16.自慢の妹を紹介いたします
兄を除くシュゼットの家族とレオガルドとの晩餐会。
結果としては滞りなく――どころか、大盛況のうちに幕を閉じた。
レオガルドのいつもの横柄さはなりを潜め、会話を振られる度に礼儀正しく応対する。その変貌ぶりにはシュゼットが誰よりも舌を巻いたほどだ。
時間の経過に比例して両親の笑顔は明るさを増し、会話は盛り上がっていった。2つ下のシュゼットの妹、サニアだけは口数も少なく、始終表情が固いままだったけれど。
兎にも角にも晩餐会は大変な盛り上がりを見せた。
レオガルドが帰った後、シャフマンとソフィアは上機嫌で酒杯を傾ける。
「中々見どころのある少年じゃないか、シュゼット」
「本当に。賢くていい子だったわ。心配する必要はなかったわね」
婚約の挨拶で一度顔を合わせているとはいえ、両親からレオガルドへの評価は決して高くなかった。元々の評判の悪さもあって、人柄を判断しかねていたのだろう。
しかし月に一度に会っているという事実と娘から伝え聞く姿を加味していくうちに、最底辺に近い評価は揺らぎつつあった。
そこに今回の晩餐会だ。問いかけに対して即座に反応する頭の回転の良さ、端的で整理された回答。なにより目上に対する礼儀正しさ。評価がうなぎ上りになるのも無理はない。
両親に心象が悪いままでは少々不都合なこともあり、シュゼットは意図的にレオガルドとの関係が良好であると仄めかしてきた。だから二人の反応は思惑通りではあるのだが……。
(いいんだけど、そういう風に仕向けたのは自分でもあるんだけど!!)
好評価を受けるレオガルドになんとも微妙な気持ちになりながら、シュゼットは上機嫌な両親に曖昧な笑みを返した。
部屋に戻る道すがら、シュゼットは今回の晩餐会で得た情報を頭の中で整理する。
レオガルドの野菜嫌い。予想以上に深刻なようだ。
苦もなく食べられるのはジャガイモのみ。それ以外のもの――添え物の人参やスープの具材など、少しでも原型を留めている野菜はほぼ丸呑みしていた。
周囲にバレない程度に咀嚼の素振りは見せていたものの、注意深く観察していたシュゼットには口に入れたままの状態で喉を通過させている様子がはっきりと分かった。
(普段、全く食べていないわねあれは……)
真っ青な顔で帰って行ったが、両親の前では何でもないように振る舞っていた。その根性は褒めるべきなのかもしれない。
しかし形状が変わっているものはどうにか食べられていたようだし、手の打ちようはある。まずは母に――
「シュゼット姉さま」
慣れ親しんだ声に呼び止められ、シュゼットは振り返る。
「サニア、どうしたの?」
「お部屋に戻る途中でごめんなさい。あの……」
「もしかして、レオガルド様のこと?」
俯き加減だった顔をぱっと上げた妹に、やはり用件はレオガルドのことだと悟る。そういえば食事中、会話に加わることもほとんどなく表情も冴えなかった。
躊躇いながらも意を決したようにサニアはシュゼットを見上げる。
「レオガルド……様、のことをどうお思いですか」
「どうって?」
「好意を、お持ちなのでしょうか」
「……そうね、婚約者として」
なんとも答えづらい質問だったが、上手くはぐらかす。
サニアは表情を歪めてシュゼットに縋る。
「姉さま、失礼を承知で申し上げます。あの方とは婚約解消されるべきです!」
「サニア?」
「あの方は自分以外どうでもいい方です! 使用人や女を見下して、虫けらくらいにしか思っていません!」
「なにか、レオガルド様にされたの?」
「……前に一度、廊下ですれ違ったときに挨拶が遅くなってしまって……舌打ち、されました。虫けらでも見るかのような目で。別の日に使用人の方々にも同じような態度を取っているのを見かけました」
「まあ……」
やらかしていないか心配していたけれど、話題に上がらないから大丈夫かと思っていた。が、しっかりやらかしていたらしい。
暴言を吐いていないだけマシかと考えてしまう辺り、シュゼットも大分麻痺してきている。
「夕食をご一緒してみても、あの方の本質はそちらの方だと感じてしまうんです。わたしの思い込みかもしれないけれど、でも……あの方と結婚したらシュゼット姉さまが不幸になってしまいます!」
その直感は正しい。妹の本質を見る力はとても優れている。
少し病弱で気が弱いけれど、穏やかで心優しいサニア。他者に意見するのが苦手な妹が、勇気を振り絞っている。大好きな姉のために。
妹の思いが嬉しくて、シュゼットは目を細めた。
「気遣ってくれてありがとう。とても嬉しいわ」
「姉さ……」
「わたしの婚約者がごめんなさいね」
聡い子だ。シュゼットの言葉から婚約を解消する気はないという意思をしっかりと汲み取った。
沈んだ表情で俯くサニアの頭を優しく撫でる。
「来月はサニアの誕生日よね」
「え? あ、はい。来月で8歳になります」
赤いリボンがよく映える、父譲りの栗色の髪。
柔らかな感触と指通りの滑らかさをほんの少しだけ楽しむ。
一年とちょっと前、初めてあの悪夢を視たとき。シュゼットは己の銀髪を恨めしく思っていた。悲惨な最期を迎えた十年後の自分と同じ色を。
だけど今は安堵している。悪夢に表れたのが栗色や亜麻色でなくて良かった。妹やセレナがあんな未来を迎えるのではなくて、苦しい思いをしなくて、本当に良かった。
(そう思えば、頑張れる。レオガルドの俺様さなんて笑い飛ばしてやれるわ)
サニアを安心させるように微笑む。
「大丈夫よ、サニア。わたしも何もしていないわけじゃないわ」
「姉さま?」
「レオガルド様は確かに俺様で自分勝手で自己中だけど、よくよく見ればいいところがないわけじゃないの。だから心配しないで。本当に困ったらお父様に相談するから。ね」
「……うん」
サニアと別れ、部屋に着いたシュゼットはベッドに腰を下ろす。
そのまま身体を横に倒し、行儀が悪いと自覚しつつも目を閉じたるとサニアに言われたことが頭に浮かぶ。
『あの方と結婚したらシュゼット姉さまが不幸になってしまいます!』
心配されずとも目的を達成できれば婚約は解消する。レオガルドと結婚する気はない。あちらだってそう考えている。
今は不幸とすら呼べない未来を回避するために頑張っているわけだけれど。
――その先は?
考えたことすらなかった。もしも最低最悪な未来を回避できたとしたら、その先の未来には何が待っているのだろう。
別の男性と結婚して、子供を産んだりしているのだろうか。
そこまで考えて、シュゼットは思考を止めた。
まずは悪夢を回避することが最優先事項であるし、なにより未来に希望を持ちすぎるのも怖かった。自身の最期を視てしまっているからこそ、余計に。
今はレオガルドの矯正に力を注ごう。決意を新たにしているうちに、いつしか眠り落ちていった。
香り高い紅茶がほのかに鼻孔をくすぐる。
カップを傾ければ上品ですっきりとした味わいが口内を満たし、思わず感嘆の息を漏らす。
そんな娘の姿にシャフマンは優しく微笑む。
『どうだい、美味しいだろう。今度王都に新しく卸そうと思っている茶葉なんだ』
『ええ、とても美味しいです。きっとみんな気に入ります』
『私もそう思うよ』
『それでお父さま、お話って……?』
シャフマンはカップをソーサーに戻すと、喜びに溢れた笑顔を娘に向けた。
『構えずともいい。とてもいい話だよ』
『いいお話、ですか』
『ああ、お前の婚約者が決まったんだ。ヴィンセント・ニカロス様――名くらいは知っているだろう?』
『王太子様の婚約者に選ばれたんだよ、サニア』
「――っ!!」
飛び起きたのは久し振りだった。近頃はあの悪夢も視なくなっていたから。
わずかに乱れる息を整えながらシュゼットは視界を遮る髪を掻き上げた。そして溜め息と共に枕へと顔を埋める。
(……失念してた。可能性がないわけじゃなかったのに)
むしろ最初にシュゼットが候補として上がっていた時点で予測しておくべきだった。妹だって王太子の婚約者になり得るのだと。
自身が婚約を回避できたことに安心しきって、そこまで考えが及ばなかった。
「……先のことを考えるのは早計だという思し召しね」
やはり今は余計なことを考えている暇はない。
シュゼットは増えた問題にもう一度溜め息をつくのだった。




