第1章 「黙殺」 第6話 影の正体
佐久間を連れて署に戻ると、強行犯係の部屋は妙な緊張感に包まれていた。
秋月は佐久間を椅子に座らせ、温かい缶コーヒーを渡す。
「落ち着いてください。ここは安全です」
「……安全じゃないよ。あいつら、どこにでも現れるんだ……」
「どこにでも現れるって、幽霊じゃないんだから」刀根が言う。
「幽霊よりタチ悪いんだよ!!」
「それは確かに」秋月が苦笑した。
そこへ、魚沼が静かに入ってきた。
「屋上の影、映像ありました」
「映像!?」刀根が椅子から跳ね上がる。
「はい。ビルの防犯カメラ。画質は悪いですが」
魚沼がモニターに映像を映す。
屋上の縁に立つ黒い影。
顔はフードで隠れているが、体格は細身で背が高い。
「……男か?」刀根がつぶやく。
「断定はできません。動きが軽いので、女性の可能性もあります」魚沼が言う。
「女性……?」秋月が眉をひそめる。
「黒瀬の協力者かもしれませんね」魚沼が淡々と続ける。
「協力者……?」佐久間が震えた声で言う。
「黒瀬は一人じゃ動かないタイプです。必ず“手足”を使います」
「手足って……俺じゃないよな!?」佐久間が叫ぶ。
「あなたは“指”くらいです」魚沼が言う。
「指!? なんだよその例え!!」
「落ち着け佐久間さん」秋月がなだめる。
そこへ、宮本班長が入ってきた。
黒髪を後ろでまとめ、スーツの襟元まで一切の乱れがない。
その目は、すでに状況を把握しているようだった。
「映像、見せて」
魚沼が再生する。
宮本は数秒見ただけで、静かに言った。
「……この歩き方、見覚えがある」
「またですか?」秋月が身を乗り出す。
「ええ。別件でね。
“黒瀬の右腕”と呼ばれていた人物よ」
「右腕!?」刀根が叫ぶ。
「黒瀬の右腕って……つまり、黒瀬より危険ってことですか?」秋月が尋ねる。
「危険というより、“黒瀬の代わりに動く人間”。
黒瀬が表に出ないとき、代わりに現れる」
「名前は?」刀根が聞く。
「……まだ言えないわ。確証がない」
宮本は映像を止め、佐久間の方を向いた。
「佐久間さん。あなた、黒瀬から“誰かを紹介された”ことは?」
「……ある。
黒瀬が“この人が現場を仕切るから”って……
フードを深くかぶってて、顔は見えなかったけど……
声は……女だった」
「女……」秋月がつぶやく。
「やっぱり女性か」刀根が腕を組む。
「その人、名前は?」宮本が尋ねる。
「知らない……!
黒瀬は“名前なんか覚えなくていい”って……!」
「黒瀬らしいわね」宮本がため息をつく。
そのとき、魚沼が小さく手を挙げた。
「映像、拡大しました。
この人物、左足を少し引きずっています」
「引きずってる?」秋月が目を細める。
「はい。歩幅が不自然です。
怪我をしているか、もしくは──」
「もしくは?」刀根が身を乗り出す。
「昔からの癖です。
“左足を引きずる癖のある女性”を探せば、絞れます」
「そんな特徴的な癖、すぐ見つかるだろ!」刀根が言う。
「見つかるといいですね」魚沼が淡々と返す。
「お前の“といいですね”って言い方、なんか怖いんだよ……」
秋月はモニターを見つめながら言った。
「黒瀬の右腕……
宮田を追い詰めたのは、黒瀬だけじゃない。
この“影の女”も関わってる」
「その女が、宮田を落とした?」刀根が言う。
「可能性はあります。でも──」
秋月は映像を止めた。
「この影、宮田の死の“直前”にも工場付近で目撃されています」
「直前!?」刀根が叫ぶ。
「はい。
つまり──宮田は“呼び出された”だけじゃない。
“監視されていた”んです」
部屋の空気が一瞬止まった。
宮本が静かに言った。
「秋月、刀根、魚沼。
この“影の女”を追いなさい。
黒瀬に辿り着く鍵は、彼女よ」
三人は同時に頷いた。
「よし、動くぞ」刀根が立ち上がる。
「どこから?」秋月が尋ねる。
「決まってるだろ。
“左足を引きずる女”を片っ端から──」
「片っ端からって……渋谷区だけで何万人いると思ってるんですか」秋月が呆れる。
「じゃあどうすんだよ!」
「落ち着いてください。
まずは“黒瀬と接点のある女性”から絞ります」魚沼が言う。
「お前、ほんと頼りになるな……」刀根が感心した。
「ありがとうございます。
では、まず“黒瀬の元秘書”から行きましょう」
「元秘書!? そんな重要人物、なんで今まで出てこなかったんだよ!」
「聞かれなかったので」
「聞けよ!!」
秋月は笑いながら言った。
「じゃあ行きましょう。
黒瀬の右腕──“影の女”を追うために」
三人は同時に立ち上がった。
宮田洋司の死は、ただの転落ではない。
“影の女”の存在が、事件をさらに深い闇へと導こうとしていた。




