21.素直に褒められるのは慣れていないようです
決勝戦。ステージには2人の少年が対峙していた。
相手は14歳の少年、ユーゴ。 レオガルド同様、ここまでの仕合を危なげなく勝ってきた。純粋な才能の差だけで見れば少々ユーゴの分は悪いが、戦い方によってはあるいは……それが周囲の反応だった。
手を組み、ドキドキしながらシュゼットはステージを見つめる。
「両者、用意はいいな? ――始めっ!」
審判の合図が響き渡った。
しかし2人は動かない。剣を構えたまま、相手の出方を窺う。
レオガルドが半歩踏み出す。ユーゴの剣先が僅かに動いたのを確認し、レオガルドは一気に距離を詰めた。
――カキン!
なんとかユーゴは一撃を止める。一瞬反応が遅れたことを見逃さず、放たれる鋭い連撃。襲い来る刃の嵐に防戦を強いられる。
「どうした、かかって来いよ」
「っ、うるさい!」
大振りでレオガルドを引かせ、ユーゴは体勢を立て直す。お返しとばかりに連撃を打ち込んでいくが、全て剣でいなされてしまう。
焦りは隙を生む。攻め急いだところでカウンターが無防備な腹部を直撃する。防具で守られているとはいえ構えていなかった分、ダメージは大きい。咳き込むユーゴを見てレオガルドはしらけたような溜め息をついた。
「決勝だっつうのにこんなもんかよ」
「な、んだと……!」
「俺が追撃してたらもう終わってるぞ、この仕合。もう少し根性見せろよ」
年下の少年の挑発にユーゴは奥歯を噛み、立ち上がる。
大きく深呼吸し、気を落ち着かせる。肩で息をしているユーゴとは対照的に、レオガルドは汗一つ掻いていない。彼の言う通り、その気ならもう負けていた。それだけの力の差がある。
けれど彼は敢えて待った。それは余裕の表れであり、ユーゴを甘く見ているということだ。ならばその慢心を利用させてもらうだけ。剣を持つ手に力を込め、地を蹴る。
「っはああ!」
「またそれか?」
レオガルドはとうにユーゴの剣筋を見切っていた。故に息もつかぬほどの連撃を紙一重でかわしていく。
そしてタイミングを見計らい、決着の一振りを空いた脇に叩き込む。
――ギイン!
「!」
「油断したな」
レオガルドの刃は防がれ、胴体に届くことはなかった。
ユーゴが左手に持つ短刀によって。
反撃の糸口を掴むため、ユーゴは敢えて脇を空けて攻撃を誘ったのだ。腰に差していた短刀でそれを受け、生じた隙でレオガルドへと剣を振り抜く。
(俺の勝ちだ!!)
勝利を確信した、――筈だった。
しかし渾身の一振りは空を切り、気付いたときには世界は反転し空を見上げていた。
何が何だか分からないまま首元に突きつけられた剣先と、自分を見下ろすレオガルド。そこでユーゴは足払いで転ばされるという初歩的な負け方をしたのだとようやく悟った。
「勝者、レオガルド!」
はち切れんばかりの歓声が会場を反響する。
そんな大歓声の中においても、2人を取り巻く空気は静かだった。
「……脇を狙ったのはわざとか」
「ああ。お前が何か狙ってるのは分かってたからな」
「短刀のことも読んでいたんだな」
「普段あまり使わねえ手だろ、短刀を意識しすぎなんだよ。あれじゃあ不意打ちにもならねえぞ」
「…………」
「それに足元への警戒が薄い。俺の仕合を観てたならもっと注意すべきだ。あと基礎訓練が足りねえ。ちょっと打ち込んだだけでフラフラするようじゃ実践で使いもんになるかよ」
ユーゴから笑いが零れた。慢心を狙うどころが見破られ、おまけに弱点までこの僅かな間に看破されて。2つも下の少年にまるで歯が立たなかった。いいや、同じ舞台にすら立てず完全に手の上で転がされていた。
「…………完敗だ」
「ま、俺が相手じゃ仕方ねえよ。今日戦った中では一番マシだったぜ」
嫌みにすら思える言葉に、ユーゴは反論しなかった。――出来なかった。自分自身、その通りだと思ってしまったから。
別次元の化け物。そうレオガルドを格付け、刃向かう気力を失っている自分が、負けたこと以上に悔しい。
(もっと訓練して、絶対に追いついてやる……!)
遠くなっていく少年の背中にユーゴは拳を握り締めた。
***
鳴り止まぬ歓声の中、レオガルドはステージ裏で汗を拭っていた。そこには安堵も歓喜もなく、いつもの訓練を終えた後となんら変わらない心持ちだった。
彼にとって今日の大会は優勝して当たり前だ。なにせ実力を同等に感じた相手が一人もいなかったのだから。むしろ落胆の気持ちの方が強い。どうせならもっと強い相手とやり合いたかった。
そもそもこの大会も主催者が師匠の知り合いだったことから声をかけられた。師匠の顔を立てて参加はしたものの、年齢制限がついている時点で多くは望めないだろうと分かっていた。
レオガルドは普段から15歳以上の訓練生としか手合わせしない。理由は単純、でなければ相手にならないからだ。それほどまでに彼の才能は抜きん出ている。
そんな彼の頭にふと浮かんだのは一人の女の子。婚約者であり協力者でもある、シュゼット・アウディガナ。
何を言おうと笑顔で受け流され、逆に丸め込まれてしまう。掴み所が無いくせに意志ははっきりしている生意気な少女。未だチェスでも勝ち星は拾えていないが……
(さすがに今回は俺を褒め称えるだろう)
いつものすました顔をどう一変させるのか、想像してレオガルドはわずかに口角を上げた。
すると、そこへ――
「レオガルド!」
狙いすましたようなタイミングでシュゼットの声が響く。
振り返れば走り寄ってくるシュゼットの姿が見えた。レオガルドは何でもないような表情を作る。
「ふん、何の用――」
「すごかったわ!!」
シュゼットは食い気味に口を開く。
「剣の大会って初めて観たのだけど、こんなに迫力があるものなのね。どの人も剣を振るスピードがとても速くて身のこなしも鮮やかで……でも、レオガルドが一番強かった!」
「あ、」
「始まる前は怪我しないかって心配してたんだけど全くの杞憂だったわ。相手の剣が掠りもしないなんて! レオガルドの剣にはまるで意思があるみたい、あんなにも自由自在に動くんだもの」
「たり、ま」
「決勝では一瞬だけひやっとしたの。でもレオガルドはあの攻撃が来るのを分かっていたのよね? あっという間に逆転してて驚いた。やっぱり色々なことを想定しながら戦っているのね。本当にすごいわ!」
惜しみない賛辞。予想はしていた筈の反応にレオガルドは言葉を詰まらせた。
興奮のためかうっすらと上気した頬。きらきらと輝く瞳。乗り出すように寄せられる身体。何より、真っ直ぐで裏表のない言葉。それら全てが、予想を遙かに上回っていて。
『当たり前だ、ようやく俺のすごさが分かったか』と返してやるつもりだったのに、喉の奥に貼り付いて音に変換されない。じりじりと熱を持ち始めた頬に動揺し、思わず顔を逸らす。
レオガルドの反応を怒っていると勘違いしたシュゼットは、少しだけ声のトーンを落とした。
「勝手に観に来たことは謝るわ。でもどうしてもレオガルドが剣を振るっているところを見てみたかったの」
「……どうして」
「え?」
「どうしてそこまでこだわるんだよ。お前には関係ねえだろ」
「関係なくなんてないわ。前にも言ったけど、レオガルドが大切にしているものでしょう? だから見たかったし、知りたかった」
シュゼットは微笑む。嬉しそうに、満ち足りたように。
「レオガルドは本当に剣が好きなのね。どれだけ努力してきたのか、どれだけ訓練に打ち込んできたのか、よく分かったわ。いつものレオガルドとあまりにも違うんだもの、ちょっとビックリしたくらい」
いくら才能があったって、伸ばすための努力を怠って強者で在り続けるなど到底不可能だ。何故なら周りだって同じように努力をしているのだから。
レオガルドがあんなにも強いのは、彼自身がたゆまぬ努力を続けてきたからに他ならない。それがシュゼットには嬉しかった。才能に胡座を掻くような人物ではないのだと垣間見られたことが。
「優勝おめでとう。今日は来て本当によかった。とても格好良かったわ」
レオガルドはおもむろにシュゼットの頭を掴む。そしてぎりぎりと力を込めれば少女から悲鳴が上がる。
「いたたたっ、ちょっと何をするの!」
「うるせえ! お前はちょっと黙ってろ!!」
「まだ怒っているの?」
「…………本当になんなんだよ、お前は……」
顔を真っ赤に染めたレオガルドのか細い声は、シュゼットに届くことはなかった。




