recorrect 5
頭上には月が細長く伸びている。遠くではコウモリかカラスか、気切れ慣れない生き物の声。……眼前に広がる屋敷は見知ったラストリアス家の建物のはずなのに――しばらく見ないうちに悪魔城になったというか。
「さて、準備はいいか」
俺は後ろを振り向き、ついてきた面々に声をかける。
師匠。それからレノ。しぶしぶながら、ヴァネッタ。
3人は3様にうなずいて、同意の意味を示してみせた。
「メアリィ様は屋敷の奥の……、元の旦那様の部屋にいるはずです」
レノは震える声で、そういった。
「私は建物の構造は詳しくないからな。せいぜい露払いをがんばるさ」
師匠は口元で、強気に笑顔を作ってみせる。
「本当はあんたの手伝いなんかイヤなんだけど……。
ま、災難だと思ってつきあってあげるわ」
ヴァネッタは最後まで憎まれ口である。
「よし、行くぞ」
俺は最初の扉を開ける。
○
一階の食堂は、だだっ広いホールに改造されていて。中央には青白く光る六芒星が描かれている。
俺たちが中に入ったことに反応したのか、六芒星がその輝きを増し――その中から、黒いモヤが人の形をなしていく。
モヤは緩慢な動きでこちらへと近づき――。
「危ない!」
俺は師匠に突き飛ばされた。
『エグスプロージョン』
黒いモヤは、確かにそう言った。
手の平に生み出された火の球は、モヤの言葉で瞬時にして膨れ上がり――圧倒的な熱量とともに爆発する!
俺はとっさに回避行動をとったが、頭上をすさまじい衝撃が過ぎ去ったのを感じる。
ヴァネッタは打ち所が悪かったのか、足をおさえ、うずくまっている。
モヤがそちらへ手をかかげ、
『ディア・ボロス』
「させないさ」
師匠が、持っていた杖で、その黒いモヤの右手を切り落とした。
「おいイヅル! 行け! こんなことに構ってる暇はないはずだ!」
「で、でも……」
「この魔法陣からおそらく無限に今のやつが生み出されるだろう。
恐らく、お前と同等のパワーを持った、化け物だ。本来なら魔法陣を解呪すればいいんだが、それは不得意でな。弟子の遊び相手ぐらいなら、努めてやるさ」
話している間にも、魔法陣の中央に人影が生み出されていく。
……今度は一体ではなく、五体同時に。
「無茶だ!」
「うるさい! 行け!
成し遂げることがあるんだろう! そのために戻ってきたんじゃないのか!
そのためだったらいくらでも力を貸してやる! 泣きついてきたら、叱りつけてやる!
それが私の仕事だ! 師匠としての務めだ!」
「「「「「エグスプロージョン」」」」」
五体のモヤが、それぞれに魔法を唱え始める。
「……すいません。頼らせてもらいます」
「なんてことないさ」
師匠は仮面を外して。
まっすぐに俺を見た。
……。
その素顔は、とても。
優しい顔をしていた。
「また会えたら、魔法の続きを教えてやるよ。
お前には基礎しか、教えてやれなかったから」
○
背後で響く爆発音。
俺はその音から逃げるように――目をそむけるようにして、階段を上っていく。
息を切らしながら、レノとヴァネッタもついてくる。
……ヴァネッタが文句を言わないのが、なんだか意外だが。
「……何よ」
俺の視線に気づいて、ヴァネッタが口をとがらせる。
「いや、おとなしいなーって思って」
「師匠のこと? あれは仕方ないんじゃない。
ここに居る誰よりも、適任だと思うし」
「でも、危険だ」
「危険??」
心底あきれた。
そんなジェスチャーを取って、ヴァネッタはおどけてみせた。
「あんた、あの人のことを見くびりすぎ。
本気出せばあんたの10人や20人、一瞬で倒せちゃうんだから」
「……だな。悪かった」
「でしょ? へっぽこの癖に自惚れないで」
そして俺らは、二つ目の扉にたどり着く。
中に居たのは。
赤黒い色をした、竜。
大きさはさほどでもないが――。
「リヴァイアス(古代種)の召喚?
ありえない……。たとえ無限の魔力があったとしても――」
ヴァネッタはうめくように、つぶやいた。
けれど。
目を閉じて、深呼吸をして。
何かを悟ったかのように。
「……少しだけ分かってきた。
運命? ……ううん、きっと違う。
これは役割。師匠と同じように……。
なら今度は、私の番なのね」
そして印を結ぶと、
「炎帝の導きにより、来たれ!」
おなじみの相棒を呼び出した。
「さあ! 早く行って!
こいつの遊び相手は、私がやるから!」
「みんなでかかれば……」
「そういう相手じゃないの。
リヴァイアスはすべての竜種の祖先で、その頂点に立つもの。
魔法という概念の外側に存在する、伝説級の竜だわ。
半端に消耗するより、あんたが先に行ってちょうだい!」
「お前……」
ヴァネッタはこちらを向いて――。
ペロッと舌を出して見せた。
「らしくない。間違ったみたいね。
あんたが居ると足手まといなの!
こんなやつ、私と私の相棒で片付けてやる。
だからさっさと、メアリィ様を助けなさい」
「……悪い、頼んだ!」
そして俺はレノの手を掴み、部屋をつっきり、さらに上を目指す。
○
ぜえぜえ。
はあはあ。
ぜえ。
俺らはおそらく最後になるであろう、階段を登っていた。
遠目に、扉がみえる。
「ねえ、イヅルさん」
ふと、レノが足を止めて。
こちらを見上げていた。
「どうしてそんなに一生懸命なんですか?
そんなにメアリィさまのことが好きなんですか?」
「す、好きって、お前……」
俺は不意をつかれ、慌てて首を振る。
けれど。
レノの視線は、あくまでまっすぐだ。
……だから、俺は誤魔化すのを、やめて。
「初めてだ。
……初めてだったんだ。
俺は元の世界が嫌で、逃げてきた。
世界を呪って、自分は悪くないって、この世界に来た。
そんな弱虫で、意気地なしで。へっぽこで、いいところのない。
この世界のことなんて何も知らない、素性も得体も知れない俺を。
迎えてくれたのが、あいつなんだ。
だから、メアリィにあって、俺は……」
パシン、と渇いた音。
続けて、左頬がやんわりと熱を帯びて。
俺はそこで自分が叩かれたのだと気づいた。
「もういいです! 十分すぎるくらい分かりました!」
「え? え?」
「もう! そういうことは本人に言ってあげてください!
信じられない!」
「ええ? そうか? そうかもしれないけど、レノが聞きたいっていうから」
「限度があります!」
そしてレノは。
俺に抱きついて。
痛む頬に、そっと柔らかな感触が当たった。
「ねえ1つだけ。
もし最初に会うのがメアリィ様じゃなくて、私だったら。
……ううん、そんな聞き方はずるいですね。イヅルさまは優しいから」
そしてレノは、目元をごしごしこすって。
「でも私は、いつ出会っても、イヅルさんのことが大好きですよ」
ニッコリと笑った。
「さあ、行きましょう!」
そして俺らは、最後の扉を開ける。




