6 小料理屋アニタの開店です!
あれから一ヶ月。
我が子爵家からもさほど離れておらず、かつ領地のメインストリートから一本入った、落ち着いた小道に店を構えた。
まぁ、もともと我が家所有の小さな平屋があったところを、大工さんに手伝って貰いつつ、家族総出で改装したんだけどね。
前世で培ったDIYの技術を見せることができて良かったわ。お父様もお母様も妹たちも、サラベルとクリアノも、ビックリしていたけれど。
これなら家賃がかからない。
健全な店舗経営のために、一番ネックになる家賃という大きな出費がないのは、アドバンテージがデカいってものよ。
「食材も、魔獣肉処理場で出た余った部位を、安く買い取ることができたしね」
これは昔からやろうと思っていたことの一つだ。
この世界では魔獣を食肉として食べる文化がある。ただ、好んで食べられる部位は少なくて、好まれない部位は廃棄されてしまってた。
なんてモッタイナイ!
日本の伝統的な言葉、秘技モッタイナイ攻撃を、危うく手の動きと共にやってしまうところだったわ。手の動きはもちろん、五輪招致の時のアレよ。古かったわね。
あぁ、そうじゃない。
もともと、端材まできれいに食べる食文化の日本人。しかも貧乏OLの私は、ほうれん草の根っこも、野菜の皮も当然きれいに食べていた。お肉も、切れ端が安く売っているスーパーに行っては、ありがたく買わせていただいておりましたとも。
つまり。
この国の魔獣肉も、皆が好んで食べる部位以外だって、調理の仕方次第では食べられるんじゃないかと、思ってたのよね。
それで、店を出すことを決めてから、試しに買ってきて作ったらさ。
これがまた、美味しいのよ。
ま、まぁ舌の肥えたお貴族様にはあわないかもしれないけど。……って私も貴族だったわ、トホホ。
でも、家族に食べて貰ったら、皆美味しいって喜んでいた。ということは、少なくとも領民の皆さんの舌にはあうんじゃないかな。同じ領地なら、風土的に好む味付けも似ていると思うしね。
そんなわけで、いよいよ本日!
小料理屋アニタの開店です。
時刻を確認すれば、まもなく夕刻。
とりあえず初日だし、と思って、料理は軌道に乗ったときに出したいと思っている分量の、2/3くらいだけを用意してみた。
ドキドキしながら、引き戸の前に立つ。
ちなみに、引き戸にしたのは、私のこだわりだ。
小料理屋という響きから、なんとなく引き戸の方がいいかなって、思っただけなんだけどね。
この世界には、あまり扉が引き戸というのはないので、手伝って貰った大工さんが若干戸惑ってはいた。
私が子爵令嬢であることは、店をオープンするときに、特に周囲には伝えていない。
お客である領民たちも、まさか領主の娘がこんなところで働いているだなんて、思いもしないだろうしね。
だから、人が来てくれるのか、は心配なんだけど――お店の前に数人の人影が見えたから多分大丈夫。
と、信じてる。
「よし!」
ゆっくりと扉を開ける。ガラガラという音が耳に心地良い。
暖簾をかけて──これもこだわりですよ。えぇ、何か文句ありまして? おっと、突然のツンデレ悪役令嬢ムーブを出してしまった。
「こんにちは、ようこそ。小料理屋アニタの開店です」
店の前で待っていてくれた、数人のお客様を招き入れる。
「へぇ。どんな感じかと思ったけど、きれいな店内ねぇ」
「好きな席に座って良いのかい?」
「あぁ。良い匂いがする。お腹空いた!」
口々に言いながら、テーブルに座っていく。席に置いてあるメニューを確認して、選んで欲しいと伝えると、皆驚いた顔をした。
「絵がついているのもわかりやすくていいねぇ」
「追加料金で量が増やせるとは、気が利いてる」
こちらでは、大盛という概念がなかったらしく、足りないなら他のものを頼めという店がほとんどだった。なので、日本らしく大盛を用意したり、メニューに絵を入れて、わかりやすくしたりしてみた。
特に、うちの店で出すものは、元ネタが地球の料理だからね。もちろん乙女ゲームの世界だからか、被っているものもあるけど、そうじゃないものもたくさんあるのだ。
字面だけじゃわからないだろうから、イラストをいれておいた。写真がないって、こういう時に不便だわ。
「んじゃ、俺はこのメンチカツとかいうのと、ヤンチャリ酒」
「私はこの、トンカツとモーリー酒。あ、あとポテトサラダってのも」
この後も続々と、オーダーが入る。
正確に言うと、牛でも豚でも鶏でもない魔獣肉を使っているので、商品の名称は変わるはずだけど、マジュウカツってちょっとゴロ悪いじゃない? それに、魔獣肉の普段食べない部位だってわかると、食べる時のハードルが上がると思ったの。
なので、まずは食べて貰うことを優先した。
魔獣肉の食べない部位は、別に忌避されているわけではない。ただ、この世界で一般的に食べるステーキだと、ステーキ向きの塊としては、受け入れられていないってだけだしね。
その辺は、戦時下に食べるようになったホルモンとかと、似ているのかもしれないな。
成形まで用意してあったメンチカツやトンカツ、などなどを揚げる。
じゅわ~っと良い音と油の匂いが店内に広がると、待っている人の表情が明るくなった。
うんうん。食は世界を平和にするわよねぇ。
揚がったものをお皿に載せる。他にも、オーダーの入った惣菜やお酒を運んでいっては、席で他愛のない会話を二、三言交わす。
それを何度も繰り返していく。
お客さんも、数度入れ替わり……。
「お、終った……!」
今日用意しておいた料理が、全て出きった。
お店の外に出て。『本日終了』の掛け札をかける。
ちょうどやってきた人には謝り、明日来て欲しい旨を伝えれば、笑顔で頷いてくれた。
「つ……疲れた……」
久しぶりの労働だ。しかも、ずっと立ちっぱなし。これは慣れるしかないんだけどね。
でも、何度も何度も聞こえてきた「美味しい!」「また来るね」「もっと食べたい」という言葉に、めちゃくちゃ救われた。疲れなんて、吹っ飛んでしまう。
最後のお客さんを見送り、とりあえず、無事に初日を終えたことに安堵する。
「とりあえず、初日終了! お疲れ様、私──でもさ」
これ、早く慣れないと、忙しすぎて、婚活どころじゃなくない?!