白薔薇はかく語りき2
俺が帰ってきたら。
……本物のディティールが居た、だって?
は。
ははは。
ありえない。
だろ?
……悪夢だ。
そうだ、こんなの。
夢に、違いない。
○
久方ぶりの自室はーー、自分で思っていたよりも馴染んでいたらしい、ベッドに腰掛けると全身が弛緩するのがわかる。
かえって、きたんだーー。
安堵する気持ちと。
さきほどのディティール・ラストリアスの視線を思い出し。
俺はベッドの上で転がりながら、考える。
あいつが帰ってきたってことは、俺はもう不要なのか?
……いや、違う。俺は必要とされるために帰ってきたわけじゃない。
ただ一言、謝りたくて……。
「イヅルさま」
部屋に入ってきたのは、レノだった。
「遅くなって申し訳ありません。
夕食の準備が整いました。階下の食堂にお集まりください」
「ああ、ありがとう」
「イヅルさま、その……」
その視線は、おずおずとこちらを見上げている。
「怒っていませんか?」
「怒る? 俺が? どうして」
「……ディティールさまを、招き入れたから」
……。
それでどうして、俺が怒るというのだろう?
ありえんだろ?
だって、元々はそいつが本人なわけだし。
……。
すこし、寂しいけれど。
「俺は本来は部外者だ。こうして泊めてもらえるだけでも、ありがたいって」
「そういっていただけると、幸いです」
「それに本人が居るなら、よかったじゃないか。
この家は安泰だし、それにメアリィも喜んでいるだろう?」
「……」
俺の楽観的な意見とは対照的に。
レノの顔は曇っている。
「……何かあるのか?」
「いえ。きっと。
イヅルさまに、お任せします。
あなたが居た時の方が、……いえ、メイドの口からは申しますまい。
ご自身の目で確認して、信じる道を進んでください」
そしてレノは。
頭を下げ、部屋を出ていく。
なんだ、あの反応。
俺は頭をひねりながら、いつもの鉢植えに水をやる。
長方形のテーブルに、食事の用意は3人分。
一人はディティール。一番奥に用意されており、……まあ、一家の当主だということになるのだろう。メアリィはそのとなり。……そして俺は、入口側の一番はじ。
明らかな差別。
ま、いいけどさ。
「それでは、懐かしき友に、乾杯」
ディティールのやろうが、キザったらしくグラスを持ち上げる。
メアリィがそれにかちん、とグラスを打ち付けた。
……いや、俺はやらねえよ。そういう文化もないし。
「……さて。今宵はせっかくの『仮面武装会』前夜のディナーだ。
偽物くんの冒険譚でも聞きながら、おいしく食事を囲もうではないか」
「お兄様」
「はは、他意はないさ。
もはや彼が偽物でもーー僕になりすまし、ラストリアスを乗っ取ろうとした悪党であっても、本物の僕がここに居る以上、意味がないわけだしね」
ふむ。なるほど。
俺のことをそう認識しているわけか。
……。
まあ、客観的に見れば、そうなるよな。
ただ、こいつの態度だけは気に食わない。
「マスカレードってのは?」
「おに、……イヅル様は、ご存知ありませんでしたね。
腕に覚えのある魔道士が一堂に会し、互いの術を競う大会です」
「そして、見合いの場でもある」
ディティールは、口元をゆがめて笑ってみせる。
「魔道士の性能は、遺伝と環境によるところが大きい。
この度は特別ゲストとして招かれたメアリィと、……水の魔道士ベルモットの婚姻が進められている」
ふーん。
……。
いや、別に止めないけどさ。
メアリィが、嫌じゃないのであれば。
そう思い、メアリィの顔をのぞくが。
こちらからは、その表情を伺えない。
「メアリィは、それでいいのか」
という俺の質問に、
「私はラストリアス家に尽くします。
家を裏切ることも……出奔することもできませんから」
メアリィは俯いたままこたえる。
何か、意味がありげだなぁ。
「おいおいメアリィ、それは僕にたいするあてつけかい?」
「いえ、お兄様。お気を悪くなさらないで」
「わかってるよ」
そういうと、ディティールはこれみよがしに、メアリィにキスをした。
「僕のかわいい白薔薇。顔をしかめないでおくれ」
「は、はい。お兄様」
……。
……、勝手にやってろよ。
「悪いが、行かせてもらうぜ。
そういうのはどっか俺の居ないところでやってくれ」
「あ、待って」
メアリィが、すがりつくようにこちらをみた。
……。
触れば溶けてしまうのではないかと思えたほど、細い金髪。
一切の陽の光を浴びたことがないのでは、と思わせるその白い肌。
妖精のようだ、と思ったその容姿。
なんだよ。
そんな目で。
こっちを、見るなよ。
何か言いたいことがあるのか?
あるなら言えよ。
俺はある。
……けどな。
こんなところで言うべき言葉じゃ、ない。
イライラしながら立ち上がり、食堂をあとにする。
○
「どうでした?」
自室に戻ると、タイミングを見計らったかのように、レノが口をはさんでくる。
「最悪だな」
「でしょう?」
「ディティールのやつが」「メアリィさまが」
と、俺らは異口異音を口にした。
「え?え?」
と、レノは慌てているが。
「なんでだよ」
「女って、……弱いんです。
確かにあの時――この館からメークインさまが居なくなって、イヅルさまも見えなくなって。そこに現れたディティールさま。
そのディティールさまに、良いように扱われているのが、今の状態です。
ひどいと思いませんか?」
「いや、可愛そうだとは思うが。別にひどいとは……」
「それなら、……それなら私は。
私たちはどうなるんですか!?
自分だけが傷ついたような顔をして、……なのに思い人は現れて。
私たちだって、同じように傷ついて、苦しんだのに。
それでも、報われなくても、こうしてイヅルさまに操を立てて、がんばっているのに。
身勝手だと思います!」
「そ、そうか」
その理屈はーー。
俺にはよく分からないが。
「だから、めちゃくちゃにしてやりましょう!」
……。
「それはちょっと過激なんじゃないか」
「ひよらないでください!
いいですか、明日から、「マスカレード」が開催されます。
メアリィ様は「商品」として、飾られるでしょう。大本命は水の術師ベルモットさま。
そこへ大穴のイヅルさまが乱入して、」
なるほど。
「メアリィをかっさらうってわけか」
「そうです!」
……。
「けど、そんなことしたら、メアリィは困らないのかな?」
「困るから、どうだって言うんです。
ねえイヅルさま。よーっく耳をかっぽじって、お聞きください。
メアリィ様は、優勝が確定した魔道士のもとへすぐに引き取られます。
……家で過ごすのは今夜が最後。あとは「オシドリの塔」と呼ばれる場所に幽閉されます。
わかりますか?
『メアリィさまと話す機会は、優勝する以外にない』んですよ?」
なるほどな。
ちょっとずつ、状況がつかめてきた。
そしてレノは、すこし寂しそうな顔をして。
「イヅルさまは、メアリィさまに何かを伝えるために、きたのでしょう?
だから勝ってください。そして、きっと……」
ああ。
そんな顔をさせてしまったのは。
俺なのか。
……。
そうだよな。
たまには、かっこよく。
一言でいえばよかったんだ。
一度、深呼吸。
そして俺は笑って。
レノの頭に、手を載せる。
「分かった。
後のことは、任せろよ」
たまには、主人公らしく。