第96話 詩乃とエスプレッソ③
「それにしてもさっきの詞幸の喋り方似合ってなかったよねぇ~」
「へ?」
詞幸はエスプレッソのカップから口を離して首を傾げた。
とぼけた顔に言ってやる。
「『なんでこんなとこにいんだよ、詩乃。待ち合わせ場所と違うじゃん』って。ぷふっ」
声を低く作ったら、おかしくて自分で笑ってしまった。
「全然キャラと違うしっ。アンタもっとなよなよした喋り方じゃんっ」
笑いを堪えながら言うと、癇に障ったのか詞幸はムッとした表情になった。
「だって仕方ないってあんなの。見るからにオラついてる感じだったし」
確かに、と詩乃は思い出す。絡んできた二人は周囲を威嚇するようなファッションとオーラを纏っていた。
詞幸とは正反対のタイプだ。あの喋り方は、少しでも威勢よく見せようという彼なりの考えがあったのだろう。
「でも馴れ馴れしく名前で呼び捨てにしたのは、ごめん」
律儀にも詞幸は頭を下げた。
「いーっていーってそんなのっ。ウチだってずっとアンタのこと詞幸って呼んでるし、お礼言う側なのに謝られるのとか気持ち悪いし」
意外と男らしくて見直した、とは思っても言ってやらない。
「てかアンタって彼女のことも呼び捨てにしなさそうだよね。もしナッシーと付き合ってもずっと『愛音さん』って『さん』付けで呼んでそう」
小鳥遊愛音は詞幸の想い人であり、詩乃の認識では、愛音本人以外の話術部員は詞幸の好意に気づいている。それほどまでに彼の態度はわかりやすいのだ。
「そ、そんなことないよっ」
詞幸は恥ずかしそうに鼻を掻いて言う。
「俺だって彼女のことくらいは『さん』なんて付けないで男らしく名前で呼ぶよっ」
「ふ~ん。じゃあ――」
「お待たせいたしました。マンゴーフローズンのお客様――」
「あ、はいはいっ、ウチで~す」
目の前に鮮やかなオレンジ色で化粧された雪山が現れた。トロトロとしたシロップがたっぷりかかり、四角くカットされた果肉がゴロゴロと転がっている。顔を近づけると甘く芳醇な香りが鼻を抜けた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去る。反対の席では、苺の赤とミルク氷の白のコントラストが目にも楽しいかき氷に、詞幸が顔を綻ばせている。
「うわあ、美味しそう! いっただっきま――」
「――すの前にっ、折角だから写真撮んないと! ったく、男子って色気より食い気ってゆーか、欲望に忠実ってゆーか……ほら、詞幸のもこっちに並べてっ」
唇を尖らせて、「えー、早く食べさせてよお」と抗議する声を無視し、ガラスの器を移動させる。
照明の角度を考え、自らも忙しなく動きながら、詩乃は二つのかき氷をパシャパシャと撮影していった。
「女子ってよく食べ物の写真撮るよね」
「んー、確かにそうかも。単に思い出残したいってのもあるし、なに食べたか記録しとくと、あとで見返したときに罪悪感で『ダイエットしなきゃ~』って気分になるってのもあるからかなぁ。まぁ、これはインスタ用だけど」
一通り撮り終え、スマホを詞幸に差し出す。
「はい、じゃあウチが食べてるとこ撮って。ちゃんと可愛く撮んないと怒るかんね」
「えー、まだやるのお? 早く食べないと溶けちゃうよお」
ぶつくさ言いながらも詞幸は受け取ったスマホを構えた。
「アンタが可愛いと思ったタイミングで撮ってよね」
「うわあ、真面目にやってもやんなくてもからかわれそうな要求……」
見映えを考慮し、スプーン上に氷と果肉が両方乗るように一掬いする。それを口元に運んで止め、実際には食べることなくポーズをとっていく。
横向きのピースを構えたりウインクをしたりする度にシャッターが切られた。
「きゃははっ、いっぱい撮ってるぅ~♪ ウチのことそんなに可愛いって思ってるんだっ?」
「ウン、カワイイカワイイ。宇宙一カワイイヨー」
「もっと感情込めなさいよ!」
まったくこの男は、と拳を握り締める詩乃であった。