5話 少年の告白
7月18日月曜日 PM4:00
琴浦高校 体育館裏
「で、なんなんだ?僕に愛の告白でもするつもりなのかな?」
踏ん切りがつかず、話しあぐねている康介に、その辺で拾った木の枝で地面に何かを描くような真似をしながら辻占は尋ねた。
「実は・・」
康介が口を開いた途端、辻占の手の動きが止まった。
「ぼ、僕は・・犯人を知っているかもしれないんです。」
康介の意味深な発言に、辻占は木の枝を放り投げ、ブロック塀にもたれかかっていたのをやめた。
「それは、どういう意味かな?犯人に心当たりでも?」
明らかに先ほど2年B組のスターとして祭り上げられていた辻占とは目つきが違っていた。
それでも康介は話すことにした。
「僕の思っていること、いや、あの、」
「落ち着け山城くん。僕は刑事じゃ無いから君を詰問したりはしないさ。」
などと言いながら、辻占が康介の肩に手をやる。
昼間に秋にしたことはなんだったのか、という思いもあったが、単純に気持ちが悪かったのでその手を振り払い、康介は三歩後ろに下がった。
「僕の彼女、田中秋なんですが・・・あいつ・・・」
「田中…、秋ちゃんね。彼女がどうした?」
辻占はズボンのポケットから手帳を取り出した。
「いや、その前に1つ聞かせてください。」
「なんだい?」
「鈴木先生の・・・その・・殺され方っていうか、噂でしか聞いてないんですけど、その、」
「まぁあんまり詳しくは警察も公表しないからね。特別に君にだけ教えてあげようか?」
辻占が表情1つ変えずこんなことを言い放ったので、康介はこの男の無責任さに少し腹が立った。
「なんでそんな、僕が犯人だという可能性もあるんですよ?」
すると辻占はまたもニヤニヤ笑いを浮かべながら、こう答えた。
「まずね、君が犯人あるいは共犯者だったとしたら…」
男である康介から見ても、この男、辻占はそこそこの美丈夫ではあったが、このニヤニヤ笑いがもたらす嫌悪感もまたなかなかのものであった。
「…被害者がどうやって殺されたかなんてもちろん知ってるだろうから、話したところで問題無いし、君が犯人である可能性は極めて低い、そして僕、または警察に対する敵意も見受けられない。だから話したところで捜査になにかしらの支障が出るとは思えないのさ。」
「僕が新聞やその他マスコミに話すということは考えないんですか?」
「話したところで一銭の価値もないよあんなモン。スプラッタームービー好きなら喜ぶかも知れないが。」
「僕が聞きたいのは鈴木先生の遺体の状態じゃないんです。
その、どう殺されたかというか、いま辻占さんが、僕が犯人である可能性が低いって言ったってことは、やっぱり・・・」
手帳を左手に持ったまま、辻占が右手に再び木の枝を手に取り、ペン回しの要領でくるくると弄んだ。
「誰がどんな噂を流してるのかは知らないけど、まぁ殺された場所で大体想像がつくよね?」
ニヤニヤ笑いを保ったまま、辻占が木の枝で康介の方を指す。
「そう、彼は女に殺された。よからぬことをしてる最中にスキを突かれてね・・・。
まぁ柔道有段者であのガタイだろ?正面から刃物で首を切りつけるのはなかなか難しいよね、寝込みを襲いでもしない限りは。
それか、別のことに精一杯な時を狙うとか。
・・・ふむ、精一杯か、言い得て妙だねぇ。精を出してたっての方が合ってるか・・・。」
「・・・ふざけてるんですか。」
苛立ちの限界を迎えた康介は、背の高い辻占に詰め寄り、彼を睨みつけた。
「いや失敬、いまのは失言だったね、謝ります。でだ、君が手に入れた噂の情報から犯人の心当たりが生まれたのだとすると、『それ』は・・君の身近にいる子かな?」
康介の怒りなどには全く動じず、辻占が先に本題に入ろうとしていた。
誘導尋問をされている気分になりそうだったので康介は洗いざらい話すことにした。
「僕の彼女、田中秋なんですが。
・・・あいつ、つい最近まで鈴木と、その・・・関係を持っていて。」
さすがにこの情報は知らなかったのだろう、辻占は目を丸く見開いて、康介を見ていた。
「あ、あの子が!?・・・それであの怯え方か・・・しかし何故・・・」
辻占がぶつぶつと呟く内容は、康介が抱えている疑問と全く同じものだった。
「僕にもわかりません。ただあいつ、2年になってから成績が落ちてて、それで鈴木にはしょっちゅう進路のことについて相談にも行ってたんですけど・・・」
辻占が木の枝の模様を眺めながらため息をついた。
「進路、ねぇ・・・でも、君たちまだ2年だろ?ちょっとぐらい成績が落ちたところで、挽回のチャンスはあるじゃないか。」
「辻占さん、自分で言うのもなんなんですが、ウチの高校はあんまり勉強ができる方ではありません。僕なんかサッカーがしたくて入ったぐらいですし、でも、ウチの学校にも指定校推薦っていう、大学入試の方法があって」
「ああ、知ってるよ。AO入試とか、そんな感じの推薦入試だろ?まぁ僕は大学行ってないからよくわからないけど。」
「その指定校推薦では、大学側が、今年は○○高校からは何人、という感じで毎年ほぼ確実に入学できますよというワクを用意してくれるんですよ。それで、国立高校からもウチに1人分枠があって、秋はそれを狙ってたんですが。」
「へええ。すごいね、アキちゃん優等生じゃないか。」
「でもそのためには成績でもその他様々な面でも常に学校1ぐらいじゃないと高校側が選んでくれないんです。それで2年に入ってから、アキは数学の成績がかなり落ちてて・・・」
辻占が少し笑みを浮かべた。
「数学は僕も嫌いだったなぁ。まぁでもそれは仕方ないよ。2年ごろから難しくなるものね。」
「それで、鈴木なんですよ。鈴木は数学の先生なので、それで成績を餌に、秋は・・・」
「なるほど・・・アキちゃんはそれを君に自分から言ってきたのかい?」
「はい・・・鈴木が殺された日の数日後に、家に呼ばれて・・・。」
「俺なんか、秋とキスしたことすら、ないのに・・・」
康介の声には、怒りともやるせなさともつかぬ、なんとも言えぬ感情がこもっていた。
「なるほどねぇ・・・それで君はアキちゃんが犯人だ、と思ってるわけだね?」
辻占の問いに康介は答えなかったが、うつむいたまま肩を震わせているその姿が、その思いを
物語っていた。
「まぁ、考えすぎってこともあるかもしれない。いや、わからないか。・・・すまん、俺にはどう言ってあげればいいかわかんないや。」
辻占は声を落とし、康介の肩に手をやり、なだめるように言った。知らぬ間に語調が崩れていた。
「だけど心配すんな。アキちゃんが犯人だろうと犯人じゃなかろうと、俺がきっと真実を突き止める。だから君はできるだけ彼女のそばにいてやってくれ。」
「そばに?僕を平気で裏切り、浮気相手を殺すような女のそばに?」
「馬鹿野郎!」
辻占が康介の胸ぐらを掴んだ、しかしすぐに手を離した。
辻占を睨みかえす康介の目は、両方とも涙で濡れていた。
「僕には秋が信じられない。あいつが犯人だろうとなかろうと、あいつを許す気にはなれない。」
康介の声は震えていた。
「まあ、許せないよな。そんな事があったら。」
手帳を開き、虚ろな目で眺めながら辻占が呟いた。
7月18日月曜日 PM5:00
琴浦高校 プール 入り口
立ち入り禁止の黄色いテープで封じられた入り口から、女子更衣室の入り口を眺めながら、空五倍子は考え込んでいた。
水面には、雲1つない夕焼けの赤い空が写り込んでいた。
「アンタもケーサツカンケイ?」
と、いきなり後ろから声をかけられた。
少しビクッとはしたが、驚いたことを相手に悟られていないことを祈りつつ振り返ると、そこには琴浦高校の生徒と思しき少女が立っていた。
夕日を背に立っている少女の髪は、逆光になっていてもわかるほどの綺麗な金髪だった。
少女はこちらを怪訝そう顔でじろじろ見ていた。
「私は探偵だ。」
無愛想にそれだけ答えると空五倍子は少女にくるりと背を向け、早足でその場を去っていった。
その場に1人残された少女、間宮希美は、とことこと校舎の方に歩いていく背の低い女の後ろ姿を眺めながら、ポケットから携帯電話を取り出した。
「・・・あぁ、もしもし?お節介かもしれないけど、一応知らせとこうかな、と思って・・・」
「うん、そう・・・。それでさ、今、プールの近く通ったんだけど、探偵に会ったよ・・・もう1人いた・・・女だったけど、アイツの仲間なのかどうかはわかんない。」
「え?そうなのか?なるほど、そっちはアイツを・・・。じゃあ、私が・・・」
希美は辺りを見渡す。
校舎とは離れた位置にあるとはいえ、プールも一応学校の敷地内。敷地内での携帯電話の使用は校則で禁止されている。
髪の色だけは親の力を使ってでも金色にさせてもらってはいるが、それ以外の校則は守っているつもりだ。
教師の姿は見えなかったので、再び携帯電話を耳に近づけた。
「え?いやいやいいんだよ、私は。『親友』の
悩みは私の悩みだ。任しとけって・・・」
そのまま相手の返事を待たずして通話を切り、携帯を片手に持ったまま希美は空を見上げた。
先程まで綺麗なオレンジ色だった夕焼け空が、少し曇りつつあった。




