22.ハッピー×エンド
「葉月さん、お待たせしました!」
「久しぶりね、朝陽君。そうたいして待ってないけど……君が最後よ?」
「じゃあ朝陽がここの奢り決定ね」
「あ、本当?それじゃケーキもうひとつ追加しちゃおうっと」
「はいはい、奢らせてもらいますよー。でもまだ薄給なんで、追加はケーキひとつだけにしてくださいよ?」
全く容赦ないんだから、と朝陽は席につきながらぶつぶつと零している。
久しぶりに会いたいねと話したら、いつの間にか【女子会プラスワン】がセッティングされていた。
参加するのは瑠架、葉月、そして梧桐姉弟の四人。
梨花にも声をかけたのだが、蓮司と一緒にフランスに行ってしまっているため、どうしても都合がつかない、と残念そうな返事が届けられたらしい。
場所は、そう気取らずに行ける範囲で更にそれほど混んでいない場所、ということでドライブスルーもできるおしゃれなカフェに決まり、葉月がいつもの癖で一番早く到着し、その後瑠架、陽菜、朝陽の順番で顔を出したことで、参加者全員が集まったということになる。
「ここの受付、最初は慣れなかったけど今じゃ大分あちこちの店に浸透してきたよね」
「ですよね。端末はいくつもあるし、空いてる時はじっくり考えてても何も言われないから、俺結構ここ利用するんですよ」
「季節限定のナントカいかがですか?とか聞かれないのもポイント高いですよね」
「……だって。お客様のナマの声よ?葉月、ちゃんと製造元にフィードバックしとかなきゃ」
「はいはい。休み明けに報告書にして渡しておくわね。貴重なご意見ありがとうございました」
シジョウの研究チームがノリノリで造り上げた、ファストフードなどの完全非対面型注文システム。
それを導入している店は瑠架の言う通りいまや結構増え、ファストフードのみならずこういったカフェでも注文システムのみを導入し、食べ終わって清算する時はレジを通らずとも携帯かクレジットカードで清算することもできる、勿論レジにレシートを持ち込んでお会計することも可能、というやり方をとっているところも多い。
元々は拓人の純粋な興味から始まったこのプロジェクトは、シジョウ・コーポレーションの可能性を広げてくれる結果となったことで、多大な利益も生み出している。
「そういえばね、ちょっと前に佐々木さんのとこのお嬢さんがうちに遊びに来たの。その子ね、見た目可愛いしいい子に思えるんだけど……私の名前を聞いた途端、『二作目のヒロインがもうエンディング後だなんて』ってわけのわからないこと言い出してね。前にヒロインがどうとかって言ってたし、瑠架なら何か知ってるかなと思ったんだけど」
「え?……二作目……二作目ねぇ。ごめん、ちょっとわかんない。後で恭くんにでも聞いてみるよ」
「瀧河社長ってそういうジャンルに詳しいの?……なんだか違和感ハンパないわね」
「ちっ、違うから!別にそういうことじゃなくてね、前に話した……その、ヒロイン希望の子とあれこれあった時、恭くんもそれに巻き込まれた関係者だから」
だからだよ、と念押しのように慌ててそう付け加える瑠架に、葉月はわかったわとだけ答えた。
瑠架がその『ヒロイン』関係のことで何かを隠しているのはわかる、そのことに彼女の旦那様である瀧河恭一郎、姉である瑠璃、義兄である一宮遥斗が絡んでいることも。
しかし彼女が話したがらない以上、葉月が突っ込んで聞くわけにもいかない。
「その佐々木先輩のお嬢さん、他には何か言ってた?」
「いいえ、他には何も。しきりに残念とか見たかったのにとか言ってたけど、裕子さんが連れて行っちゃったから。なんでも、最近ちょっと変な言動をすることがあって、そのたびにあの佐々木主任……っと、もう課長さんよね。佐々木課長のやんわりとしてるけど逃れられないお説教を受けてるらしいわ」
「うっわー、佐々木課長のお説教ですか。俺、あれ苦手なんですよねぇ」
と朝陽が言うように、佐々木のお説教は声を荒げない代わりにねちっこくて長い、そして的確に相手のダメなところを指摘してくるという、それをされた者が立ち直れなくなる寸前まで精神力を削るとまで言われている。
ただし、彼は誰も彼もに説教しまくっているわけでは勿論ない。
朝陽がそれをされたということは、佐々木は朝陽に期待しているからこそ気になる点を注意した、ということなのだろう。
双子の姉である陽菜も佐々木を苦手としており、弟のうんざりしたような表情に苦笑いしながら宥めてやるしかできないでいる。
そこから話は梧桐姉弟の近況に移り、朝陽にとうとう本命彼女ができたというところでは、スマホを取り出して彼女自慢を始めた朝陽を他三人が生温い目で見ながら「それは良かったわねー」と適当に応じ、だが休みが不定だから中々会えないんだと嘆き始めた時は、三人揃って「そういうもんよね」とやんわり慰めてやった。
「彼女、介護の仕事やってるからどうしても休み合わなくて。夜勤とかもあるから夜更かしさせられないし。正直寂しいって気持ちもあるんです。でも俺、仕事に誇り持って頑張ってる彼女を応援したいですから」
「……でも会えなくて寂しい、ってループに嵌ってるわけね」
「そうなんですよー」
朝陽としては、彼女の負担にならない程度にメールを送っては存在をアピールし、愚痴が書かれてあれば慰め、寂しいと書かれてあれば会いたいと返し、そうして地道に絆を深めていっているのだそうだ。
最初の頃は負担になりたくなくて連絡するのを控えたりしたが、それではせっかく気持ちに応えてくれた彼女に不安感を与えてしまう、だからといってしつこくしてウザがられたくない、そんな思いから陽菜に相談しつつ色々試しているところらしい。
その陽菜だが、とある企業の若き社長が実は学生時代の先輩だったとわかり、社内で劇的な再会を果たした後何度か食事に誘われて応じている間に、お付き合いを申し込まれたのだと、そう恥ずかしそうに語った。
「盛り上がりに欠けるかもしれませんけど……でもその人、すごく誠実で。元々好きな本とか音楽とか一緒だったこともあって、実は学生の時もちょっと憧れてたんです」
実は今日この後からも会う予定なんですよ、と嬉しそうに彼女は顔を綻ばせた。
「ところでさ……散々人の話ばっかり聞いといて、まだ葉月の話聞いてないんですけど?」
もう一杯、と追加で注文したカフェインレスティーを飲みながら、瑠架は隣の席に涼しい顔で座る親友に目を向けた。
確かにここで待ち合わせてから今まで、葉月が主導したのは受付システムの話題だけだ。
後は時折つっこんだり慰めたり合いの手を打ったり、彼女らの話題に乗るだけで一向に自分の話を切り出そうとしない。
話すまでもないと思っているのは何となくわかるが、それではわざわざこうして集まった意味がなくなる。
彼らは自分の話もしたかったが、それ以上に葉月の近況についても聞きたくて仕方がないのだから。
というわけでたまりかねて話を切り出した瑠架、そして興味津々といった顔で身を乗り出してくる梧桐姉弟に、葉月はなにもそこまでと苦笑した。
「私は特に変わったことなんてないわよ?しいて言えば活動の拠点がイギリスから日本に移ったくらいかしら」
「それって、シュナイダー社が日本支部を作る話と何か関係ある?」
「さすが社長夫人、情報が早いわね」
これまでアジア地区には手を出していなかったシュナイダー社が、今度日本支部を開設するためにリサーチを開始した、という話はTKエンタープライズのみならずヨーロッパに支社を持つ企業であるなら殆どは知っている。
とはいえまだアジアでの実績がそれほどないシュナイダーがすぐに参入するには、日本という情報メディアの発達した国は危険すぎる……そう判断したヴィンスは、葉月に日本での下調べを命じた。
どういったものが好まれるか、どういったものが話題に上りやすいか、逆にどういったものが嫌われ、唾棄されていくか。
客観的に日本という国を評価して報告しなさい、というのが彼女の任務だ。
期間は、日本支部開設の日程と初期メンバーが正式に決まるまで。
一応【任務】と銘打たれてはいるが、これは葉月を故郷に戻してやろう、そして無理のない範囲の仕事をさせてストレスを失くしてやろう、というヴィンスなりの気遣いなのは葉月もよくわかっている。
そして、これが叔父から受ける最後の仕事になるだろうことも。
「四条さん、何か言ってた?」
「うーん、特には何も。無理をしないように、休める時は休めとは言われたけど」
この葉月の返答に、瑠架はコメカミを押さえた。
「ダメだ、あの人。不器用さんにもほどがあるでしょ。もっとこう、久しぶりに会えて嬉しいよとか、君を放したくないんだとか、なんかあるでしょ」
「そうですよねぇ……普段中々会えないんだから、私だったらとことん甘やかして欲しいかなぁ」
「いやあの、それをあの人が言ったら破壊力抜群よ?」
年齢を重ねても、拓人の怜悧な美貌は全く衰えを見せない。
瑠架は彼がまだ十代の頃から知っているが、三十代も半ばにさしかかった今でも、女性である自分が恥ずかしくなるほどの美形、という表現が相応しい拓人の容貌には悔しさよりも羨ましさを感じるほどだ。
そんな拓人がいつしか想いを寄せていた葉月に、ようやく応えてもらえたとあの美貌を嬉しそうに輝かせて報告された時は、さすがに隣に愛する旦那様が居るにもかかわらず赤面してしまい、後でこってりお仕置きされてしまったのもいい思い出だ。
「それにね……そんなに久しぶりってわけでもなかったから」
「え?どういうことですか?」
「フランス支社の視察のついでに、って頻繁にこっちに顔を出してくれてたし。それ以外でもスカイプで通信してたから、顔だけなら毎日見てたもの」
「…………はぁ、なんというか」
「…………ごちそうさま、です」
フランスに来たついでにイギリスに寄る、ということがそもそも間違っているのだと、もう誰もつっこまない。
それが拓人なりの優しさであり精一杯のアプローチなのだということはわかっているし、日本からわざわざ葉月に会うためだけに来たと言って負担をかけたくはなかったのだろう、ということも。
ただ、毎日スカイプ通信というあたりではさすがにラブラブすぎて嫌気が差したのか、朝陽も陽菜も瑠架さえも『もうおなか一杯』という顔でギブアップした。
(でも、葉月がこんな素直な反応してくれるようになるなんてね。四条さんにはちょっと感謝、かな?)
これまで、親友同士とはいえいつも瑠架を気遣ってくれていた葉月。
自分の弱みを見せないように、適当に愚痴だけ零して深刻な部分には触れさせないように、常に線引きされていたように感じていた。
月城とのことでも、結局何の相談にも乗れないままに彼女らは別れてしまい、梨花と二人で歯痒い想いを抱えていた。
それだけに、今こうしてようやく拓人の気持ちを受け入れ、少々照れくさそうにしながら盛大にノロケてくれる親友の姿は、【求められて妻になった】その先輩である瑠架にとっても充分に眩しく見える。
何より、その瞳が『今幸せです』と雄弁に語っていることが、彼女には嬉しかった。
「ああほら、噂をすれば」
「え?」
ガラス越しに駐車場へと視線を向けると、ごくありふれた国産車の運転席から降り立ったその麗人は、窓ガラスの向こうに知った顔を見つけてふと視線を和らげた。
駐車場が見える席に座っていた女性達から、きゃあと控えめながらも歓声があがる。
「行っておいでよ。お迎えでしょ?」
「そうですよ。これからずっと日本にいてくれるなら、また逢う機会作れますし」
「ほらほら、あんまりお待たせしちゃうと窓際の女性達が騒いで大変ですから」
「え?えぇ、それじゃお先に」
ごめんね、と律儀に謝罪ひとつ残して席を立った葉月は、足早に店を出て拓人の待つ方へと向かう。
イケメンだ、美形だと騒いでいた女性達も、葉月がその隣に並ぶと残念そうに文句を言いながらトーンを落とし、やがて諦めたように騒がなくなった。
どうやら、拓人が葉月の腕に添えた手に指輪が光っていることに誰かが気づき、それなら仕方ないねと落ち着いたらしい。
「相変わらず優しい旦那様ですねぇ。結婚してから更にパワーアップしてません?」
「そうだね。拓人さんも色々あった人だから……きっとね、甘やかしたくて仕方ないんだと思うよ。といっても、当の奥様が中々甘えてくれないそうだけど」
「くっそ、いいなぁ。リア充爆発しろ、ってとこですか」
「その条件だとここにいる三人全員爆発しちゃうけどいいの?」
「あ」
バカね、と陽菜が笑い飛ばし、朝陽も照れくさそうに笑う。
瑠架はもう見えなくなってしまった親友と、妙な因縁を持った昔なじみの男性の二人の幸せそうな顔を思い出し、「ゲームなら、大団円のトゥルーエンドってとこだよね」と小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。




