23.レベッカと2
「ところで、さっきからどこ見てるのかな?」
ニヤニヤと笑いながら、レベッカが俊介の顔を下から覗き込む。
「え?脚見てた。綺麗な脚してるなって思って」
「――ありがとう。まさか直球で返されるなんて、予想してなかったな」
戸惑うレベッカが可愛く見えた。
「正直者ですから。ところで、サキュバスって羽も尻尾もないんだね?」
話を逸らすように、話題を振ればレベッカは納得したように微笑んだ。
「なーんだ。本当はそれが気になって見てたのね。羽も尻尾も自由に隠せるの。見てみたい?」
いいえ、脚を見てました。
反射的にツッコもうと思った俊介だったが、思いがけないレベッカの提案にそれどころではなくってしまった。
「良いの?だったらぜひ見せて貰いたいな」
「いいわよ。その代わり今日はしっかりとエスコートしてね」
俊介が頷くとレベッカは祈るように胸の前で手を組んだ。
するとレベッカの全身を淡いピンク色の光が包み込んだ。数秒後、光が治まった時には、黒いコウモリのような羽と、先端がハートの形をした尻尾が存在感を主張していた。
「触って良い?」
「少しだけなら……」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
一体どうなっているのだろうか。
興味津々の俊介はレベッカの尻尾へと手を伸ばした。
「――っ!」
ビクリとしたレベッカに俊介が声を掛ける。
「どうかした?」
「いきなり尻尾を触るなんて……。普通羽からだと思うんだけどな。俊介のえっち!」
図星だった。
俊介はお尻から生えた尻尾がエロかったから真っ先に触ったのである。
「えっちなのは認めるけど、尻尾はダメだった?」
レベッカの反応を気に掛けつつも、尻尾を撫でる俊介の手は一向に止まる気配がない。
「――っ!ダメじゃないけど……。し、尻尾は敏感だからっ、ほどほどにしてねっ」
「そっか。ごめん、ごめん」
レベッカの反応を見ながら、色々な触り方を研究していた俊介だったが、この辺りが引き際だろうと判断して、尻尾から手を離した。
それにしても一体どういう構造をしているのだろうか。こうして服の上からでも確認できる尻尾だが、その生え際に当たるお尻の部分に、穴が空いた痕跡がまるでなかったのだ。
驚くべき事実ではあるが、それ以上に大切な事がある。
レベッカのお尻に生えた尻尾は、妙にエロかったのだ。
もう一度言う。
レベッカの尻尾はエロかった。
「さて、そろそろ出かけようか?」
羽と尻尾を消して貰った後で、俊介はレベッカを連れて外へ出た。
「凄い!あれ何?」
「危ないから」
車を見て、道路に飛び出して行きそうになったレベッカ。俊介は慌ててその手を握る。自分から手を伸ばしておきながら、レベッカの柔らかな手の感触に思わずドキリとした。
危なっかしいレベッカの手をしっかりと握ったまま、俊介は自らの車へとレベッカを誘導した。レベッカに説明しつつ、その危険性もしっかりと伝えた。
「魔法がないのは不便だけど、代わりに面白い乗り物があるのね」
助手席に座ったレベッカは胸にかかるシートベルトを指先で弄りながら、興味深そうに俊介の車の中を観察していた。
「レベッカに体験させて貰った転移魔法に比べたら、随分と見劣りしちゃうけどね」
エンジンをかけ、シートベルトを締めながらレベッカへと視線を向ける。予想通り、シートベルトがレベッカの胸の存在感を、圧倒的に底上げしていた。
見惚れないようにしないとな。
そんな事を考えながら、俊介はハンドルへと手をかけた。
向かった先は映画館だった。
こちらでの定番のデートコースが良いとレベッカが言ったからだ。
もちろん、人によっては映画デートは決して定番ではないと思うかもしれないが、俊介にとっては、定番中の定番だった。
娯楽として好きな映画を楽しめる上に、共通の話題も出来る。さらに映画の内容が面白ければ、その日のデートそのものが楽しかったと、錯覚させる事も時には可能になる。もちろん逆もあり得る為、リサーチは必須であるのだが……。
とにかく映画はデートに適していると、俊介は感じていた。
その日選んだのは、最近話題になっている恋愛映画だった。
映画に来ることを予定していなかった為、大したリサーチは出来ていないが、話題になっている以上、そこまで外れという事もないだろうという判断からだった。
映画は、人気のイケメン俳優と美人女優が共演している事も話題の一因となっているが、内容に関してはそこまで奇抜なものでもなかった。むしろ使い古されたネタの一つと言っても過言ではないだろう。
どんな内容かと言えば、遊び人の主人公が、運命の出会いをきっかけに真実の愛を知ると言った、まぁどこにでもあるような、ありふれたモノだ。
男女の立場が逆でさえなければ。
そう、この映画は超絶ビッチの女性が、クソ真面目でお堅い男性と出会い、互いにその生き方を変えていくという内容だったのだ。
しかし悲しいかな、幸せに手が届きそうになった時、HIVに感染している事が発覚してしまう。自らの過去を悔やみ、涙するも現実は変わらない。悩みに悩んだ末に、何も語らずに主人公である女性が、男性の前から姿を消して物語の幕は閉じる。
なんとも悲しい物語ではあるが、俊介としては消化不良この上なかった。男性側の視点から見れば、何も言わずにいなくなるなんて最悪だと感じてしまう。
映画選びを失敗したと思い、溜息を吐きつつ隣を見れば、レベッカが号泣していた。
「少しは落ち着いた?」
「――うん」
レベッカが泣き止むのを待って席を立つ。
散々泣いたにも拘らず、レベッカの顔は綺麗なままだ。サキュバスだからだろうか。化粧なんて必要ないらしい。世の女性達が知ったら、全力で羨ましがるに違いない。




