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「分母がゼロになるんだぞ!? 制御システムはこれを無限大の応力として検知し、自律補正のためにスラスターを最大出力で逆噴射させる! 結果として、船体は自重によるねじれで一瞬にして自壊する! ゼロ除算バグによる物理的自己崩壊だ!」
対面に座る肥満体の上司、ムライ設計部長は、高級な人工葉巻の煙を億劫そうに吐き出し、鼻で笑った。
「トヤマ君。その『特定の重力勾配』とやらが発生する確率は、我が社の統計データによれば十のマイナス十一乗以下だ。つまり、無視していい」
「ゼロではない! 宇宙を舐めるな! 確率が非ゼロであるということは、無限の試行回数を経る宇宙航行において『確実にいつか起こる』ということだ! そんな設計の船を送り出すのは、乗客に対する計画的殺人だ!」
「静かにしたまえ、狂人め」
ムライが冷淡にデスクのボタンを押す。即座に、冷たいタクティカルアーマーに身を包んだ警備ドロイドが二体、室内に滑り込んできた。
「アキラ・トヤマ。君は過度な業務ストレスにより、深刻な精神的失調(数理パラノイア)を来していると判断された。本日付で、君をIHI星間造船から懲戒解雇処分とする」
「……何だと?」
「君のセキュリティIDは即座に剥奪される。当然、業界の『推奨不適格者リスト(星間ブラックリスト)』にも君の名が登録された。もう二度と、この宙域で正規の設計コンソールに触れると思うな」
警備ドロイドの金属製の腕が、アキラの両脇を強固に拘束する。
アキラは抵抗しなかった。ただ、目の前のディスプレイに表示された不完全な、美しくない船体設計図を見つめながら、絶望に歯を食いしばっていた。
(システムが……論理が殺される。こんなデタラメな物理を、宇宙に浮かべるな……!)
【Day 1 / 14:30 ―― IHIセクター第8ドック・外縁部】
エアロックの外へと放り出されたアキラの手元に残されたのは、わずかな私物だけだった。
社会的地位、なし。
IHIへのアクセス権、完全喪失。
当面の銀行口座、凍結。
彼が腕に抱えていたのは、徹底的に魔改造を施した骨董品レベルの私物タブレット(オープンソースの『Oasis-CAD』が違法なレベルで魔改造・最適化されている)と、今しがた引き剥がされたばかりの『IHI防塵ツナギ』。胸元の誇り高きIHIの企業ロゴは、彼の手によって黒い粘着テープで無残に覆い隠されていた。
無機質な機械音だけが響く巨大な宇宙港の片隅で、アキラは膝を突き、冷たい金属の床を見つめていた。彼の脳裏には、数式のバグが引き起こすであろう「船体崩壊の光景」が、いまだに鮮明なエラー音を伴って明滅し続けていた。
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