「それ」 田島
誕プレや徴兵制を話していた日から次の金曜日。田島と矢崎は飽きずにまた交信を始める。二人は交差点角のガードレールにもたれかかっていた。
今夜もその交差点は寂しい。どちらの世界でも車や人の通りは少なく、塾帰りにワイヤレス通話中の小学生を気に留める者はいない。狭苦しい住宅街に位置しているにも関わらず、無関係な他人に無関心でいられる点は東京らしい。
「今日は元気なさそうだね。テストで悪い点取った?」
田島は矢崎に尋ねた。二人ともあくまでも他人同士でいてほしかったが、今さら無理な話ではある。
「いいや、そうじゃない。……お前の世界の事で、親と一悶着あったんだ」
「ええっ? とうとうバレちゃった?」
田島はたまげた後、周りを見回す。歩道の向こうから男性会社員が歩いてくるのが見えたが、スマホに夢中で声は聞こえていない。
「そこまでは大丈夫だ。……なんというか、歴史や文化による差は想像以上に大きいぞ。半分は同じ母親なのに、中身はまるで別物なんだ。見た目や性格は似ていても、価値観がまるで違う!」
矢崎は言い切るなり、「お前からすると、俺の母はおかしく思えるだろうな」と小声でこぼした。田島は聞こえなかったフリをしつつ、自分のと同じ母親が何を口走ったのかを思い描く。
これまで得られた矢崎の発言から、彼側の日本が別方向へ傾いている事情ぐらい、田島はすっかり把握できている。その上で実質同じな自分の母が、どのような調子で説教したのかを考えてみたのだった。一般的には空想や予想で済むが、二人は真実を互いに知ることができる。いや、できてしまうのだ……。
亜実や望美たちに任務を与えるより前の時点で、田島と矢崎の関係は濃くなっていた。性的な意味じゃなく友情だ。母親が同一人物という親近感はあるが、二人とも相手を友人として接している。
文字通り住む世界が違いながらも、相手のほうへ少しずつ歩み寄れていた。なぜか交信できる不可思議さすら、二人ともまるで忘れたかのよう。
更新できてしまう事が大きな問題にも関わらず。
二人とも周囲に、平行世界の自らと話せる事を明かしていない。賢明だが、怪しまれるのは時間の問題だ。金曜の夜、住宅街の交差点で小学生がほぼ毎週佇んでいれば、いずれ注意を引く。他人に無関心な東京とはいえ、警官や補導員はそうもいかない。家族に連絡が行き、問い詰められる流れだ。
そうなれば自白するしかない。あの交差点で一人何していたのかを語ってみるのだ。
……二人には気の毒だが、正答や正論は家族へもあまり通用しない。十中八九、怒りや哀れみで返されるだけ。そして、交信なんて悪ふざけをやめ、今は勉学に励めと命じられる。それでもあの二人なら、交信できると言い張るかもしれない。
しかし、小学生にその事実を証明させるのは厳しい。さらに、ただちに示さねばならない。月額二十ドルのAI(ChatGPT-4)なら、模範解答を示せるかもしれないが。
心理カウンセラーや精神科医は耳を傾けてくれるだろうが、仕事としてに過ぎない。彼ら彼女らは話を一通り聞き終えるなり、いかにもな病名と処方箋を授けてくれる。私は発達障害者のため、精神のほうの知識は素人プラスアルファだが、二人とも統合失調症扱いされるだろう(バカにする気は決して無い)。そうなれば、正月に餅も食べられない所へ入院させられるか、肝臓の数字を悪くする薬を飲まされる。あるいは両方だ……。
また、家族より先に気づく者も現れうる。田島なら恋人柏崎で、矢崎なら親友中野によって。通う塾が違ったりする事情があるといえ、これまで交信がバレなかったのは運が良いだけ。
特にあの少女柏崎が、自分の彼氏が知らない奴(性別は関係なさそう)と秘かにやり取りする行動を許すわけない。もしかすると、七月のあの日(生理じゃなく、亜実たちがミスした日)がきっかけで悟られたかもしれない。
あの二人が交信できるという事実を、周囲も理解してしまう事態はよろしくない。意図しない形で、さらに多く情報共有されてしまう。機密漏洩と言っても大袈裟じゃない。
件のマイクロマシンの自己回収だが、我々は当初軽く考えていた。……しかし、そういられなくなる事案が起きてしまう。閲覧済みだろうが、我々の仲間が負傷した件だ。ややこしい話になるが、田島や矢崎がいる世界とはまた別の異世界で起きた事だ。
負傷した仲間は、文民部から派遣されていた女性職員(名前は失念した)で、突然の爆破テロで頭などに傷を負った。全治一ヶ月の軽傷(本人や家族が怒ったため、二週間から一ヶ月間に延ばしてやった)だが、もう悠長でいられない。
何しろそのテロで使われた肥料爆弾は、勝手な交信による情報共有で作られた、たいした代物だったからだ……。不幸中の幸いな点は、その事案を起こした二人が直後に死に、交信が露呈せずに済んだ事ぐらい。
さらなる被害を食い止めるべく、クソマシンの除去は必要不可欠だ。改めて考えても、あの二人に協力させる方法はリスクがある。下手に騒がれれば、現地の政府や人々と衝突してしまう。……最悪の場合、我々は二つの異世界を並行して鎮圧せねばならない。敗北はしないものの、人手や戦費がかさむ。
あの二人が交信した事実や記憶までは消せないが、ひとまず解決に至る。マシンの再取り付けは業者任せだ。一苦労するだろうが、我々の知ったことじゃない。
「あの、詳しく聞いてもいい?」
田島が恐る恐ると矢崎に尋ねる。彼は気負いしながらも好奇心から、矢崎側の母がどんな言葉を口走ったのかを知りたいのだ。
「後でお前が、自分の母に同じ質問をしてくれるなら話してやるよ。……どうする?」
矢崎は抜け目がない。とはいえ、田島が受け入れるとわかってのことだ。また、逆の立場なら自分は田島に尋ねているとも。
「ウン、今度教えるよ。テープ回していい?」
「それはやり過ぎ。とりあえず聞いてくれ」
矢崎は田島をたしなめると、一度咳払いした。リラックスするためのその所作は、中学受験の面接対策で学んだ方法らしい。まあ、そんなことはどうでもいい話だ。