第018話『ロリコン亭』
遅くなってすみません。
よろしくお願いします
此処は一寸先も見えない暗黒の空間。この空間がどれだけ広いのかも分からず、ただそこに存在しているのみ。
だがそんな空間の中に一つの気配が現れた。本来は強い気配を放っているのだろうが、現在は微々たる気配でしかない。
『ふざけんな! 何だ、アイツ』
彼は人の死を利用するのが好きだ。例えば死んだ人間の怨念を利用したりして、人を殺したりするのが。
ただ今回は失敗した。彼自身も気付くのが遅れ、危うく自身の魂も帰すところだった。
今回は死者の怨念を使い、死者を蘇らせる。そのうえ悪意のある加護を与える事で、その魂を乗っ取る。ここまでは完璧だ、ここまでは…………だ。
まさかあんなイレギュラーに出くわすとは。
イレギュラーといっても別に強いという訳ではない。『壁越え』したばかりだろう。
だがアイツは勘が良すぎる。剣を振るおうとすれば事前に動いて妨害し、攻撃を受け流そうとすれば、それを加味した上で攻撃を加えてくる。
『あ~、他の人にも言っておかないとな』
そしてその気配は、その場から消えた。
♦ ♦ ♦ ♦
「あぁ~、辛いのじゃ」
この魔術は消費する魔力がかなり多く、加えて元々魔術が得意じゃない種族なので、レナ自身の8割近くの魔力が一気に持ってかれた。
この場合に起きるのが、『魔力欠乏症』と言われるものだ。
まぁ、レナ自身に急激な魔力の回復するスキルを持っているので、この辛さはそこまで長くは続かないのだろう。
風が吹き、周囲の砂煙が辺りへと飛んでいった。
レナは亡者の生死を確認する為にその場に行ったのだが、そこには何もなかった。あるのは、地面に刻まれた巨大な一筋の剣筋。
「少し、やり過ぎた……………かのぅ」
だが、レナはしょうがないといった表情をしつつ、現実から目を逸らそうとした。実際はもう少し被害が出るはずなので、今回はかなり被害が少ない……………はずだ。
あと『気配感知』を行ったが周囲には目立った気配はないので、消し飛んだと思ってよいだろう。
一見落着ともいえる決着なのだが、レナはある事を思い出す。
「あれ? このままだと此方に誰かが来るんじゃないかのぅ」
その事実に気付いたレナは、少し顔色を悪くした。
この世界の支配層は、貴族や王族だ。そんな貴族の居所の近くでこんな戦いを繰り広げた訳だが、一般的にはすぐに処刑されてもおかしくない。
という事でレナはさっさと『ファースト』の中へと入る為に隠れながら向かう事にした。
♦ ♦ ♦ ♦
そんな訳でレナは、『ファースト』の中に入る為の門の近くに来た訳だが、そこで一つの問題点に直面する事になる。
あんな事をして、簡単に通過出来るのだろうか?
通過は出来るだろうが、かなり怪しまれるだろう。実際にそんなレベルの事をしたのだから。
まぁ、もう日が暮れかけていて、夜になろうとしているので、さっさと中に入っておきたい。だから普通に入るしかない。
中に入る為の門へと来た訳だが、そこで見張りをしている人に呼び止められた。
「嬢ちゃん。こんな時間にどうしたんだい?」
柔和な表情でそう話掛けられた。
レナは嘘の受け答えをするのか、正直に答えるかで迷った。
レティシア達が先に付いたので、何らかの抜け道は作ってくれたのだろう。レティシアは、そういう人だ。だからこそ下手な言い訳よりも、多少なりと暈しながら話した方が良いだろう。
「旅の仲間と途中で別れてしまっての。何か連絡は来てないかの?」
「その服装で、この喋り方。君がレナちゃんだね」
如何やら、ビンゴらしい。ならば、そこを掘り下げた方が良いだろう。
「そうじゃが、何かの?}
「いやついさっき……………
♦
『私が探しに行くんです!』
『いや、もうそろそろ門を完全に閉めますんで…………』
『あぁ、あの時はぐれなければ』
『え~と、此処に来たら通しますので、何か特徴を』
♦
……………という事がありまして」
「申し訳ないのぅ」
「本当にですよ。では、通行料として銀貨一枚を」
この通行料は一種の税金らしく、冒険者はこの税金は払わなくて良いらしい。払うのは、旅人や行商人の類らしい。
そんな訳でレナは銀貨を一枚払う。ただレナの財布が段々と軽くなってきて、その重さが心許なくなってきた。
「では、お気お付けて」
こうして何とか『ファースト』へと入る事に成功した。
「主、大丈夫でしたか?」
「大丈夫ぞよ」
こうしてレナとレティシアは抱き合い再会した訳だが、これは辻褄を合わせる為の行為に過ぎない。片が心配していたという事実が欲しいからだ。
ただ、そう思っているのはレナだけであって、レティシアは本当に心配していたのだ。
本当に生きていて良かったと。
話を戻すが、如何やら女の子が二人で抱き合った為、かなり周りの人達の視線を集める事になってしまった。
「おい、お前話し掛けてみろよ」
「はぁ!? お前が行けよ」
「小さい子、可愛いなぁ」
「……………ロリコンが居るぞ」
「ロリコンで何が悪い!」
そんな小さな話声も、レナの地獄耳は逃さない。
離れろと言わんばかりに背中を叩くが、レティシアは気付いていないようだ。ならばとレナは小声で「注目されているぞよ」と言ったところ、少し恥ずかしそうに離れてくれた。
ただレナとしては、もう少しこの胸の感触を味わいたいが、ここは自分に対して鬼となって諫めた。
「ごほん。それで何処までやっておいてくれたかの?」
「え~と、『蜃気楼』という宿は取っておきました」
その言葉にレナは、「ようやった」といわんばかりに指を鳴らし、宿へと向かおうとする。対してレティシアは、そんな光景に幸福感を感じつつ、その後に付いていく事にした。
閑話休題
「今更じゃが、この町は文明レベルが高いのぅ」
「そうですね、幾つか見慣れない物が在りますし……………」
レナにとっての元の世界からしてみれば、この世界はあんまり文明が進んでいないように見えるだろう。
しかし、此処には明らかに文明が進み過ぎている物が幾つか見える。
例えば、あの明かりだ。まだガス灯だったら分かるが、あれは火ではなく光だ。直に燃やしているわけではない。
その他にも色々とあるが、一部だけ文明が進んでいるという事だ。
そんな珍しそうに見ている二人に、客寄せをしていた男が話掛けてきた。
「お嬢ちゃん達、この町に今来たばかりか?」
「そうじゃ」
「私はほんの少し前です」
その二人の返答に男は、つまらない仕事の息抜きになりそうだ、といった表情をしていた。
「あれを知っているか?」
そう男が指を指したのは、先ほどレナ達が話ていた街灯だ。
「知らないぞよ」
「あれはなぁ、『魔力灯』っていうんだ」
「魔力でもエネルギー源にしているのかの?」
「知っているじゃねーか。まぁいい、実はあれを作ったのは、此処の領主様なんだぜ」
その言葉にレナの瞳が、少しだけ大きく開かれた。ただ凄いと思った訳ではなく、予想外な出来事に遭った感じだ。
レナの知っているメルキアは作戦の立案は得意としていたが、何かを作成するなどの事は得意ではなかったはずだ。
(もしかしたら別人かものぅ)
そんな考えをレナは、頭の片隅に置いておいた。
そんな時、いきなり黙ったレナを心配に思って、レティシアが話し掛けてきた。
「何かありましたか?」
「大丈夫じゃ」
そんな中で客寄せをしていた男が仕事の事を思い出し、こちらに向けてセールスを始めた。
「今なら此方の宿が10%引きだけどどうかな?」
「もう宿を取ってありますので」
「……………という訳ですまんのぅ」
客寄せの男は残念だと言いつつ、再度客寄せを始めた。
そしてレナ達は自分達の宿へと足を進め始めた。
これは余談だが、丁度その近くに居た男の知人がその出来事を羨ましく思い、その知人が他の人達に話し、その宿の別名が『ロリコン亭』となるのは、まだ先の話。
ありがとうございました。