recorrect 2
「さ、倒せ」
師匠が「それ」を指さした。
そこに居るのは、牛の頭がついた人型の異形。
……って言っても、3メートルはあろうかという、おそろしい大きさである。
「無茶です。死にます」
「ふむ」
化物は、手に持つ斧を振り下ろす。風を引き裂く凶器をーー。
師匠は片手で止めてみせた。
「どうやらお前には何の才能もなかったようだ。
魔法の才能然り。剣の才能然り。けれど、目的を果たすためには力が必要だという。
そして私に助力を求めた。ならば私ができることは何か?
……苦難だけだ。お前にしてやれることは、ただひたすら苦難を与えることだけ。
それを糧として力にするか、それとも押しつぶされて負け犬になるか、それはおまえの自由だ。
ただ、先に言っておきたいのはな、見込みのないやつに付き合うほど暇じゃないし、お人好しでもないってことさ」
がしゃりと、俺の前に剣が突き立てられる。
……それはいつしか、俺が洞窟から持ち帰った巨剣。
魔剣ベリアス。
それはかつてこの地を統べる者が、巨大な化物を一刀のもとに切り伏せたという、いわくつきの剣。
「……ったく、わかってますよ。
やればいいんでしょう。やりますよ、がんばりますよ。
死なない程度にね」
俺はその剣を手に。
……クソみたいに重いな。
「よっこらせ!」
両手で持ち上げ、不格好にも構えてみる。
……。
この剣で?
ろくに扱えもしない武器で。
渡り合わなきゃならない?
……。
ま、しかたない。
俺は剣をふりかぶり。
「いくぞ、ごらああああああああああああああ」
威勢良く飛び出した。
○
うーん。
……。
そうだな、例えるなら。
すごく喉が渇いていたんだ。だから俺は飲める水を探して、さまよっていた。
……するとどうだろう、キラキラきれいな水が流れるじゃないか!
だから俺は、喉の渇きに抗えずに、川に近づき、両手で水をすくった。
ああ、よかった、これで生き返れる……そんな風に思って。
「おい、起きろ!」
「は!」
師匠の声で、目が覚める。
……。
水は、どこだろう。ひどく喉が渇いた。
右往左往見回して、俺の探していたものが見つからない。
「吸血鬼か、お前は」
「の、喉が渇いただけです
人のこと吸血鬼だなんて、ぶしつけな」
「目が血走ってたぞ。
それに、あながち間違ってもいない」
師匠は透明な容器に入った、濃赤色の液体を示してみせる。
「擬似的に吸血鬼を作る試薬だ。ちょいとサンプルをもらったからな。お前に試させてもらった」
「ああ、なるほど。吸血鬼ね。そりゃしょうがない」
……。
……。
「ってなるか!
おかしいでしょ、そんなの」
「そうかぁ? 便利だし、好きだろ、お前そういうの」
「好きとか嫌いとかじゃないんです。何勝手に人を吸血鬼にしてるんですか!」
「闇とか黒とか、そういうのに憧れる年頃かなぁと思ってさ」
俺を中二病扱いしないでください。
「ま、それは冗談としても。
吸血鬼は、それなりにメリットもある。
お前の喉の渇きは、全身の裂傷を治すために、血が必要だからだ。
血液が余分にある限り、吸血鬼は不死だと言ってもいい。おまえの身体には、誰よりも濃く吸血鬼の血が流れている」
「うへあ」
俺は急に身体がこそばゆくなる。
「ま、心配するな。日光を浴びればよくなるから」
「そんな安易な」
ま、これで。
少なくとも回復魔法の心配はいらなくなるわけだ。
「……師匠、腕から血が出てますけど、もしかして」
俺を治すために。
「ああ、これは乾燥肌がひどくて」
おいおい。
○
ってわけで。
「退治完了!」
俺はくずれおちた巨体の前で。
ぜーはーと、荒げた息を整えていた。
「……立派なもんだ。いっぱしの兵士にだって倒せないぞ」
「師匠がスパルタなもんで」
俺は笑ってみせる。
「そうだな。腕っ節と度胸は鍛えられる。……けど、だからといってディティール。あいつに勝てるとは限らない。あいつは魔石の適合者だから」
「魔石?」
「この世界の創造神は魔法の源を2つに分けた。そんなおとぎ話さ。
1つは魔力の変換を司る黒水晶。
もう1つは、膨大な魔力の純粋な決勝である赤水晶。
2つは溶け合い魔石になり、世界を創る力を持つ」
「……それで、やつは何をしようとしてるんです?」
「知らないさ。けど、止めなきゃならない。
少なくとも、お前がメアリィに会うためには」
そうだよな。
あまり先のことを憂いてもしかたない。
そんな風に、俺が納得すると。
「イヅルさーーーん」
遠くから、俺を呼ぶ声。
こちらに向かって走ってくる少女は。
よく見知った顔。
俺の世話をしてくれていたメイドの、レノだった。
「、お久しぶりです、」
レノは息を切らしながら。
……笑顔を俺に向けてくれた。
「大変だったんですよ」
「そうみたいだな」
「メアリィさまは連れて行かれるし。
……けど、私も使えるんです!
役に立てますよ!」
言われて見れば、レノは浅葱色のローブを羽織っている。
「……嘘だろ」
「嘘じゃないです。
いいですか、見ててくださいね」
レノはモンスターの遺骸に指を向けると。
「えい」
と言葉を発した。
ざわっ。
と肌がひりつくのを感じる。
……これは。
緊張? あるいは、恐怖。
俺の肌を、何か得体の知れないものが直接触っているような、そんな不気味な感覚。
そして
さらさらさら
と、その死体が分解されて灰になり、風に吹かれて消えていく。
「レノの属性は「空」。
今まであまり知られてないから、活用法も不明だが」
師匠が、補足をしてくれる。
「相手に手の内を知られていない。
そういう意味では、ディティールにたいする切り札に成り得る」
「えへ」
褒められて嬉しいのか、レノが照れていた。
「よし、これで勝てますね!」
師匠は苦笑して、
「ま、そこまで楽観的にはなれないが。
そう悲観すべき状態でもないってことだな」
と。
楽観的になりかけた俺の視界に。
沈み込む夕日が見えた。
師匠の顔が、赤く染まっていく。
……。
おや、なんだか。
全身から力が抜けていく。
そうか、俺は。
……死ぬのか。
おいおい、嘘でしょ。
勝手に吸血鬼になった挙句。
こんな感動的なシーンの、冒頭で。
死ぬの? 葛藤も、勝敗もなく、俺は灰になっちゃうの?
「おいイヅル! しっかりしろ!」
「わああああん、イヅルさんが!」
「灰になっちゃった!」
と。
俺は遠くから聞こえる声に、耳を澄ますのであった。