06
地上が想像よりも荒れていたため、イザベルは驚きで思わず立ち尽くしていた。
(本来はもっと厳粛に行わなくてはいけない王太子アルディアスの葬儀でさえ、騒ぎの中で終わってしまったわ。それに私が天に上がってから、しばらく時間が経っている気がするけれど……。もしかして、地上と精霊界では時間の流れが違うの?)
「大丈夫かい、イザベル。今の地上は思ったよりも悪い瘴気に満ちているから、気に当てられたのかも知れないね。少し、休んだ方が良い」
「私も休憩取るの賛成! あんなに地上が悪魔に乗っ取られてるなんて、予想外だもん。聖職者のお祈りが失敗したのも、多分悪魔ミーアスがお祈りの妨げになっているからだと思うよ。イザベルも影響受ける前に休んだ方が……」
画面が消えた『天のモニター』を見つめて呆然とするイザベルだったが、精霊神ティエールや小妖精リリアに話しかけられてふと我に帰る。
「えっええ、まさか王太子が亡くなっているなんて思わなかったし。聖女ミーアスが、あんなに本格的な悪魔憑きだとは気づかなかったから。ありがたく休ませてもらうわ」
いくつかの場面が切り替わり天のモニターでは、静かな夕刻の湖畔の景色や菩提樹周辺の様子を流すのみ。時折、人々が菩提樹の前に設置された精霊像の前で、平和の祈りを捧げている。この祈りの様子が、本来精霊が加護すべき人々の姿なのだろう。
「地上の様子を見て気づいたかも知れないけれど、実は精霊界と地上では時間の流れがイコールではないんだ。時空の歪みで、タイムラグが発生するから。精霊界ではまだ一日しか経っていないように見えても、地上ではイザベルが天に上がってから数日経っているはず」
「やっぱりそうだったのね。それにしても瘴気に満ちた地上の様子をモニターで見ていただけなのに、随分と疲れちゃった……」
身体に満ちていたエネルギーが多少なりとも奪われた感覚のあるイザベルは、テラス席に腰をかけて深くため息をつく。祈り聞きの部屋は空気が澄んでいて清らかなせいか、呼吸をするたびに自身が浄化されていくのをイザベルは感じ取っていた。
小妖精リリアも地上の景色がまともなものに切り替わり、ようやく安心したのか蝶々のような羽をたたんでテーブルの上でひと休みしている。
「精霊候補生は、人間から精霊になりたてのいわば赤子のようなもの。人間時代に比べれば気力が充実しているけれど、本来的な精霊よりも悪い気に当てられやすいのが弱点なんだ。試験期間が終わるまでは、【地上の悪魔ミーアス】に関わらないようにして、無難な祈願だけ引き受けた方が良いだろう」
「地上の悪魔って……さっきの聖女ミーアスは、やっぱり」
精霊官吏という職務についているティエールが、聖女ミーアスを迷わず悪魔と断言したことに驚く。
「あぁ。キミをかつて嵌めた聖女ミーアス、彼女の本来的な魂はとっくに悪魔に飲まれていて人間とは呼べない代物だ。とても危険な存在だが、地上にいる限りはキミに手出しは出来ないだろう。遠くからなるべく関わらないように距離を取って、上層部に対処は任せた方が無難だ」
てっきり精霊候補生になった限りは、地上の悪魔や聖女ミーアスへの対処も担当させられると考えていたが、見習いのイザベルには時期尚早のようだ。むしろ危険性が高いという理由で、距離を置くようにやんわりと命じられてしまった。
「では、今日の祈り聞きのお仕事は?」
「休憩が終わったら、無難な平和の祈りをいくつかピックアップして、地上に加護を与えておこう。悪魔から受けた瘴気の影響で、本来ならば悪夢を見るところを平和な夢に差し替えることが出来る」
加護の内容が夢に介入するとは意外な精霊の仕事だが、毎日悪夢にうなされるより過ごしやすくなるだろう。
「精霊様の加護というのは、心の平安を守る意味合いもあるのね」
「うん、精霊信仰が低くなっている今となっては加護はそれほど効かないだろうけど。それでも救いを求める人々の役に立ちたいから」
精霊神として優しく微笑むティエールは、部下であり婚約者であるイザベルにとって頼もしい存在。
(きっと地上の人々にとっても、ティエールはいざという時の心の支えになる精霊神に違いないわ)
しかしながら、いかにティエールがイザベルを守ろうとしても、イザベルは悪魔と対峙する宿命を背負っていた。
イザベルはその後、王太子アルディアスの魂が地獄のハデスに送り込まれる瞬間に宿命的な遭遇をするのである。




