「これ」 矢崎
◆異世界コード『NGY1180』
*「それ」世界
*田島・亜実がいる側の平行世界
◆異世界コード『NGY1150』
*「これ」世界
*矢崎・望美がいる側の平行世界
少年矢崎は、両親が久々の買い物で出かけ、弟が惰眠を貪っている時を狙い、客間の押入で軍刀を探す。家宝の軍刀は細長い桐箱に大切にしまわれていた。箱はそのままにしておき、鞘に収まった軍刀を自室へ持ち帰った。
軍刀の隠し場所は剣道の竹刀袋が選ばれた。竹刀はクローゼット奥の隅に立てかけ、軍刀はその竹刀袋へしまう。そして、それを元の位置に立てかける。袋の外からは普段と変わらず見える。彼の母が自室で掃除機をかけていてもまず気づかない。
「練習するか」
彼はそう言うと、クローゼットから竹刀を持ち出し、自宅の裏庭で素振りを繰り返す。剣道は軍事教練で受験科目じゃないが、両親は彼が勉強の合間に運動していると捉えた。彼が自身や家族を守るために鍛えているとは当時思わなかったらしい。もうじき現地警察が、自宅を襲った奇妙な連中(望美たち)を捕まえてくれると信じていたのだろう……。
平和ボケとは異なる意味合いで、現地人は自国の政府や警察を高く信頼している。現地警察の「捜査は順調に進んでいる」という言葉を無批判に聞き入れた次第だ。実際は圧力により進められていない。監視カメラやNシステムによるリレー捜査が許可されていれば、現地警察は望美たちを逮捕できたと思われる。彼らは警官二人を失っている経緯もあるのだから、圧力に屈せず動けば良かった。と、外部の我々は評することができる。さらに、望美たちが武力憲兵隊とやり合う展開も起きなかったはずと、無責任に考えるわけだ。
――あの七月十七日の早朝も、矢崎は竹刀で素振りしていた。張りこんでいた奴いわく、同年代の子供にしては悪い腕じゃないとの評価。自衛そのものは悪くなく、事後にそいつは矢崎を責める発言はしなかった。「不運にも、努力が結果に繋がらなかった」という話だ。さまざまな偶然が重なり、死にも至った人間は数多いる。そう、あの日はその類の不運が、矢崎宅で何度も生じてしまった。
自宅にいる間は、その軍刀がお守りだった。NGY1150の日本(大日本帝国)も、帯刀して登下校できる環境じゃない。さすがに銃刀法的な法律がある。小学校や塾の行き帰りやそれらにいる間は、基本丸腰で身を守らなければならない。
そこで矢崎は頭を捻った。受験勉強を一旦停止するほど、当時の彼自身には大きな悩みだったというわけだ。アルファ世代の子供には、ゆとり世代やZ世代のそれよりも安定重視の傾向があるらしく、安心安全の日常生活を守りたい気持ちのあらわれだ(コロナ禍の悪影響も含まれるだろう)。
彼はつばが大きい野球帽(中野からの借り物)を被り、屋外でもマスクを着ける対策から始めた。それから中野に協力してもらい、集団登下校一行の近くを歩くことを心がける。低学年の子供と一緒に歩くのはさぞ恥ずかしかっただろうが、大人からの見守りが自然と強まるし、いわゆる「人間の盾」効果もある。平和や治安はタダじゃない。そして、目立つ名札は校則ギリギリの見えにくい位置に装着した。
塾の行き来の際は、遠回りになってでも人通りの多い道を選んだ。必然的に車の行き交いも増えるが、不審者に撃ち殺されるリスクよりはマシという選択だ。人の目や監視カメラが多い道をあえて選ぶ行動していれば、不審者側が諦めてくれるかもしれない希望すら抱いていた。
……繰り返しで恐縮だが、責任感豊かな少年矢崎の努力は成就しなかった。以上は意味のない努力だ。自殺者数が増加傾向にあるアルファ世代の子供という点を考慮すれば、必死の努力と悲惨な結果に苦しみ、彼が自殺しても不自然じゃない。現時点はそうなっていないにしても。
任務を遂げるまでに望美たちは、監視カメラの録画も含め、指紋や血液などのあらゆる証拠や痕跡を残してきた。逮捕できれば間違いなく有罪一直線になる数だ。しかし、現地警察の捜査はオリジンにおよばない。いくら少年矢崎や武力憲兵隊のヤツらが「異世界から来た連中が犯人だ」と主張したところで、社会は「戯言」扱いで済ませる。現地警察や現地政府は、主張が戯言じゃない事実を把握しつつも認めない。望美たちの働きぶりもあり、ただでさえ凄惨な事後に直面している。現地日本人からすれば稀に見る大きさの凶悪事件だが、オリジンからすれば「お手数なご迷惑」だ。望美の部下一人が死に、別の部下一人が逮捕されるオチになった。
「311の時、どこで何していた?」のような話になるが、あの七月十七日のあの時、矢崎は一応普通の小学生として過ごせていた。夏休み前の終業式を翌々日に控えた月曜日の一時間目。授業の算数で分数の割り算を学んでいた時だ。パッと見たところでは、他の小学六年生のクラスメイトと変わらない子供だ。後頭部にマイクロマシンが埋めこまれているようには見えない。
彼の様子が変わったのは、窓外から爆発音が聞こえてきた時。中野も含め他のクラスメイトもそれなりに驚いたが、彼の場合は心中引きずった具合だ。
爆発音は学校の外側から聞こえてきた。少し離れた距離のため、爆風の直撃はなく、窓がガタッと一瞬揺れた程度。爆薬が爆発した音とわからず、直下型地震の地鳴りだと勘違いした子供もいた。
「今年の旧正月はとっくに終わったよな?」
クラスメイトの一人が呟ぶ。そいつは植民地出身の不良が爆竹を鳴らしたと勘違いしたらしい。
担任の男性教師は、黒板の前から窓のそばに寄り、窓外の様子を伺う。セミの羽音や、校庭の向こう側からプールの喧騒が聞こえるぐらいで、教室から見た範囲では火災や煙は見えない。男性教師はたいした出来事じゃないと捉え、算数の授業を再開する。彼はその爆発音が爆薬によるものである点は把握しながらも、どこかで軍事演習か解体工事が行なわれたと考えた。夏休みを三日後に控え、教室の雰囲気が自然と緩み、授業そのものが詰めに入っていた関係もあるのだろう。
また結果論だが、その時教室にいた少年矢崎が何かしら行動(中野へラインを送るとか、保健室へ行くとか)を取っていれば、一連の死傷者が減ったかもな。




