プロローグ
夜の空を暗雲が覆い隠し、大雨が大地を埋め尽くすかのように降り注いでいる。
そんな悪天候の最中であっても、この人類社会には雨具さえ常備できず、身体を濡らし、凍えるような寒さに身を縮こませて耐えるしかない者たちがいる。
そんな貧困にさらされながら生きる者たち。
浮浪者だ。
浮浪者になる者たちの理由には、次のようなことが考えられる。
社会に馴染めず無職になり、両親が死んだことで何の見通しも立たなくなった果てに、浮浪者として生きることになった者。
親による虐待を受け、自分の家にいられず、外で暮らすようになり、浮浪者になった者。
罪を犯し、警察の追及から逃れるために身分を捨て、逃げるように浮浪者となり生き続ける者。
そして、一番多い理由は――
昨今の不況から脱却するため、銀河連邦政府『コンフィデンス・ソサエティ』が行った大規模なリストラ政策により、職を失い、浮浪者と成り下がった者である。
彼らは社会から見捨てられ、夢、希望、そして“生き続ける意味”すら失う。
そんな彼らは、何故生きるのか?
それは、“ただ死ぬのが怖いから”。
それだけの理由だ。
ただそれだけの理由で、彼らは地獄のような生活に囚われ続けなければならない。
だが……たった一人だけ、その者たちの中で自らこの生活に足を踏み入れ、自身の夢や希望のために生き続ける者がいる。
……
雨の中、一人の浮浪者が濡れたレジャーシートに腰掛け、なけなしの仕事で得た小銭程度の収入で買った安いビールを飲んでいる。
彼の格好はいささか奇妙だった。
二十歳前後と見られる若く色白な顔や体格に比べ、まるで八十年前の物のような、時代遅れで年季と汚れの入ったグレーのソフトハットとレインコート、褐色のジーンズ。
中古で手に入れたと思えば自然だが、浮浪者だとしても、ここまで汚れた服装を好き好んで選ぶ物好きはいないだろう。
しかし、本当に気になるのはそこではない。
彼の異様な雰囲気だ。
彼の表情は、ただ絶望しているわけでも、壊れているわけでもない。
ただ一点、空の一部分を、まるで何かが起こるのを楽しみにするかのように無邪気に、しかしどこか大人びた余裕のある表情で目を凝らしている。
ただ、彼の荒れ果てた皮膚や光の映らない瞳。
シワこそないのが不思議なくらい凝り固まり、機械のようにぎこちない動きしかできない表情筋。
とてもじゃないが、彼は希望を持てるほど余裕のある風貌とは言えない。
そんな絶望的な境遇を示すかのように、疲れ果てた跡が彼の身体の節々に見られた。
そのような彼の前向きな姿は共感できず、周りからは奇妙に映ったのだろう。
同じ浮浪者でも、彼に関わることはおろか、目にすることすらしない。
ただ、そんな状況でも彼は気にせず、遠くの空に目を凝らしている。
すると……
彼は予測していたのか、何度も繰り返し見ていたのかは分からない。
しかし、彼が目を凝らしていた部分の空が薄く光り、暗雲の切れ間から一筋の陽光が差し込んだ。
『お告げが来たな』
彼はそう言うと、薄く笑った。
いや、正確には大袈裟に笑うつもりだったのだろう。
しかし、彼の表情筋は硬く、張り詰めたような奇怪な笑いに映った。
しかし、彼のその表情にはどこか……
自身に降り注ぐどんな苦難にも耐え続け、自身に課せられた大いなる使命を完遂させようとするかのような、
“誰よりも高潔”な覚悟が透けて見えた。




