第1章 「黙殺」 第40話 灯の先へ
田川圭介の捜査が打ち切られた夜、強行犯係のフロアには静けさが漂っていた。
秋月は机に広げた書類をゆっくり閉じ、深く息を吐いた。
悔しさは消えない。だが、その奥に小さな灯りが残っていた。
刀根が缶コーヒーを二つ持ってきて、無言で秋月の机に置く。
「……飲めよ」
「ありがとう」
魚沼が椅子を引き寄せ、三人はしばらく黙って座っていた。
言葉はなくても、同じ気持ちがそこにあった。
「悔しいですね」
魚沼が静かに言う。
「悔しいよ。でも……」
秋月は窓の外を見た。
街の灯りが揺れている。
「俺たち、何もできなかったわけじゃない。
届かなかっただけだ。
だったら──届くところまで行けばいい」
刀根が小さく笑った。
「秋月さん、そういうとこ……好きっすよ」
「褒めてんのか、それ」
三人の間に、わずかだが温かい空気が戻った。
そこへ宮本班長がフロアに入ってきた。
夜の静けさの中でも、その足音は落ち着いていた。
「まだ帰ってなかったのね」
「少しだけ……整理してました」
秋月が答える。
班長は三人の前に立ち、ゆっくりと言った。
「あなたたちの捜査は、誰よりも真っ直ぐだった。
止められたのは捜査であって、あなたたちじゃない。
今日の悔しさは、必ず次につながるわ」
刀根が深く息を吸う。
「……はい」
「焦らなくていい」
班長は続けた。
「歩き続ければ、必ず届く。
そのために、あなたたちはここにいるんだから」
秋月はその言葉を胸に刻んだ。
「……行きますよ。俺たち」
「ええ。あなたたちなら大丈夫」
班長が去り、三人は窓の外を見上げた。
夜の街は静かだが、どこか遠くでサイレンが響いている。
その時、フロアの電話が鳴った。
魚沼が受話器を取る。
「……はい、強行犯係です──」
魚沼の表情が変わった。
「秋月さん。
……事件です。
通報が入りました」
秋月は立ち上がった。
刀根もすぐに上着を掴む。
「行くぞ」
秋月は短く言い、フロアの灯りを背に歩き出した。
悔しさを抱えたまま。
それでも確かに前へ。
「さぁ、いこう」
三人の足音が、夜の署内に響いた。




