嵐が夢2
地図を頼りに、山道にそって歩いていく。道そのものは明確で、ほとんど迷う余地などないのだがーー。
「ここも、封鎖か……」
村をつなぐ主な道路は、帝国兵が封鎖して、立ち入れない。無論、ゴリ押しすれば入れないわけではないだろうが……。余所者の俺がどこでボロを出すかわからない。
誰かの紹介状でももらえばよかったか? ……いや、戦時中にそんなものに信ぴょう性があるとは思えない。やはり、どこか警備の薄いところから忍び込むしかないのだ。
となり村、カラデの近くで野営をして、夜になるのを待つ。……。
「サイレンス」
俺は自分自身に魔法をかける。それは音を消す+俺がたしょう地面から浮く+俺の動きに沿って風が吹く、という三重のステルス魔法である。
外周を一周して、一部警備が薄いところがあった。
……おそらく、あれは貯蔵庫だ。
警備が薄いのではなく、……兵隊が中に忍び込み、つまみぐいをしているのだろう。なげかわしいことだが、兵士とて人である。腹も空くし眠くもなる。
建物の前に年若い兵士が一人、先輩に言いつけられたのだろう、見張りに立たされていた。姿勢はしっかりと背筋が伸びている。
……うむ。
あまり気がむかないが、眠ってもらうしかない。
その兵士を誰かが見つければ、たしょうおおごとになるかもしれないが。それは、そのあと考えよう。
「風よ、凪げ」
俺のしめした方向に、風が吹く。兵士は木々のざわめきに視線を向ける。
今だーー!
俺は背後から忍び寄り、そっと手刀で兵士の首を打ち据える。
ふ。
決まったな。
と、思ったのも束の間。
「いってえええええええ!」
兵士は首筋をおさえ、立ち上がった。
「てめえ、なにしやがる!」
その視線はまっすぐ、俺へと向いていた。
……あれ? これって簡単なやつじゃないの?
手刀でとん、て首筋を叩くの。すると相手がころっと気を失うの。
これって? あれ?
あ、でも考えたら俺魔法は使えるけど、腕力的には貧弱なんだった。……そりゃあ鍛え上げてる兵士さんには効きませんわな。
なんてことを思ってる間に。
その兵士は俺の襟元を掴み上げた。
「おまえ、先輩にバレたらタダじゃ済まさねえぞ!
お前も中の食料をあさりに来たのかもしれないけど、今日の分はもうないからな」
「口の利き方に気をつけろ。
こちらは隊内の規律が乱れていないか監査しているものだ」
「え? 」
「貴様の上官にあたる」
「えっと、それってつまり……」
「貴様は上官にたいする礼を知らんのか!」
「は、はい! 失礼いたしました!」
男はびっ、とその場に直立し、手を額に当てる。
ま、俺がしゃべってるの、全部嘘なんだけどな。
「貴様、所属と名前を言え」
「所属はレーゼ帝国、第2駐屯部隊です。名前はスリザ・モットーであります」
「スリザはなぜここにいる。
貴様の部隊の目的は近隣の村の治安維持ではないのか」
「は。任務は確かにそうでありますが、……自分の地元が近いもので。
すこし顔を見にいきたいと思いまして……、その、恋人の」
スリザは照れたように頭をかいた。
「誰が礼を崩していいと言った」
「は! 失礼しました!」
「ふむ。話を統合すると、貴様は軍規違反をして食料を強奪、なおかつ部隊を抜け出す目論見をしていたわけだ。これは重大な罪である。この意味が分かるか」
「粛清、ですか」
おや。
なにをされるのか分からんが、顔が青ざめている。
「そうだ。しかし、今回は多めに見てやろう。
ただし、次はないと思え」
「は! ありがとうございます!」
と言って、俺は。
村の中へと向かう。
けれどその肩を掴まれて。
「待て」
「な、なんだ」
「帝国式の敬礼がなってない。
……おまえ、本物か?」
「無礼だぞ。貴様の上官に言いつける」
「言ってみろよ。
俺の上官が誰なのか、知ってたらな」
く。
やばい。
「ディゾルブ・アウト(風神の溜息)!」
俺はとっさに魔法を繰り出す。
突風が吹き荒れ、男の体を吹き飛ばす。
……あーあ、結局こうなったよ。
この物音に、気づかないわけがない。
けれどしかたない。このすきに、むらの中に入り込むことにしよう。
○
村の中はひっそりとして静まり返っている。往来を甲冑を着込んだ兵隊が歩き回っているから、それも当然なのかもしれないが。
酒場に入り、マスターに情報を求める。
「なあ、この村に薬師が来てないか?
となり村からきたんだが、定期の薬がなくて困ってるんだ」
ヒゲのマスターは顔をしかめて、
「居るにはいるが……」
と、要領を得ない。
「なんだ、薬を忘れたのか」
「いや、そういうわけではないんだが。
いつもと違うやつが来てな。なんというか、その……」
「ええい、はっきりしてくれ。
こっちだって遊びじゃないんだぜ」
「う、うむ。
ちょっと……まあ、わるいやつではないんだが……」
「はあああああ?」
「この店の奥に、フードをかぶった紅い髪の女が居るだろう。
そいつが薬師だ。名前はミーナ。これ以上は……本人に聞いてくれ」
促されるままに。
俺はフードの女の前にたち、女を見下ろす。
紅く短い髪。気の弱そうなタレ目。大きめな胸元。……こちらを見上げる視線すら、どこか弱々しい。
「俺はディティ。ドナータ村からやってきた。
定期でかってる薬があるんだが、売ってくれないか?
どうやら村同士の道路は封鎖されているみたいだし、あんたが来るのを待ってる時間がないんだ。言い値で買う」
「……」
「な、なんだよ」
ミーナの眼は……なぜか潤んでいた。
「俺の言い方がわるいなら、謝るよ。
な、なんだ。どうしてそんな顔をするんだ」
「ごめんなさい!!!」
そういってミーナは、顔面をテーブルに打ちつけようか、というくらいの勢いで頭をさげた。
「ごめんなさい!」
「おい、やめろって」
「はい、やめます! もう薬師なんてやめます!」
「そういう意味じゃなくて」
「す、すいません、人間のほうですか!
やめます! すぐに人間やめます!」
ミーナは腰元から短刀を取り出しーー。
それを喉元に当てて。
自害をはかろうとするので。
「ていっ」
俺はその刃物を叩き落とす。
「う……死ぬことも許されないのですね。
生きて恥をそそげと。つまりあなたは神」
「そんな大した意味はない。神でもないし。
……薬を売ってくれ」
「なーんだ、それならそうと、言ってくれればいいじゃないですかぁ」
……なんだ、こいつ。
いや、怒るのはまだ早いか?
「悪いな。急ぎなんだ。……咳の発作にきくやつなんだが」
「ええっと」
ミーナは袋の中をごそごそとやり……。
「ごめんなさい!」
と、再び叫んだ。
「おい、無限ループは勘弁しろよ。
どういうことか、説明してくれよ」
「……ええと、その。
私たち、風邪や腹下しに効く金翁丸以外は、相手に合わせて調合しているのですけれど。その、薬草がないっていうか……」
「売り切ったのか? そういうこともあるかもしれんが」
「その、ゴニョゴニョ……、忘れてきたっていうか」
「はあああ??」
「怒らないで! 大丈夫なんです!
メジャーでポピュラーな材料だから、すぐに採れるんです!
テプラの花。その根っこを煎じ詰めればすぐにできます!」
なんでそんなメジャーでポピュラーな材料を忘れてくるんだよ?
「じゃあさっさと取りに行けばいいだろ。
おまえはそんな理由でここに居るのか?」
「そ、そうなんですけど。
その、たちの悪い人に騙されたっていうか。
……テプラの根を売ってくれると言われて、言い値で買ったらお金を払えなくて……」
「アホか」
つまり、こいつには2つの問題がある。
1つ。そもそも薬を作る材料がない。
2つ。借金があり、ここから動けない。
だいぶお人好しを自覚してる俺でもーー。
内なる声が聞こえてくる。
すなわち。
「こいつはヤベー。かかわり合いになるな」と。
……だが、そんなこと言ってる場合ではないのだ。
こいつがさっさと薬を作ってくれなければ、おばさんの様態は悪くなるだけだし。
「借金はいくらだ?
立て替えてやるよ」
「ええと……」
その額は。
平均的な村人の年収額に相当した。
「……おまえ、馬鹿だろ。誰が払えるんだ?
つうかその額を提示されて、よく買う気になったな」
「幼い女の子が、天狗熱で苦しんでいたので。
一刻も早く、薬を作りたくて。
手段は選んでられないと、判断しました」
その目はまっすぐで。
自分の信条を。
生き様を。
みじんも疑っていない顔をしていた。
……。
……ふ。
そういうやつは、嫌いじゃない。
「……仕方ない。取りに行くのは、やぶさかじゃない。
テプラの花っていうのは……ええと、たしか暗がりで、白く光るんだよな」
ずきり、と。
頭が痛む。
「よくご存知で。見つけるのは簡単だと思います。
根っこだけと言わず、全部採ってきていただいて構いません。花びらにも薬効はありますから」
「……分かった。
それじゃ俺が帰ってくるまで、おまえはなにをしてる?」
俺が一人で行ってもいい。というか、そっちのほうが身軽だろう。
だが俺だけが苦労するのもなんだから、こいつにも付き合わせようと思ったのだが。
「この店で、バイトです!」
ミーナは胸を張って答えた。
「……」
「……」
「おまえ……」
「なんです?」
「いや、いい……」
してくれ、バイト。
思う存分。
……借金返すまで。
「……頼むから、俺が帰ってくるまで、借金増やすなよ?」
「任せてください。約束を守るのは、得意ですから」
おいおい、ホントかよ。
……。まあいい、なんか疲れたから。
俺は疲労を感じながら、店を後にした。




