76話 セブラン寺院にて
セヴラン寺院
かつて帝都ディバタールがディバと呼ばれていた遥か昔、この地に立っていた教会であったとされる由緒正しい寺院……と言われているが、実際は移転や老朽化や火災等々で修復や増築がなされ、当時の原型は最早司祭室の床ぐらいしかないとまで言われているが、まぁディバタールでも古い建造物と知られている寺院の一つ。
そこの中央礼拝場に、マウテリッツは居た。
既に夕刻。昼間は礼拝や観光の人間で多いこの寺院であるが、今は雨が止んで久しいが、既に人はまばらで、護衛もマーティアスを含めた5人しかいない。
その護衛もマーティアス以外は気づかれないように距離を取っている為、傍から見れば『しがない貴族様が護衛を連れて教会で暇している』様にしか見えない。丁度マウテリッツの方針上、派手な鎧や服装はしない主義なので尚更そう見えるのである。
最も、密談である以上、大抵はこういうスタイルになる。
カツンカツンと音が響く。
見ると一人の男、服装は僧侶らしかったが、足を引き摺るような仕草で、杖を付いて歩行していた。
「《バルカネアの色男》様でございましょうか」
その男はマウテリッツの処へ行き、確かにそう言った。
「そういうお前は《三角チーズ》か?」
マウテリッツはちらりと男を見て、つまらないように言葉を吐き出す。
「ええ、そうなりますね。おかしな名前でしょう? どうにか変えたいと思っているのですが、中々変えさせて頂けなくて……」
そう言って苦笑してみせる三角チーズと言われた男。
「さ、ここで話をするのも何ですし、奥へ。今夜は《リュヌも綺麗ですよ》」
男はわざとらしく、古い言い回しである月を意味する言葉を発した。
その言葉に、マウテリッツは男を再び見る。
「《俺はエトワールを見に来ただけだ》。つーか俺は男と月だの星だの見る趣味はねぇんだよ馬鹿野郎」
そう面倒くさそうに言ってのけるマウテリッツ。どうやら一連の会話は暗号らしかった。
リュヌが月。エトワールが星である。
「それは残念です。改めまして私はシリウス。シリウス・モーリース・デ・ペリゴーレ=ラーレタンでございます。ささ、こちらへどうぞ。護衛の方もどうぞ」
そう言って再び案内をし、マウテリッツ達は案内に従い、奥の部屋へと入っていく。
「それで。システィーナの人間が呼び出しておいて遅くなるなんて。お前がマルジョリーじゃないって事も含めて相当荒れているようだな? 向こうは」
密談用として使われている奥の部屋。表向きは普通の客室だが、窓は天井にしかなく、壁も分厚く作られており誰かに聞かれる事はない。ここに防音の魔法(風の魔法を応用すれば容易)をすれば外部から会話を聞かれる恐れはなくなる。
マウテリッツはそんな部屋で、シリウスに尋ねた。
「ええ、事態は既にガウンデン枢軸卿の制御下に入りつつあります。暗殺はもはやシスティーナにおいては最も多用される免職方法となっております」
「それで、マルジョリーは?」
まさか死んでるんじゃねえだろうな。と小声で言う。
「ご安心を。彼女様は早期にガウンデン陣営に下っております。少なくとも去年の収穫と篝火の日には密会しているのを私が見ております」
やはり警戒すべきだった。とシリウスは零す。
「随分と旗色が悪いな。それでノコノコ俺に頭下げて助けて下さい。ってか」
マウテリッツの言葉には怒りすら含んでいた。
「……貴方と我々放任派には、埋める事ができない深い溝があるのは承知しています。
……今は亡きコルシャーズ様により、当時付き合っていたマルジョリー様を……」
「おい!俺の前でその話をするんじゃねぇ!!」
シリウスの発言を遮るように叫ぶマウテリッツ。明らかに感情を荒らげている。
「失礼ッ。……とにかく、我々放任派と確執のある貴方様にとって、最早我々の頼みなど聞きたくはないのは十分理解できます」
「ふんッ。だったら帰るぞ俺は」
そう悪態を付くマウテリッツ。
「お待ちください。しかし、貴方様が我々を嫌うと同時に、ガウンデン枢軸卿もまた貴方様を嫌っているのですッ」
この言葉に、マウテリッツの表情が変わる。
「待て。俺はガウンデンとかいう奴の怒りを買った覚えはないぞ」
意外そうな顔をして答えるマウテリッツ。
そう、あれは学生の頃、当時70を超えていたコルシャーズとかいうジジイに、昔の女であるマルジョリー(当時13)が手籠めにされて以来、俺はジジイの所属している放任派が大嫌いだと言うのに。そんな俺を嫌う伝統派の人間がいるだなんて信じられない!と言った具合である。
ちなみに最初は強請りネタの為だったが、中盤以降は金の払いが良かったり、教会からの仕事ですと言えばある程度の無茶が容認されたりと、ちゃっかりしっかり利点を授与しちゃったりとかしているのは内緒である。
「学園都市における一連の開発……そして蒸気機関。伝統派はこれらを貴方の指図で学生らに開発を行わせていると考えているようです」
「!!」
そうシリウスが告げた時、マウテリッツは驚く。
「蒸気機関って……ありゃヨハンの奴の遺産だかなんだかに書いてあった火薬の爆風だかで動く変な機械を、お湯沸かせてその湯気で動かす機械だぞ?
それに用途は鉱山の水を抜くための水くみ取り器で、燃費がクソで燃料の木や石炭の購入費が馬鹿にならねぇから炭鉱にしか使えないわ、使っても掘った半分使うとかいうゴミみてえな奴で、しょせん学者気取りのボンボンのガキが考えた玩具だなっていう、あんなのが蒸気機関だってか!!?」
「それが蒸気機関です!」
「え、俺の知ってる蒸気機関と違う……」
「よく言われるんです。神話に書かれている蒸気機関とは違うって……」
一応、定義は湯気で機械を動かすのであって、その利便性や使い勝手は問われてないのだが、どうも皆利便性が高くて使い勝手が良いものを蒸気機関だと思ってるらしくて……と続けた。
ちなみにその学生らの顧問がクリスティアナなのだが、彼女いわく「今は改良の結果燃費は採掘された石炭の3分の1になって、作業効率と採掘量が上がって4分の1になってる」との事である。
「まぁ私としては、貴方の指図というより、貴方御婚約者であるオドレイ様の意思であると思いますが」
「ッ。会った事があるのか?」
シリウスの言葉に反応するマウテリッツ。
「ええ、以前の奴隷制度廃止運動の際に、サロンでお会いした事があります。大変聡明なお方でした」
「そうだろう。俺のオドレイは賢いんだよ」
自慢をしだすマウテリッツ。その様はちょっと賢くないように見える。
「フフッ。自分でいうのもアレですが、私は女を見る目は皇国1を自負してますからね……私の見立てではいずれ彼女は……貴方様に匹敵する存在になるでしょうね。良くも悪くも」
「……ほう」
最後の良くも悪くも。というシリウスの鋭い目つきに、マウテリッツも目を細くする。
「まぁ私は何歳でもいいのですが、できれば歳行ってる方が好みですけど」
「誰もおめぇの好みは聞いてねぇよッッ馬鹿ッ」
怒りのマークがついてそうなマウテリッツ。
だが、ふいにドアがノックされる。
失礼しますッと慌てた声もしている。
「なんだ」
「寺院の近くで修復用の櫓が倒壊して、騒ぎになっていますッ」
入ってきたマーティアスはそう報告した。あとシリウスの部下と思われる者も一緒である。
ここセヴラン寺院のある区画は古い区画なので、あちらこちらで修復が行われており、当然あちらこちらで修復用の櫓が作られ、壁や窓の修復を行っていたりするので、それ自体は大して問題ではなかった。
「ただの事故だろう。気にする程じゃねぇだろ」
「それが、転がった塗料の容器に篝火が当たったらしく、火事になっています」
そう報告するや否や、煙の匂いが入ってくる。
遠くで火事を告げる鐘も聞こえてくる。
「シリウス様、これはやはり……!」
「……早すぎると思いますが、それも視野に入れるべきですね」
部下とシリウスはなにやら怪しげな会話をしている。
「なんだ? システィーナの刺客って奴か?」
「そんなところです、マウテリッツ様お連れの護衛は?」
「こいつを含めて5人だ」
「少なすぎる。もしこれが刺客の襲撃なら一溜りもない。脱出しましょう」
シリウスはそう言って立ち上がり、部屋の装飾品を探り始めた。
「それが連中の狙いかも知れんぞ。ってなにしてんだお前」
騒ぎを起こして脱出したところを襲う、自分ならそうする。と考えたが、シリウスが部屋の暖炉や装飾品を叩いたり引っ張ったりする奇行をしだすので流石にツッコミを入れる。
「確か……隠し扉を出す仕掛けがここにあった気が……」
「覚えてねぇのかよっ」
「私だってここに来たのは数回ぐらいしかありませんし、伝え聞いたものなので確信があって言ってる訳では……あっこれか」
そう言って部下の助けも借りて、隠し扉のギミックを発動する。どうやら本棚に仕掛けがあったらしい。
「さ、これで逃げましょう」
「お、おう」
こうして二人とその連れは寺院を後にした……。
だがこれこそが襲撃者の狙いであったのだ……。
つづく。
つまりマウテリッツはネトラレ被害者だったんだよ!!!
ということで次回は一週間後です。




