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26.ルルと2

 居酒屋に入ると、個室へと案内された。

 四人掛け用の席に、ルルと二人向かい合って座った。一見何の変哲もない部屋に見えるが、テーブル横の壁に空いた縦横深さそれぞれ五十センチ程の二つの穴の存在が、俊介には気になったのだった。

「しゅん君は何飲みますか?」

 ルルに尋ねられると同時に、メニューが書かれた半透明のプレートが空中に映し出された。

「じゃあビールで。ルルは何にするの?」

「私はユグドラシルにします。世界樹の樹液が入ったカクテルなんですよ。美容に良いって評判なんです」

 未来型都市なのに、魔法に世界樹か……。

 俊介はなんだかな。と思いつつも、ちゃっかりと世界樹についての質問をルルにしたのだった。


 壁に空いた二つの穴は、配膳と、空いた食器の回収に使われる為の物だったらしい。

 穴の中へと転送されてきた飲み物を取り出すと、俊介とルルはグラスを重ねた。

「乾杯!」

 仕事の後の酒はどうしてこんなにも旨いのだろうか。俊介は自分の頬が自然と緩むのを感じた。

「それってどんな味なの?」

 ルルの飲んでいるユグドラシルという酒が気になって、俊介は尋ねた。見た目は薄い赤茶色で、炭酸が入っているのか、中にいくつもの気泡ができている。

「美味しいですよ。飲んでみますか?」

「いいの?」

「はい」

 差し出されたグラスを受け取り、そっと口を付ける。爽やかな味は柑橘系を思わせる味をしていた。

「ありがとう。なかなか美味しいね」

「でしょ」

 返されたグラスをルルが口に運ぶのを確認して俊介は口を開いた。

「間接キスだね」

「――っ!」

 噴出しそうになったのを、なんとか堪えたルルが俊介を軽く睨んだ。

「どうかした?」

「なんでもありません。ところで嫌いな物ありますか?」

 ルルは転送されてきたサラダを取り出すと、トングを持って俊介に尋ねたのだった。


 何気ない会話をしていると、ルルが俊介の事をじっと見つめている事に気付いた。

 あの時と同じだな。

 そんな事を思いながらも、俊介もルルの目をしっかりと見つめ返す。

 同時に頭の中でカウントを始めた。

 一、二、三、四、五、六、七……。

 そして余裕を持って七秒を過ぎた辺りで、俊介はわざと目を逸らした。その際に一瞬見せたルルの残念そうな表情。

「印象操作か」

 ポツリと呟いた言葉にルルが僅かに目を見開いた。

 当たりかな。

 そう思った俊介は、それ以上の言葉を口に出さずに真っ直ぐにルルを見つめた。

「はぁー。バレちゃいましたか」

「残念だったね」

 肩を落としたルルを見て俊介は小さく笑った。


「知ってたんですか?というか怒らないんですか?」

 俊介の反応が意外だったのだろうか。カラカラと音を立てながら、カクテルをマドラーでかき混ぜるルルは、不思議そうな顔で俊介を見つめている。

「たまたま同じスキルを持ってる人を知ってたんだよ。それに怒るような事でもないでしょ?」

「そうなんですか?勝手に操られたんだから、怒っても良いと思いますけど……」

「そういう見方もあるのか。まぁでも悪影響はなかった訳だしね。それにスキルを使ったのも、多少なりとも俺に好意を持ってくれてたって事でしょ?だったら喜ぶ事はあっても、怒るような事じゃないよ」

 それだけ言うと、恥ずかしさを誤魔化すように、俊介はグラスに残っていたビールを一気に飲み干した。


 スキルの存在が明るみになってから、ルルの態度が軟化した。

 いつの間にか敬語がなくなり、口調も砕けたものへと変わった。俊介に対して猫を被る事をやめたのだろう。

 その事を指摘すると。

「だって私バカみたい。芋焼酎でお願い」

 開き直った態度に俊介は笑うしかない。

「でも今のルルの方が俺は好きだけどな。その方が気楽で良いよ。水割りとロックどっちにする?」

「ありがと。ロックが良いな」

 少し拗ねたような表情ではあったが、俊介には最初に会った時よりもずっと魅力的に見えたのだった。


 居酒屋を出るころにはルルはすっかり出来上がっていた。自力で歩けてはいるが、足元はおぼつかないし、喋る内容も同じ事の繰り返しだ。

「大丈夫か?」

「だーいじょーぶっ」

 何が面白いのかゲラゲラと笑いながら、俊介に寄り掛かって来る。

「危ないって」

 倒れないように抱き留めれば、花の匂いが鼻孔をくすぐる。同時に洋服越しでもわかる女性特有の柔らかさを感じながらも、俊介は己の欲望に封をした。

「きもち悪い……」

「ちょって待って!」

 突然真顔になったルルを慌てて抱きかかえて、道の隅へと連れて行く。何とか間に合ったと思った瞬間に嘔吐し、吐瀉物の一部が俊介の服の袖を汚した。道行く人々が嫌そうな顔をして避けていく。独特の酸っぱい臭いが漂い、気を抜けば自分まで貰いゲロをしてしまいそうだった。

「うぇ……。ゲホッ!ゲホッ!ごめん」

「大丈夫だから」

 出来るだけ優しくルルの背中を撫で、落ち着くのを待つ。そっと顔を覗き込めば、目元が濡れている。嘔吐によるものなのか、それとも別の理由からなのか、俊介には分からなかった。


「あの……。良かったらどうぞ」

 突然の声に驚いて、俊介が顔を上げると、見知らぬ女性がボトルに入った水を差し出してくれていた。

「えッと……。良いんですか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 頭を下げて受け取ったそれの蓋を開け、ルルの前に差し出した。

「飲める?」

「うん……」

 弱々しい声で返事をして、俊介の手から水を受け取り、口へと運んだ。

 その様子を確認した俊介は、先ほどの女性にもう一度お礼を言おうと振り返ったが、すでに女性の姿はどこにもなかった。

 何気なく見上げた空には、大きさの違う二つの月が輝いていた。





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