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「それ」 亜実

 東京方面の某国道で、亜実は車を走らせている。渋滞情報は無く、東北自動車道を経て首都高速へ入れば、田島宅がある八王子まで時間はかからなさそうだ。ETCは何も知らずにバーを開くだけ。

 ナンバープレート交換したてのプリウスに乗る直前、彼女は部下四人へ指示を出していた。マイクロマシン回収の決行を、あらためて周知するためだ。安心安全のため、シグナルのグループチャットを使っている。

 高い秘匿性を誇るそのアプリは、亜実たちエージェントのような人員を異世界(それなりに発展した)へ送り込む際には重宝される。「偽造された本物の身分証」も含め、安心やセキュリティは大事だ。「絶対安全です」という無責任な保証はできないにしても、やるべき事はやっておく。クソマシンの除去だってその一つだ。


 首都高速に入る亜実のプリウス。ETC機器が通行料(必要経費になるはず)を告げた数分後、亜実の左太ももに小さな振動が走った。スマホのバイブレーションだ。連続する振動が、着信通知である事を示している。

「…………」

亜実は付近にパトカーやそれっぽい覆面パトカーがいない点を確かめ、車を走行車線へ移す。そして、左手を左足の下へ突っこむ。左太ももと座席シートの間にスマホを潜ませていた。悲しいかな、忙しない現代の生活様式である。追越車線を駆け抜けていく日産のキャラバンでは、ドライバーがスマホへ目を配っていた。

「何ですか?」

シグナルで音声通話をかけてきた相手は、彼女の部下である久保だ。彼は声を潜ませながら、足早に歩いているようだ。

「状況が悪くなってます。現場に張り込みが四人います。一台二人じゃなくて二台四人です」

早口に三言告げた久保。

「……ハア、あなたが言っていた策はどうなりました?」

亜実はそう尋ねると、カーナビが示す到着予想時刻を一瞥した。それから、車の速度を法定速度以下に落とす。忍耐強くない後続車たちは追越車線へ移り、彼女の車を抜き去っていく。

「張り込んでる警官二人をその、豊川と安藤に気を逸らしてもらい、その隙に私とあなたと岡崎でターゲットへ向かう策だったんです。豊川と安藤にあのその、バカップルを演じてもらうっていう流れです」

「……バカップル、カップルですか。ありきたりかつ古臭いやり方ですが、逆に通用するかもしれませんね」

久保が示した策に、亜実は感心半分呆れ半分だった。

 田島宅が入るマンション付近で張り込む警官が一組から二組になった今、彼の策はそのままでは通じないだろう。どちらか一組の気を引けても別の一組が張り込みを続けるし、応援の警官を呼ばれかねない。

「この策にその、策にプラスアルファで対応できると思うんです。それに警官とはいえ、一丁前の刑事たちが相手ですし」

「……何それ? そこにいるのはお巡りさんじゃないって事ですか?」

亜実の眉間にシワが一本走る。それは久保が「あの、言いませんでしたか?」と言った瞬間、二本に増えた……。

「毎日何度も監視カメラ越しに見てたんです。トヨタのアリオンに、交替で二人乗っていました。けど違和感があったんで、少し、いや十分離れた所から目視でその、確かめてみたんです」

「ちょっと! バレてないですよね?」

眉間のシワは今や三本で、口調は少々乱れている。彼女は立場上、部下の勝手な行動に叱るしかない。良い結果に結びついたとしても、一応叱るべきだろう。

「そこは大丈夫、大丈夫ですって。あの、少し、そのまま少し待ってください」

久保がそう言った直後、マイクが布で擦れる音が聞こえてくる。スマホをズボンのポケットにしまったらしい。摩擦音と足音が続く中、呼び込み君のあの曲が割り込んで聞こえる点から、久保がスーパーかどこかへ入ったと推測できた。尾行はされていなかったが、念のためだろう。

 亜実は深呼吸を繰り返しつつ、車を走らせ続ける。走行車線で法定速度ギリギリを維持している。運転中に電話している(非ハンズフリー通話)時点で危ないのだ。もし交通事故や交通違反がバレた場合、少なくとも今日は任務どころじゃなくなる。

「もう一組は私がやれば済む話か」

亜実は呟いた。スマホをしまっているため、久保には聞こえていない。安直な解決策に彼は反論するかもしれないが、彼女の内では確定事項だ。

 呼び込み君の歌声は止み、反響した足音が聞こえてくる。久保は人気ひとけの無い階段で通話を再開する気らしい。彼の響く足音と摩擦音以外には何も聞こえない。悪くない判断だ。

 彼や亜実が活動する世界の日本も少子高齢化が問題だが、その判断に限れば、都合がいい話だった。

「お待たせしました」

念のための潜め声で、久保が亜実に言う。対する彼女は、「グループ通話に切り替えます」とだけ言い、通話を打ち切った。




「俺たちに限った話じゃないけどな、仕事はどこも地道なものだ。結果目当てに焦ってもしょうがない」

「しかし、結果が少しも見えてきません。ここで張り込めば張り込むだけそれが、ホシが逃げていきますよ!」

「だから焦るなって。現実は結果がすべてと思いたい気持ちはわかる。しかし、実際にできる事は努力の積み重ねだ。俺を説得できたとしても上が許さない。……それぐらいは自覚できてるだろ?」

そのやり取りは覆面パトカーで起きていた。亜実やその部下の車内じゃない。補足するとそれはトヨタ車じゃなく、スズキのスイフトだ。

 中年男性の刑事が助手席に、若い男性刑事が運転席に腰を据えている。メーターパネル上の小さなデジタル時計は、亜実と久保が通話を終えてから一時間半ほど経った事を示している。


 田島宅や柏崎宅が入るマンション付近には、覆面パトカーが二台張り込んでいた。現地警察(たぶん警視庁本部から来た)の刑事部捜査ナントカの刑事四人が二台に分かれ、少女柏崎と少年田島の「お守り」中だった。

 二台目の覆面パトカーであるスイフトおよび刑事二人を、久保が付近の別の場所で発見できたのは幸いだ。しかし、監視カメラに頼った彼に落ち度はあり、勝手な行動も叱られるべきだ。彼自身が二台目の存在に気づき、それを亜実に報告できたとはいえ。

 二台目の存在を久保が察せた理由は、一台目の車種にあった。その覆面パトカーはトヨタのアリオンで、覆面パトカーとして多用される車種だ。高速道路を使う多くのドライバー(ゴールド免許以外も含む)は覆面パトカーだと推測し、アクセルペダルから足を一旦離す。それが走行車線を法定速度内で走っていれば、ほぼ確実に覆面だ。気づかぬ者やバカ者は、そのまま速度を維持するか煽ってしまう。そして、あの赤色灯とサイレンを見聞きした途端、自身の不幸を悟る……。

 その辺の話はさておき、覆面パトカーとして多用される車種だった事が、久保をやがて悟らせた。「あまりにもわかりやすい」という具合で、彼に疑念を抱かせたのだ。張り込みは一台だけじゃないと。

 彼は無謀なりにも、現地マンション付近を平然と歩き、二台目ことスイフトの発見する。そして、すぐさま亜実に報告した。結果は別として、それは賢明な判断だ。


「結果は積み重ねだ。古臭く思えるだろうが、今は努力を信じろ」

「信じろと言われても、私は信じるしかないですよね?」

「まあ、それはそうだ。……しょうがない、そこは認めるよ。お前が俺んところに達するか越えたら、もっと古臭い上の連中に言ってみせろ」

スイフトの刑事二人組は話を続けている。彼らは刑事ドラマにありがちな組み合わせで笑えるが、彼らや亜実たちは一笑できる立場じゃない。

 言うまでもなく張り込みは、一定の集中力を維持し緊張感に耐えねばならない仕事だ。しかも、小型車なりの狭い空間で間が持たない状態はさぞ困るはず。そのため彼らは、堂々巡りな話題を続けていた。

 二人とも丁寧に着こなしているものの、ワイシャツに走るシワはごまかせていない。スラックスには汗が隅々まで染み込んでおり、連日の苦労を醸していた。

 今の会話にタイトルを付けるなら、「社会における努力と結果の現実。官僚主義を添えて」でいいだろう。努力した彼らへの労いである。

「それだと、一体いつになるんでしょうね……」

「少なくとも、このキープ(張り込み)を終えてからだ」

苦々しいやり取りを続ける二人だったが、ついにそれは終わる。

「……アレ、怪しくないですか?」

若いほうが言った。彼の視線はシルバーのプリウスへ向けられている。運転しているのはアラサー女性だ。

「さっきも言ったが、プリウスなんてあちこち走ってる。一台一台気にしてたら、じきに神経やられるぞ」

中年のほうは一瞥しただけ。……結果的に、その怠りが敗因だろう。彼らは事実、今日だけでプリウスは十台以上も目にしていた。通りがかる一台を一々職質していれば、その住宅街の狭い車道は渋滞してしまう。それから、付近の暇な住民が署へクレームを入れ、二人には面倒な書類仕事がさらに課せられる……。

「銀だし歳も」

若い刑事はそう言いながらも黙り込む。結局、若いほうも「触らぬ神に祟りなし」の色に染まりつつあったんだろう。

 シルバーのプリウスは何事もなく、スイフトとすれ違う。片側一車線の狭苦しい車道は、地方都市の住宅街のそれと変わらない静けさを保っていた。

 お察しの通り、そのプリウスを運転するのは亜実だ。その刑事二人組を見つけた際の久保は平常心を欠いたが、彼女の場合は違う。平常通りの澄まし顔をキープしている。たとえ職質されても、首都高速で晒したような口調でなく、ハッキリとしたそれで応じたはず。彼女が職質に応じたらの話だが。


 ……亜実がプリウスを突如バックさせた時、その刑事二人組は素早く行動できなかった。若いほうはホルスターからピストルを抜くところまで進められたが、そこで事切れる。中年のほうは自身の慢心を恨んだところで。

 その二人組に亜実が使ったマシンピストルの銃弾は、マガジン一つと半分という。三十発近くの銃弾を浴びた二人とスズキ車にかける言葉はなく、必要もない。努力至上主義者は「努力不足だ」となじるだろうが……。

 現実が起きただけ。どんな結果であれ、それは情け容赦なくつきまとう。

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