 副長が反応した直前のタイミングで、一瞬だけ強いエネルギー反応がありました~。 なので、どうやら近付いて来たのではなく、副長達が現場に行く時みたいに――』
「――なるほど、転送されて来た可能性が高い、って事か」
サッちゃんの推察を口にした瞬間。
それまでは顔色すら変えなかった男が、わずかに眉をひそめた。
「索敵のための人員が他にもいたか――迂闊だった」
「じゃあ、このまま見逃してくれる?」
「……いや――」
私が、わざとおどけた感じで言うと、男はため息まじりに目を閉じた――次の瞬間。
「――それはできない相談だ」
ドンっ、と言う音が響いたかと思うと、瞬間移動と見紛う程の速度で、一瞬の内に目前に迫り――
――ギィィン!
「――っぐぅ」
「……ほぅ。 ――ふんっ!」
「あっ、がふっ!」
「『副長!!』」
――腰の剣による一閃を何とかガントレットで受けるも、流れるような動きで放たれた回し蹴りを食らい、大きく吹き飛ばされてしまった。
「――――くっ――づぅっ!!」
二度ほど地面と接触しながらも、何とか体勢を整えて滑るように勢いを殺す。
「はぁ、はぁ、はぁ……あ゛ぁ~、痛たたぁ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てた様子で駆け寄って来た神埼君に、息を整えつつ頷く事で無事を伝えながら、少しふらふらする頭を振って再び構え直すと、相手は驚いたように目を見開いていた。
「今のを受けられるとは思っていなかった。 すまなかったな。 女と侮った事を謝罪しよう」
「……なら、さっきも言ったけど、見逃してくれてもいいわよ?」
正直、汎用のG型で相手をするのはキツイ。
スピードも、パワーも違いすぎる……。
局長か、せめて戦闘特化のB型でもあれば――
「冗談だろう? 侮れん相手だと言う事は、ますます野放しにはできん」
「あ~、まぁそうなるよね」
はぁ……仕方ない……死に戻りも選択肢に入れるか……。
「神埼君、ポイントまでダッシュ! サッちゃん、準備よろしく!」
「え? 副長!?」
幸い、さっきまでは界孔を背に、転送ポイントとの間にアイツがいたけど、蹴り飛ばされたお陰で、ポイントまでの直線が拓けた。
あとは、こっちでギリギリまで引き付ける!
「そーっらぁ!」
「――っ!」
相手に駆け寄りながら、懐から抜いたナイフを一本投げ付け牽制。
当たり前のように剣でガードされるが、その隙に、一気に剣の間合いの内側に飛び込んだ。
「つっかまえた~」
「ぬぅ……」
ガントレットが金属製なのを良いことに、そのまま剣身を掴む形で、変則の鍔迫り合いに持ち込む。
『神埼さん~、急いでください~』
「でもっ! ――くっそ!」
不意に聞こえたサッちゃんの声に、神埼君を横目で窺うと、悔しそうに唇を噛みながらも、転送ポイントに向かって走り出した。
――よしよし、これで心配事一つ解消。
「さぁて、これで一人逃がしちゃったわけだけど……どうする?」
「…………ならば、先に与えられた仕事をこなすとしよう」
短い沈黙の後、こちらに鋭い視線を向けながら静かに言うと、わずかに腰を落としながら左手を添え、剣を思い切り振り抜く。
「――っ!? ……おっととっ」
咄嗟にバックステップで距離を取って躱したが、続く相手の行動に思わず足を止めてしまった。
地面に剣を突き刺すと、仁王立ちで眼を瞑り、剣の柄の上に手をかざしながら、何やら小声で呟き始めたのだ。
距離が離れているため、何を言っているのかまでは聞き取る事が出来ないが……
いっそこの隙に撤退しようか、そう思ったのも束の間。
『え? 界孔の周囲にエネルギー反応!?』
「――!? ……くっ!」
――サッちゃんが上げた声に、弾かれたように飛び出すが――
「遅いっ! ――秘技……六剣結界!」
――男が高らかに声を上げた瞬間、突き刺された剣からゴウッと衝撃を伴う突風が吹き荒れ、吹き飛ばされまいと踏ん張った事で、私の足はその場に縫い止められる。
その一瞬の間に、突き刺さった剣からは、空に向かって光の玉が打ち上がり、界孔の真上で六つに分かれたかと思うと、それぞれが剣の形になって地面へと突き刺さり、同時に風も止んだ。
「……いったい、何を――」
今、結界って言った?
誰も近付けなくなるだけなら、見張りを立てる必要が無くなって、こっちとしてもありがたいけど……
わざわざ結界を張って守るって事は、この巨大な界孔を使って、何かしようとしてるって事よね?
界孔は、世界同士を繋いでしまう穴――うん、正直ロクな事じゃ無さそうなんだけど?
「知る必要はない。 ……とは言え――」
そう言いながら、男は突き刺していた剣を引き抜き、これまではほぼ右手一本で扱っていた剣の柄を両手で握った。
「一端の戦士が相手となれば、こちらも礼を尽くさねばならん――」
そのまま切っ先をこちらに向けるように、顔の横で構えを取る。
「俺は、ヴァーチャーズが一柱……アインツ・ヴォルフ。 ――お前は?」
「……霧島 祐子――公務員よ」
私の言葉に、一瞬だけ「ん?」と言う顔をするアインツだったが、すぐに気を取り直したようだ。
剣を構えたまま腰を落とし――
「……俺の信じる正義を成すために。 ――推して参る!」
――高速の踏み込みから、切り上げるような一閃。
最初の一撃程の速度はないものの、充分な鋭さを持ったそれは、咄嗟に身体を捻った私の、コートの端を切り裂いて行った。
慌てて牽制のために蹴りを放つが、その時には既に間合いの外に飛び退かれている。
『副長~、後退出来そうですか~?』
「いやぁ、コレは正直かなり厳しい……」
後退するにも、戦うにも、G型じゃスピードが違いすぎだ。
踏み込みの速度が倍近く違うから、背を向けて逃げるなんて、まず不可能。
かと言って、下がりながら戦おうにも、カウンターでは捉えられない。
にも拘らず、初撃の速度と比較しても、一撃必殺狙いから、確実に仕留めにかかる詰め将棋みたいな動きに変わった気がする。
お陰で、今の所なんとかなってるけど……
これは、やっぱり、死に戻りが一番楽かもしれない状況だ。
最悪、しっかりとシステム接続が出来てる幽幻界でなら、この身体が破壊されても、精神は元の身体に戻るだけ。
その度に新しく身体を用意する必要はあるが、極端な話、ゲームのようにゾンビアタックも可能なのだ。
毎回する羽目になる、臨死体験によるストレスと、身体を壊した事に対する、柳からの説教を許容すれば、ではあるが……
「何をブツブツ言っている? こちらにもあまり時間がないのでな。 次で決めさせてもらう」
「お? 大技? 全力で避けるわよ?」
私の軽口を気に止めた様子も見せず、先程と同じ様に、顔の横で構えるアインツ。
私も構えを取り、前後左右どちらにでも回避が出来るよう備えた。
「負担が大きく、あまり使いたくは無かったが、やむを得ん――行くぞ!」
「――くっ!」
さっきより一段速い――それこそ、最初の一撃に迫る速度の突進からの――刺突。
「(切り払いじゃない! これなら――)」
身体を回転させ、すり抜けるように躱しつつ、反撃を――
そう思い、一歩目を踏み出した瞬間だった。
突き出される切っ先。
それを身体を捻りながら躱した時に見えたアインツの口元。
全てがスローモーションに見える世界の中で、ハッキリ聞こえてしまった言葉に――
「……奥義――亜空穿孔……!」
――全身が粟立ち、脳が全力で警鐘を鳴らしたが、既に成す術はなく――
「なっ!? しまっ――」
――私は、自分の背後に開いた界孔に吸い込まれてしまう。
そして。
上下左右の感覚すらもない、真っ暗な空間に放り出され、身動きも取れないまま――
――私の意識は、周囲の闇に溶けてしまうかのように、ゆっくりと薄れて行ったのだった……。