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32.カトリーヌと1

 その日、有休をとった俊介はカトリーヌに会う為にゲートを開いた。同時に、昨日カトリーヌから告げられた言葉が胸を過る。

『私は俊介さんに嘘をついていました。スキルの力で自分を偽っていたんです。本当にごめんなさい。明日、お会いした時に本当の私をお見せします』

 本当のカトリーヌとは一体どういう事だろうか。俊介は大きく深呼吸をすると、すでにランプの一つが点灯している扉へとカードを差し込んだ。


 開かれた扉の向こうにいたのは、銀髪の美女だった。


「お久しぶりです。驚きましたか?これが私、カトリーヌの本当の姿です」

 どこをどう見たら、婚活パーティーの日に見たカトリーヌと同一人物だと言えるのだろうか。ゴリラの面影など微塵もない、驚くほど美しい女性がそこにいたのだ。

「本当にカトリーヌなのか?」

「はい。と言っても、信じられませんよね。未だに私自身も信じられませんから、仕方ないと思います」

 困ったように笑うその姿が、一瞬だけ婚活パーティーの時のカトリーヌの表情と重なった。それを見て俊介が目を見開く。信じられない事ではあるが、目の前にいるのがカトリーヌ本人で間違いない。全く違う見た目なのに、不思議と俊介は確信していた。

「教えてよ。使ってたのは変身スキルかな?どうしてゴリラに?」

「そうですよね。ちゃんとお話しします。ですから最初に約束してください。今日一日だけ。今日だけで良いので、私とデートしてください。デートの最後に全部ちゃんと、お話ししますから」

 そう言って頭を下げたカトリーヌ。サラサラの銀髪が流れ落ち、美しく整ったカトリーヌの顔を覆い隠した。髪の毛に隠された向こう側で、必死に涙を堪えているのが、俊介には分かってしまった。

 だから、理由を聞くより先に俊介は答えた。それが一番だと直感的に信じて。

「約束するよ」


 デート場所はカトリーヌの住む世界。

 二人以外、誰もいない広い庭園をカトリーヌと歩く。

「ここはどこなの?」

 俊介の問いに、立ち止って花を眺めていたカトリーヌが振り返る。

「ここは私が管理している庭園です」

 その言葉に驚いた俊介が辺りを見渡していると、カトリーヌが言葉を続けた。

「随分と広いですよね。この国は土地だけは余っていますから」

 自嘲気味に笑うカトリーヌの表情はどこか寂しげだ。そんなカトリーヌを励ますように、俊介が声を張る。

「広くて良いじゃん!?こんな綺麗な場所を貸し切りにしてデート出来るなんて、最高の贅沢だと思うよ」

 そう言うと俊介は、両手を広げ、胸いっぱいに息を吸い込んだ。花の香りが鼻孔を抜けて体へと入ってくる。それは俊介を、とても優雅で、落ち着いた気持ちにさせてくれた。そしてすぐ近くに茎が折れている花がある事に気付き「本当はこういうの良くないんだろうけど」と呟きながら、その花を摘み取った。

「水やり用のロボットが当たって折れたんだと思います。そのままにしておいたら、枯れてしまうだけですから、摘んで貰って大丈夫ですよ」

 穏やかな表情で微笑むカトリーヌに俊介は「ありがとう」と頷いた。

 そしてゆっくりとカトリーヌに近づくと、その小さな頭の横に摘んだ花を飾り付けた。

「え?」

「似合ってるよ」

 そう言って間髪入れずに、スマホを取り出してシャッターを切った。驚いた表情のまま固まっていたカトリーヌ。その後ろには一面に広がる色とりどりの美しい花々。けれども、どれだけ美しい花であってしても、その中心に立つカトリーヌを引き立てる為の存在でしかないように思えてしまうのだった。


 カトリーヌの案内で辿り着いた先にあったのは、まるで絵画の中に迷い込んでしまったと錯覚してしまうような、美しい花々に囲まれた休憩場だった。木でできた屋根の下にベンチとテーブルがあり、誰が用意したのかお茶とお菓子が置かれていた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 差し出されたカップを受け取った俊介は、そこから昇る湯気の存在に驚いた。お湯を沸かすような物など見当たりもしないのに、一体どうやって用意したのだろうかと不思議でならない。とはいえ、考えた所で仕方がない。

 俊介は、今目の前にあるこの状況を楽しもうと、意識を切り替えたのだった。


「今日は本当にありがとうございました」

 お茶を飲み終わった後で、カトリーヌは丁寧に頭を下げた。まだ今日会ってから、大した時間は経っていないにも関わらず、その態度はもうこれで終わりなのだと告げているようだった。その意思を汲み取るように、俊介は頷いた。

「こちらこそありがとう。こんな綺麗な庭園は初めて見たよ」

「そう言って貰えると凄く嬉しいです」

 カトリーヌは本当に嬉しそうに笑ったのだった。


「最初にした約束通り、全部をお話ししますね」

 寂しそうな表情で、カトリーヌは俊介を見た。

「ありがとう。話して欲しいけど、辛いなら無理しなくていいよ」

「やっぱり優しいんですね。こんな私なのに、嫌な顔一つしないで一緒にいて貰えるなんて……。まるで幸せな夢を見ているような、そんな気持ちになれました。だからこそ、ちゃんとお話ししますね。ちゃんと私を見てくれた俊介さんに、私もしっかりと向き合いたいんです」

 そうやって始まったカトリーヌの話に俊介は驚かされた。


「私はずっと、ゴリラに憧れていたんです」




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