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大地に潜む竜の声6

 ぐるるるるるる。



 と、地響きが、俺らの立つ地面すら揺らす。


 通路は行き当たったその先に、黄金で縁どられた扉があった。


「い、いいですね。 開けますよ!」


 緊張した面持ちで、ミザが確認する。


「オッケーだ。いつでも準備はできてる」



 逃げ出すほうの準備な。


「逃げちゃ駄目ですよ!」

「人の心を読んでる場合か!

 早くあけろ」

「いきますよ」

「ああ」

「……」

「……」


 ミザは、ぴくりとも扉を開けようともしない。



「ねえ、そういえば空がなんで青く見えるか知ってますか」

「知ってるよ。青が一番波長が短いから、空気中で散乱するからだろ?」

「……」

「……それじゃあ海が青いのは」

「知らん!」


 俺はミザの背中をぐい、と押してやる。

「今はそんなことを科学的にも、詩的にも語る時間じゃない。

 さあいけはよはよ」

「うわーーん!」


 がしゃりと。

 おもおもしい音を立てて、扉はひらかれた。



 中は中心にゆったりとしたハンモックがかかっており、色はあわいベージュで統一されている。虫の繭を思わせるような作りになっている。

 俺はてっきり牙を向いた巨獣が襲いかかってくると思ったから、すっかり肩透かしである。


「ふん、じっさいこんなもんですよ」


 ミザは緊張のピークを超えたからか、みょうな強気になって言う。

 ……、でも膝が震えてるぜ。


 そんな俺らの緊張と弛緩のギャップの狭間に。

 さらに似つかわしくない物体が現れる。


 ……それは男の子だ。茶色い髪の毛、まん丸お目目は真っ黒でかわいらしい。額から小さな角が一本生えてるあたりは異形を思わせるが、……外見で人外を思わせる特徴はそれだけだ。


「かわいい!」


 ミザは一も二もなく抱きつくと、少年を抱き上げて頬ずりしてみせた。

「ちっちゃくて、かわいい男の子!

 どっから来たのかなー?

 何歳かな?

 お母さんは?」

 矢継ぎ早に質問をぶつける。

 ……というか、こんなところに男の子が居るなんて、どうみても怪しすぎるだろ。


 そんな俺の忠告が届く前に。


 少年はミザの胸元に飛び込んで、

「ねえお姉ちゃん」

 りゅうちょうな言葉で。

「僕のお嫁さんになってよ」


 と言ったのだった。




 状況を整理しよう。

「僕はカユガ」

 カユガという少年らしい。

「お嫁を探して」

 鳴き声をあげていたと?

 こんな小さな体で、あんなに大きな音を。

「うん。だって本体は別のところにあるから」

 こいつ、さらりといいやがった。


「断るぜ。ミザの気持ちはどうでもいいが、頼まれごとをしてるからな。

 お前を退治するか、……諦めてもらうか、どっちかしかない」

「ふーん、僕と戦うつもりなんだ。

 1000を超える年齢の僕に?」


 ……。

 ……。

 けっこういい年なのに少年に擬態して、年上の女をまつ。

 ……。

 人の性癖をとやかく言いたくないが、けっこうディープな趣味だと、俺は思うぜ。


「声に出てるよ」


 顔面を歪めながら、カユガが言った。


「……失礼。続けてくれ」

「本当に僕と戦いたいの?

 たぶん、君は勝てない。もちろん僕は手加減するつもりなんてないし。

 ……だから、その子をおいていけばいいだけなんだよ」

 それはおそらく真実なのだろう。

 きらりとみせた眼光の中が。

 俺のせずじをぞくりとさせた。


「そんなに自分の力に自身があるなら、外に出ればいいじゃないか。

 そして相手を探せばいい」

「ぼ、僕にだって好みはある!」


 あるのかい。


「ちょっとタレ目で、胸は控えめで、それで優しい人が好みなんだ。

 ちょっとリードしてくれるような人なら、尚更!」

「お前の趣味は聞いてない」

「それにここまで困難を乗り越えた二人を引き裂き、女の子を僕がゲットする。

 そこに興奮するんだ!」



 ふ。




「ただの変態じゃねーか」

「ち、違う! ロマンチストと言ってくれ」

「どう思う、ミザ」

「ええっと、」

 ミザはすこし顔をひくつかせて。

「私は、ちょっとタイプじゃないかな、って」

「正直に言っていいんだぞ」

「気持ち悪いです」



 こいつ、本当に言いやがった。



「う、う、う……うわああああん」


 ……。


 おいおい。


 さっき自分で、「子供じゃない」とか言ってなかったか?




「い、いいことありますよ」


 そのあまりのわがままぶりに、さすがにミザも顔を引きつらせながらフォローをする。

「僕、僕だって知ってたよ!

 でもこんな地中に居たら出会いなんてないんだ!

 しょうがないじゃないか!」

「うんうん、そうですよね」

「だから……」

「うん?」

「おねえちゃんが僕のお嫁さんになってよ!」

「え?」




 って。


 結局戦うはめになるのかい。



 やれやれと。

 俺は溜息をついて、身構えた。





「大地よ、叫べ!」


 カユガの声に応えるようにして、すさまじい地響きが部屋を揺らす。



 ……おいおい、あんま揺らすとミザたちの家がやばいんじゃねえか?


「ディゾルブ!」


 俺は両手に剣を構え、カユガに向かって走り出す。


「くらえ」


 一撃目を、袈裟懸けに切り下ろす。

 ……けれどそれは難なく躱されて。


「突き上げろ!」


 俺の足元の地面がゆっくり動いたかと思うと……。



 次の瞬間、俺の体は宙に投げ飛ばされていた。



「ここは僕の部屋だ! 地面天井壁、あまねくぼくのフィールドさ。

 降参するなら今のうちだよ!」



 どうする?


 うーむ。



 ためしに俺は炎の剣で切り払ってみるが。

 ……一瞬焼け付いたあと、すぐに地面は修復されてしまう。



「それにここの地面は世界樹が根ざしているだけあって、魔力も豊富に含んでいる。

 そんじょそこらの魔法じゃ壊せないよ」

「エグスプロージョン」


 俺はためしに、部屋の隅に魔法を放ってみるが。


 ……炎は連鎖するが、その端から順に治癒していってしまう。




「大地よ、突き刺せ!」



 俺の打つ手立てがなくなったのを見て。

 ここぞとばかりに、カユガが魔法を放った。


 宙に浮かんだビラミッド状の塊が。

 先端を鋭利にとがらせて、こちらへと向かってくる。




「トルネド!」


 俺の生み出した竜巻は。


 ……巨大な岩石には、一切ダメージを与えることができない。



「無駄だよ。わかってるはずだ。

 今なら命乞いを聞くけどさ、」



 カユガの声が聞こえた。



「エグスプロージョン」



 俺は右手に生み出した炎を。


 竜巻の中心に向けて。


 ……吸い上げられ、撒き散らすように。


 イメージして。


 その魔法(天候)を解き放つ。



「天候魔法・『ファイアーストーム』!」



 俺の生み出した炎は、一瞬にして酸素と結合して燃え上がり、その反応は加速度的に威力を増してーー、さらに効果のおよぶ範囲と速度を増して、岩石を「破壊こわし尽くしていく。







「……ありえない。合成術?

 そんなことができる人間、居るわけがない」


 でも事実、居るんだからしょーがない。



「身の程がわかったろ。わかったら諦めて、もっと違うことさがせよ」

「……僕にだってプライドがある。生き恥を晒すぐらいなら……」

「駄目です!」


 間に割って入ってきたのは、ミザだった。


「確かに、この子はモテなくてひがんで、犯行に及んだかも知れない。

 けれど人を信じる心を失っちゃいけませんよ」


 お前もやられかけてただろうが。



「とにかく、駄目です」

「……なんだよ、倒せって言ったり、やめろっていったり。めんどくさいやつだな」

 俺はため息混じりに、吐き捨てる。


「おねーちゃん、僕を許してくれるの?」

「許すよ。けど、もうこんなことしちゃダメだよ」

「うん。ならお姉さんが遊びにきてよ」

「あなたがもう少し、大人になったらね」

 そういってミザは、小さな竜の頭をなでた。




「というわけで」

 俺らは再び村に戻り、一息をついているところだった。

 結果をコショウたちに報告し。

 自室でくつろいでいるミザの元へとやってきた。


「例のやつを受け取りにきたぜ」

「一枚バネですか? そ、それは差し上げますけど。

 こちらにも準備ってものが……。お風呂にだって、入りたいし」

「いいからよこせ」


 俺はミザの背に周り翼の付け根に手を伸ばしーー。


「あん、そこはダメです!」

「変な声を出すな!」

「ふ、ふつう一枚バネというのは、……将来を誓った伴侶にしか渡さないものなんです。

 イヅルさんなら、構わないけど……」

「あった!」


 俺はその薄く緑色にひかる羽を手に取りーー、それを光にかざす。

 うっすらと淵が淡く輝き、持っていると全身に力がみなぎるような気持ちになる。

 これなら、確かに。


「運がよくなっているような気がする」



「えっち!」



 ミザは俺をどんと押した。



「もう! そんなじっくり見ちゃダメですよ!」


 ふわり、と俺の足元の床がなくなる。



「ってあれ、イヅルさーん?」



 おいおい。



 ……、俺、落ちてるの?





「イヅルさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」



 やたらと遠くなるミザの声に、殺意を覚えつつ。




「エアリアル!」



 俺は空中浮遊の風魔法を使ってみるが。

 ……さすがに真下に向かって加速した俺を浮かせるほどの浮力は得られない。



「覚えてろよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



 ちっくしょう。



 俺の遠吠えは世界樹の中に響き渡り。



 俺の意識はゆっくりと暗黒の中に吸い込まれていくのだった……。




 まじで。






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