recorrect 6
部屋の中には、ディティールがいすに腰掛けている。
……まるでいつかの、メークインのように。
この部屋だけは改造されてないようだ。……本棚や、ガラクタがそのまま散らばっている。
メアリィは両手を縛られ、ディティールの隣の椅子に拘束されていた。
……この距離からでは、生死に確信は、もてない。
「彼女は生きているよ」
俺の考えを見透かしたように、ディティールは言った。
「さすがラストリアス。僕の魔法が貫いたと同時に、自動的に蘇生魔法が発動した。
一命を取り留めてーーそれでも僕に歯向かうから、今は仮死状態になってるけど」
「レノ、頼む」
「任せてください!」
レノが杖をかかげ、その先から白い光が放たれる。
……光はメアリィの全身を包んでいく。
「無駄……ではないのか。
空魔法の使い手か。僕の苦手なタイプだ。確かに彼女なら、メアリィを治癒することができるかもしれない」
「……お前、何を考えてる?」
ディティールは椅子から立ち上がり。
確かな殺意を持って、こちらをにらみつける。
「足りなかった。……魔石を揃えたはずだったんだ。魔力も十分にある。魔人になる条件はそろったはずだった。
それだけじゃ不十分だった。魔法の基本は思うこと。人を捨てるほどの感情が、僕を魔人に昇華させるはずだった。
けどメアリィを殺すことで生まれた君の情念は、君自身が使い果たしてしまった」
「お陰様でな」
「だから今度は。
メアリィの目の前で君を殺す。そして生まれたメアリィの情念で、僕は完全な魔人になる!」
「誰がだまって殺されるか!」
ディティールは指先をこちらへと向ける。その先から、目にも止まらぬ速さで光が打ち出される。
「御鏡!」
俺は両手でその魔法を受け止める。
ずきっ。
俺の生み出した魔法が砕け。
俺の全身に痛みが走る。
『もう、あまり魔法を使うな』
かつての、師匠の言葉が思い起こされる。
『お前には、魔法の才能がない』
「どうした! 前あった威勢はどこにいった!」
「エグスプロージョン!」
俺の生み出した爆発はーーけれど、ディティールにまで届かずに消えてしまう。
「ディストリビューション!」
「効くか! 砕け散れ!」
「エアリアル!」
「堕ちろ! 」
「ディアボロス!」
俺の放った魔法はことごとく防がれ、躱され。
……。
ずきずきと、全身の痛みが増していく。
「エグスプロージョン!」
となえたのは、ディティールだった。
俺は炎の渦に飲み込まれ。
灼熱の中でもがきながら、ディティールの笑い声を聞く。
「イヅルさま! 終わりました!」
「目覚めよ!(テレプト)」
俺は。
かつての懐かしい声で。
全身を、光に包まれ。
……。
顔をあげる。
まるで、妖精のようだな、と思ったのだ。
溶けそうなほどに細い髪。
さわれば崩れそうな、白い肌。
それでも人懐っこくて。
……たまに意地悪で。
それで。
「行くぞ」
俺の呼びかけに。
メアリィは頷いた。
伝えたい気持ちも。
発したい言葉も。
とりあえず後回しだ。
今は先に、この邪魔者を排除しなければならない。
「エグスプロージョン!」
「無駄だ!」
俺の魔法は、今度はディティールの近くで爆発を起こすが。
それも、明確なダメージをあたえられない!
「精霊の加護!」
メアリィの放った魔法が、俺の全身を包んでいく。
……これは。
俺の体力ではなく、魔力を回復させているのか。
「足りない分は私が補います!」
「さっすが、頼りになるぜ!」
「エグスプロージョン!(連)」
俺の生み出した魔法式は、ディティールの手前から始まり。
まるで空間を食いつぶすように、爆発を連鎖させていく。
「くっ、ヒトカゲよ、焼き払え!」
「天候魔法・テンペスト!」
俺の生み出した落雷と暴風が、荒れ狂って、ディティールの生み出した魔法をかき消していく。
「くそ!」
「エグスプロージョン!」
「どうして、こんなやつに!」
ディティールの両腕は焼けただれ。
その顔は驚愕に包まれている。
「魔法の基本は思う(信じる)こと。
たとえどんなに巨大な魔力があったって。
何も信じれないお前じゃ、勝目なんてなかったよ」
「ディアボロス」
俺の生み出した光線が。
ディティールの頭を打ち抜いた。
……。
終わった、か。
……。
とん、と背中に何かがふれる。
俺がふりむくと。
ほおを膨らませたメアリィが立って--、いや、すぐに俺の胸元に飛び込んできた。
「どうしてですか!」
「あぁ、悪い。ごめんな」
「そうじゃなくて!」
「いや、その、ほんとにすまん……その……」
メアリィは顔を上げた。
……涙で、ぐちゃぐちゃにしながら。
「そうじゃないんです。
どうして急に居なくなったりしたんですか!
本当のことを知ったら私が嫌いになると思ったんですか?
居なくならないって、約束したじゃないですか」
『俺が、兄代わりになるよ』
……そういえば。
確かに、そんな約束をした気がする。
「ずっと探して。見つからなくて。行方不明で。
帰ってきたと思ったら、お兄様だったけど……あなたではなかった。
もう居なくならないでください。ずっとここに居てください」
俺はメアリィの頭を優しく撫でて。
「そうだな、」
けどそれよりも先に、言わなければならないことがある。
好きだとか、そんなことじゃなくて。
俺は、メアリィに……。
どくん。
部屋全体が。
脈動をしたようだった。
どくん。どくん。
あたりを見回す。目立った変化はない。
けれど気のせいではないようだった。
メアリィも周囲の様子を伺っている。
どくん、どくん。
……。
……ふるえている?
……これは。
……おびえている。
いったい、何に。
ばりばりばりばり!!!
何かが避けるような音がして。
ディティールの死体の中から、「異形」が顔をのぞかせている。
魔法の基本は思うこと。
ディティールは、魔人になるためにメアリィの情念を利用しようとした。
……それは、ディティール本人の無念であっても、同じことだってか。
ディティールが俺を殺しても。
俺がディティールを殺しても。
どっちにせよ、魔人が生まれるなんて。
なかなか用意周到なことしてくれるじゃねえか。
「やりましょう! まだ今のうちなら!」
「やめとけ」
俺はメアリィを静止して。
魔人のなりそこないに歩み寄る。
きっと俺はこいつに勝てないだろう。
「黒水晶」を持っていたから、戦えたのだ。
完成品のこいつに、かなう道理がない。
……。
……。
……いや、違うな。
もうメアリィを。
みんなを。
危険な目に合わせたくないんだ。
「お兄様! 何をしようとしているのです!」
「メアリィ! ありがとな!
この世界にこれて楽しかったぜ」
この世界にきて。
うまくいったことばかりじゃなかった。
喧嘩をして。
逃げて。
叱られて。
死にかけて。
……魔法を使えなくなって。
それでも戦って。
目的を果たすために。
きっと。
俺はこう、思うのだ。
魔力じゃない。
魔法なんかじゃない。
きっとそれが、人間の「強さ」なのだと。
「一番最初に言おうと思ってた言葉があったんだ。
メアリィ、ただいま!
帰ってきたよ! ここが俺の帰る場所だ。
お前が居る世界が。お前が居るこの家が!
俺の居場所で、俺のふるさとだ。俺はここに居ていいんだ!」
俺は身体に残された、わずかな魔力を練って。
必死に想像を働かせる。
魔法の基本は思うこと。
俺はこの化物を連れて、どこか別の世界に転移しよう。
それがきっと。
別の世界からやってきた、俺の役割なのだろう。
もう俺は、世界を呪ったりはしない。
悔しくて膝を折っても。
絶望に打ちひしがれても。
……何度も泣いて、何度誰かを泣かせても。
きっとそれは無駄じゃないって、思えるから。
きっとなんとかなるって、信じられるから。
だから最後の言葉(魔法)は決めてるんだ。
世界はすばらしい!(時空転移)
柔らかな光が。
俺を包んだ。
全身から力が抜けて。
いく。
やったよな。
俺は。
全部。
やりき。
った。
さ
。
Hello world.
それは新しい世界への、合言葉。