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第97話 詩乃とエスプレッソ④

 詞幸(ふみゆき)詩乃(しの)のインスタ用写真を数十枚撮ったところで撮影は終了。詩乃はカメラマン・詞幸の作品を確認して頷いた。

「うん、まぁまぁよく撮れてるかなぁ。はい、じゃあ食べてよしっ」

「俺を犬扱いしないでよ!」

 そうしてようやっと二人は冷たく甘い氷の粒を口に運んだ。

 女性客が多いからか店内の冷房は弱めに設定されていた。詩乃にとってはちょうどいい温度だったのだが、詞幸にとっては暑かったのだろう。涼を求めた結果、手を止めることなく一気に何口も食べてしまい、痛みに頭を押さえていた。

 そんな光景を笑って詩乃が言う。

「ねぇ詞幸、ウチにもイチゴ味一口ちょーだい? 代わりにウチのもちょっとあげるからさぁ」

「いいよ。好きなとこからしゃくってよ」

「やったっ。じゃあまずウチから食べさせてあげる」

 詩乃は自分が食べているマンゴー味の氷を切り崩し、果肉も乗せてそのまま詞幸に近づけた。

「はい、あ~ん」

「そ、それはちょっと!」

 体をのけぞらせて両手を前にかざす詞幸。

「な~に、まだ間接キスで恥ずかしがってんの?」詩乃は口角を持ち上げた。「カラオケ行ったときにもしたんだからいい加減慣れたら?」

「でも――」

「ほら、手ぇ疲れんだから早くっ。それとも、ウチが使ったスプーンなんて汚くて使えない?」

「……………………そういう言い方は卑怯だよ……」

 遂に観念したようで、彼は『恐る恐る』と表現すべき慎重さを見せながらも、顔をスプーンに近づける。そしてこれまた慎重に、スプーンに口を付けずに上澄みだけを吸おうと、唇を突き出した。

 その様があまりにも滑稽だったので、

 パシャリ。

「!?」

 ――詩乃は空いている方の手で起動したままにしておいたカメラのシャッターを切った。

「きゃはははははっ! おっかし~! めっちゃ可愛く撮れてるよ、ほら!」

「どこが可愛く撮れてるの!? 全力でアホな顔だよ! すぐに消してよこんな画像!」

「ダ~メっ。このナチュラルな変顔は皆に見せないと」

「ううー、酷い……。こんなことなら話に乗らなければよかった……。――ほら、俺はもう貰ったから、今度は俺の方から好きなだけ食べてっていいよ」

「ヤ、食べさせて。役割交代して、今度は詞幸のスプーンで」

「ええっ? それはさすがにやりすぎでしょ! こういうのは普通恋人同士でやるもんで――」

「は~や~く~」

 彼は押しに弱い男だ。抵抗したのは最初だけで、有無を言わさぬ詩乃の態度に結局は折れてしまうのだ。

「じゃあ、いくよ。あ~ん」

 詞幸が差し出したスプーンが濡れた唇に触れる。パクリと口にするのは一瞬で、しかし口を離すときは、ゆっくり、ねっとりとした緩慢な動きであった。

 まるで唇を意識させるかのように。堪らず詞幸は目を逸らした。

「こっ、こういう風に男をからかうのはやめた方がいいよ……っ」

「きゃはははっ、絶対やめないしぃ~。だってアンタの反応面白いんだも~ん」

「こんなことされたら――こんなことじゃなくても、似たようなことされたら男は勘違いするよ? さっきの人たちも、それで縫谷(ぬいや)さんに魅了されちゃったんじゃないの?」

「えぇ~、別にウチ、アイツらのことなんてハナから興味ないから、詞幸にやったみたいな誘惑なんてしてないし」

「誘惑してなくても相手は縫谷さんに興味を持つかもしれないよ。だから、ああいう男と関わるのはやめた方がいいよ」

「別にウチも好きでアイツらと知り合ったわけじゃないもん。たまたま合コンの相手だっただけで」

「なら合コンももう行かない方がいいよ。さっきは大丈夫だったけど、下手したら乱暴なことされるかもしれないんだよ? 1対2じゃ女子は男に勝てないし、心配だよ」

「なに、ガチ説教? だったら代わりにカッコいい男子紹介してくんない? ウチは彼氏が欲しくて合コンしてるんだからさぁ、出会いがなくなるのなんてヤなんだよねぇ。もしくは――」

 詩乃は組んだ手の上に顎を乗せて、コテンと傾けてみせた。上目遣いで正面の双眸を捉える。

「ウチのこと詩乃って呼んでよ」

「……はい? なんでこの流れでそういう話になるの? 男紹介する代わりに名前で呼べって」

「呼んでくんないの?」

「え、やだよ。どうせまた俺のことからかおうとしてるでしょ? ――まあ、恥ずかしいけど『さん』付けだったらいいよ? 『詩乃さん』って。愛音さんのことも同じように呼んでるし」

「それじゃ意味ないのっ。別にウチ、名前で呼ばれたいわけじゃないし」

「??? なにそれ、なぞなぞ? 名前で呼ばれたいのか呼ばれたくないのかどっちなの?」

「はぁ……もういいって。いまのは忘れて? 説明するのもダルいし、ダサいし」

 自分がさっき言ったことも忘れてるのでは仕方ない。詩乃はそこで話を打ち切った。

 詞幸は混乱しているのか、詩乃がスプーンに念入りに口を付けたばかりだということも忘れ、首を捻りながらかき氷を食べ進めていた。

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