31.ルルと2-2
食事を終えた二人は、シートの上に並んで寝転んでいた。二人の距離は近いようで遠い。拳二つ分程空いた肩と肩。俊介が伸ばした腕の先では、所在なさげに手を開いていた。
ルルの手を握りたい。
そうは思っても、なかなか勇気が出ない。先程は歩き出すタイミングに合わせたから誤魔化す事ができたが、今は違う。
木漏れ日を浴びながら、静かに寝転ぶ今の状況で手を繋ぐのは、あまりにムードが良過ぎる。一歩間違えれば、告白する流れになってしまいそうだ。それはいくらなんでも時期尚早だと言わざるを得ない。
何か良い言い訳はないものかと探す俊介は、何気なく隣を見た。するとタイミングよくこちらを向いたルルと目が合い、互いに照れたように微笑んだ。
「……」
二人の間に漂う沈黙はなんだか甘酸っぱい。
恥ずかしさを誤魔化すように、再び上を向く。その際に僅かに動いた俊介の手がルルへと触れた。
途端に大きくなる鼓動。まるで金縛りになったように固まってしまった身体とは裏腹に、研ぎ澄まされたような指先の神経はルルの手の柔らかさを如実に伝えて来る。
一向に収まる気配がないどころか、加速し大きくなっていく鼓動は、もはや俊介の全身が脈打っているかのようである。こんなにも緊張したのはいつ以来だろうか。
動かせないままの指先へと意識を集中していると、突然、触れ合う面積が増大した。とは言っても指二本分程度なのだが。しかし、それは紛れもない事実。俊介が動かしていない以上、ルルの方から近づいて来た事になる。
ごくりと俊介の喉が動く。しっかりと手を握るよりも、こうしてほんの僅かに指を重ねるだけの方が、遥かに胸が高鳴る。
ああ、ヤバイ。
これはヤバイ。
平静を装っている俊介は、内心で大いに慌てふためいていた。
それもそのはず、上手い事ルルを落とそうと企んでいたはずの自分の気持ちが、大きくルルに傾き始めた事を実感していたからだ。
どれだけの時間をそうして過ごしていたのだろうか。柔らかな風が吹き、俊介の前髪を揺らす。いつの間にか鼓動は落ち着き、こうしている事が当たり前のような気さえし始めている。重なっていただけの指先は、どちらからともなく絡みつき、もっともっとと求め合っているかのようでさえある。
こんな時間がずっと続けばいい。
そう思った矢先の事だった。不意に聞こえて来た声が二人きりの時間を終わらせた。
「すいませーん!ボール取ってくださーい!」
俊介とルルは顔を見合わせ微笑み合い、名残惜し気に手を離してゆっくりと二人で起き上がった。遠くの方で子供たちがこちらに向かって手を振っており、その視線の先、俊介達から数メートル程離れた所にサッカーボールが転がっていた。
子供達の方へとボールを蹴ってやった俊介は、ゆっくりとした足取りでルルの元へと戻った。そして再びシートへと腰を下ろそうとして、足元のそれに気が付いた。
「どうしたの?」
突然しゃがみ込んで何かを見ている俊介に、ルルが問いかける。
「これを見つけたんだ」
俊介は偶然見つけた四つ葉のクローバーを摘んで、ルルへと渡した。
「これは?」
首を傾げるルルを見て、俊介はそーいえばと思い出したのだった。こうして普通に接しているせいで、ついついルルが異世界人である事を忘れてしまっていたらしい。
気を付けないとな。
そうやって俊介は、自分に言い聞かせた。
「それを見つけると幸せになれるって言われてるんだ。良かったら貰ってよ」
本当なら四つの葉にそれぞれ意味があるとか、そう言った細かい説明まであった方がいいのだろうが、生憎と俊介はそこまで詳しくない。随分とざっくりとした説明ではあったが、プレゼントした物がただの雑草でない事が伝わればそれでいいと俊介は思っていた。
「ありがと。栞にでもして大切にするね」
ニコリと微笑んだルルは、手帳を取り出して丁寧にそれをページに挟んだ。
その後、午後の時間を目一杯使って植物園を楽しんだ俊介達。帰る頃には、当初の緊張感はすっかりなくなり、自然と手を繋ぐようになっていた。慣れとは恐ろしいもので、たった一日でそれが当たり前であるかのように、互いの心に刷り込まれていたのだった。
帰りの車の中は随分と静かだった。しかし気まずいかと言えば、そんな事はない。沈黙を共有できるというのは、とても貴重だ。
来た時同様に俊介は、高速道路にのってアクセルを踏み込む。加速する車の中でナビへと視線を向ければ、どういう訳か逆方向を示している。
そろそろ買い替えかな?
そんな事を考えながら、頭の中の地図を頼りにナビに逆らって車を走らせた。
やはり間違っていたのはナビの方だったらしく、いつの間にか修正されたルートと、半分以下に短縮された表示される到着時間。自分を信じて良かったと俊介は思ったのだった。
途中のサービスエリアで夕飯を食べ、高速を降りる頃には日が沈んでいた。予定ではこのまま送り届けるつもりであったが、もう少し一緒にいたいと思ってしまう。俊介はどうしようかと少し迷ったが、その事を正直に伝える事にした。
「どっか寄り道でもしよっか」
「うん、いいよ」
すぐに了承してくれたルルに感謝し、俊介はハンドルを切って進路を変えた。向かった先は近くにある穴場の夜景スポット。そこまで都会でない為に、光の量はさほど多くはないが、ゆっくりと会話を楽しむなら、絶好の場所といえた。
辿り着いた場所には、幸いにも先客はいないようだった。車から降りて、真っ暗な道を手を繋いで歩く。数十メートル程進めば、開けた場所に出る。ベンチすらないその場所で落下防止用の手すりの手前に立って景色を眺める。
「良い所ね」
ルルの言葉に俊介は小さく頷いた。中途半端な夜景はお世辞にも感動的とは言い難い。それでも静かな夜に、大切な誰かと言葉を重ねるには、きっとこれ以上の場所はこの辺にはないだろう。
とはいえ、話したい事等大してない。ただただ、もっと一緒にいたかっただけ。だから二人の会話はとりとめのない事ばかり。その日一日を振り返るように、楽し気に話す二人の手は、指を絡め合うようにして、しっかりと握り合っていた。




