表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/42

嵐が夢


 聞こえるのは。


 剣戟の音。

 それから悲鳴。

 助けを呼ぶ、声。




 嫌だ。

 俺は、もう。

 誰を助けるのも。

 ……信じられるのも。

 誰を助ければいいかも分からない。


 けれどその女は。

 金髪を振り乱し。

 こちらをまっすぐに見つめて。

 ……さま。

 と。

 俺を呼んだ。





「やっと起きた。寝ぼすけさん

 具合はどう? 今日は隣村から薬師さんがくるみたいだから。

 あなたのことも聞いてみようと思うのだけれど」


 蒼い髪の女に起こされて、俺は目を覚ます。

 ここは……どこだ?

 俺は、たしか……。


 分からない。


「……大丈夫? どこか痛む?」

「いや、問題ない。いつも心配させて悪いな、ハナエ」

「いいっこなしよ。困ったときはお互いさま。

 ディティも着替えて、朝ごはんを食べてね」


 そうーー。

 たしかこの女の名前は「ハナエ」だった気がする。

 俺は、たしか。

 この女に拾われ。

 ……怪我を介抱してもらっているのだ。

 どうしてそんな怪我をしたのか?

 ……思い出そうとすると、頭にもやがかかり、それ以上先に進まない。そして毎度同じように頭痛に襲われる。

 「無理しなくていいのよ」、とハナエは俺をいつも優しくたしなめてくれる。


 少しずつ。

 ここ数日の記憶がよみがえってくる。

 そう。


 ここは山岳地帯にある、辺境の村ドナータだ。レーゼ帝国と商業都市ベルゼナにはさまれており、両国の戦争に巻き込まれている。ドナータの領内にある鉱山には、質のいい鉱物が取れるという理由で……。そんな話を、幾度となくハナエに聞かされた気がする。

 私の幼馴染も、行ったのよ、とつぶやくハナエの表情は暗い。幼馴染の名前はスリザ。スリザは戦争を速く終わらせるために、レーゼ帝国の兵士に志願した。ここはもともとレーぜ帝国の領地だったから。……けれど、スリザは帰ってこない。


 玄関にはいつも花がかざってある。それはいつスリザが帰ってきてもいいように、とハナエが準備したものである。彼の誕生花なの、とハナエは笑ってみせた。


 と、ここまでの記憶を整理しておく。


「……今日のスープは、具があまりないの。

 ごめんなさいね」

「気にすることないぜ。

 なんなら、今までで一番おいしいくらいだ。

 こんな俺も、居候させてもらってるわけだし」

「ふふ、そういってもらえると、少し救われる、かな?」

「……また、徴収されたのか?」

「少しね。もう食べるものなんてほとんどないし。ほとんどないところから、奪ってもっていったのよ」

 そういってハナエは、ツボをひっくり返してみせた。……本来なら、穀物が入っているはずだ。


「近隣に食料は?」

「おそらく、似たようなものでしょうね。

 それに山岳地帯だから、あまり動物もいないし……」

「分かった、俺がなんとかしよう」

 そんな台所事情の中、食わせてもらってばかりでは悪いし。


「できるの? というかあなた、怪我だって治りかけだし」

「できる。自信があるね」

 そうーー。

 俺には、特技が。

 誰にも負けない特技があったーーはず。

 はずなんだけど?


 思い出せない。




 ひゅるりと、玄関からすきま風が入ってくる。風につられて、生けられていた薔薇が、花弁を散らした。

 そうか、俺の特技は。



「『風』よーー、在れ」


 風は俺の人差し指に集まり、俺の合図とともに、逆方向に流れていく。全身で大気の流れをーー魔力の脈動を感じる。そう、たしか俺は魔法が使えた。風魔法を必死に使っていたはずだった。


「……、生身で魔法を使える人なんて、久しぶりにみたわ」

 ハナエが感嘆の声をあげる。

「それっておとぎ話の世界じゃないの?」

「うーん、わからん。俺はできる。みんなはどうしてるんだ?」

「帝国兵は、体に『魔力増幅器ブースター』を埋め込むわ。

 それで一人前。初めてあなたと同じように魔法が使えるのだと思う。

 使わない能力だから、退化したのかしら」

 少し興味があるところだけど。

 ま、今回はそれより飯のほうが先だ。


「近くにある川を教えてくれ。

 それから、鳥のいそうなところも」





 ……。

 俺が案内を頼んだのは、川のはずだが。

 眼前に広がる光景は、完全に滝だった。


 これ、生き物居るのか?

 ……。

 わからん。

 けど、まあしょうがない。


「『凪げ』」


 俺は滝壺の水面に右手を当て。

 魔力でつくった風で、水面を揺らしてみせる。

 ……すると、風が波を作り、波は水深の深いところまで響き渡り、俺に水中の中の様子を教えてくれる。


 ……うん、少しだが、居るようだ。


「ライト・クリアランス(風神の鉾)」


 俺の魔法は指定した地面から真上に竜巻を作り上げるというもの。

 指定できる場所は、俺の視界内で、発動するまでに若干のタイムラグもあるが。

 ま、問題ないだろう。俺の合図で次々と、竜巻が巻き起こる。








「すごい! こんなにたくさん!」


 俺が両手でかかえ切れない量の魚、獣、……などなどを持ち帰ると、ハナエはここ一番の笑顔をみせた。……うん、せっかく美人なのだから、もったいない。


「……わるい。ちょっと取りすぎたかも。後半はただ、魔法の感触を戻すのにやっきになって……」


 自分の魔力がどこまで微細にコントロールできるか、などという無茶なチャレンジをしてしまった。

 すこし子供じみたことをしてしまった。

 反省。


「腐らせてしまわないか? せっかくなのに」

「そんなもったいないことできないわ。

 これとこれは塩づけ、それにこっちは天日干しにすれば構わないし。……ああ、料理ができるなんて夢のよう! 幸せなことだわ!」

「よかった、喜んでくれて」

「ありがとうディティ!」



「ありがとうね、ディティさん」

 俺の獲物を見て、ハナエのお母さんも顔をほころばせた。

「うちはもう旦那もいないし。男手がなくて。

 ハナエにも苦労をかけさせてるから」

「もう、お母さん、そんなこといいっこなしよ。

 とにかく、食べましょう!」


 そして俺らは。

 しばらくぶりのご馳走を食べたのだった。



 ……。

 その晩。



「ディティ、ごめんなさい。

 相談があるの」


 俺は寝巻き姿のハナエに呼び出された。

「実は母のことなのだけれど」

 俺はハナエのあとにつき、居間に降りていく。

 ハナエの母は、暖炉の前に腰掛け、わずかなあかりで編み物をしているようだった。

 暗がりで、表情は見えない。

 が、時々聞こえる咳き込む音と。

 ……、苦しそうな発作の声。


「はじめは、編み物がしたいのだと思っていたわ。

 けれど、どうも違うみたいなの。

 夜になると発作で寝れないから、編み物をしてごまかしているみたいなの」

「薬は?」

「……根治させる方法はないって。

 苦しみを和らげるのに、いくらか買ってるけど。

 定期の薬師さんが、隣村からやってきてないの」

「俺に様子を見てきて欲しいって?

 おやすい御用だぜ。明日の朝いちに出発するよ」



 そして夜が開けて。



 俺は簡単な身支度を整える。

「ごめんなさい。たぶん、危険だと思う」

「気にするなよ。困ったときはお互い様、だろ。

 それに逃げるにしても、ハナエよりも俺のほうが逃げ足がはやい。

 昔から、逃げるのは得意なんだ」

「……ふふ、そうね。上手そうだもんね」

「おいおい、そこは否定してくれよー」

 なんて会話をしつつ。


「でもね、気をつけて。

 帝国兵が巡回をしてるって。……奴ら、戦争がうまくいかなくて、イライラしてるから」

「任せろって」


 それが安請け合いだと気づいたのは。


 村を出て、しばらくしてからで。


 ……俺はつくづく自分の人の良さを、呪いたくなる。






というわけで、第三章。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ