43 大団円
聖堂での挙式が終わると、聖堂前のガーデンでパーティが始まる。
挙式は領民の中でも親しい人間や、領主家と繋がりがあったり、領地の要になる家の人たちが招待された。
一方、パーティは前方に決まった席があるけど、その後方は、入場チェックを受けて、危険物の所持がなく身分がはっきりしている人、つまりこの領地の民であることがわかれば、誰でも入れるようになっている。
もちろん警備の関係もあるので、出入りの際にはチェックがされるし、決まった席──貴族や、親しい人間が座る──の間には、警備の人間も立っているが、そこまで厳しくはない。
だからこそ、両陛下は来ないでくれと、遠回しに言ったんだけどね。
両陛下の近くには、招待客に扮した警備隊がいる。
正直、私たちのパーティなんだから我が儘通すなよと思うけど、これも力関係。前世だって、社長がごり押ししてきた案件は、逃げられなかったもんね。どう考えても、大コケするってわかっていても……。とほほ。
「アニタ様、おめでとう!」
「おめでとう」
あちらこちらから、声をかけられる。これは一生のうち三回、自分が主役になる日の一つだわ!
ちなみに残りの二回は、自分の意志などない、産まれた時と死んだときだ。
「皆さん、ありがとう。そして、今日は大切なお知らせがあります」
パーティ会場の正面。皆が見渡せる場所で、挨拶とともに、告げる。
「今皆さんの手元にある、三角形の食べ物のことです」
やっぱりおにぎりは、三角形よね。いや、丸派の人を否定するつもりはないんだけど。
海苔はもともとソマイアの領地で作っていたので、せっかくなので提携しようという話になった。海苔があって助かったわ。さすが乙女ゲーム。なんで海苔、あるの。
「乾杯後、フィンガーボウルで手をすすいだら、是非それを手に取って、召し上がってください。おにぎり、という名前です」
私の言葉に皆がざわめく。
小さめに作ってあるから、食べるのはそんなに大変ではないとは思うのよね。
「では、先に乾杯をしましょう。お父様」
私と交代でお父様が立ち上がる。
それにあわせて皆は、グラスを手にした。
日本と違って、長々しい挨拶がないのも良いところね。これは大きな価値だわ。
「今日は次期領主アニタと、その伴侶ディアスのために、お集まりいただきありがとうございます。モルニカ領と次期領主夫妻、領民、そしてお集まりの皆さまの、さらなる幸せを祈って──乾杯!」
わぁっと歓声があがる。
あちこちで楽しそうな声が広がっていった。
私とディアスも、視線を絡ませ祝いの酒を飲む。
特製のシャラシャランパン。所謂シャンパンは、とても美味しい。
私たちの元へ、挨拶に来てくれた人たちに、順次対応をする。
その間に、皆おにぎりを食べてくれているようで、おいしい! という声が聞こえてきた。
ふふふ。そうでしょう。美味しいでしょう。
塩握りも入れておいたので、味の違いも楽しんで貰えると思う。
「アニタ嬢、ディアス氏おめでとう」
「へ、いっ……お、おじさま、おばさまありがとうございます」
危ない。
陛下って言いそうになった。
あらかじめ陛下方には、ソマイアの親戚のおじさまとおばさまという設定を、共有している。
不自然にならないように、という名目で、挨拶の人の最後に来ていただけるようお願いしていたから、良い感じに、周りの人も減ってきていた。
うん、これなら作戦決行できそうだわ。
「おじさま、おばさま。今日ご用意したおにぎりは、いかがでしたか?」
「ああ、とても美味しかった。もっと食べたくなったな」
「本当よ。ぜひ私のお茶会でも、サンドイッチと共に供したいわ」
よっしゃぁ!
王妃様のお茶会で提供されれば、かなり知名度があがる。
これは、目論見通りだ。
私は、特大の猫をかぶり、笑みを浮かべた。
「まぁ! それは是非お願いしたいです。まず今年は、私の店で提供しようと思っています」
「ほう。アニタ嬢が店を?」
陛下の言葉に、彼らの少し後ろにいる人物へと、目線をずらした。
「ええ、おじさま──彼が」
その視線の先には、ジャンジャックの姿があった。
ソマイアに、このタイミングで連れてきて貰うように、お願いしておいたのだ。
「……っ! ジャ……っ」
「おばさま! 彼が、私が店を任せている、ジャンジャックと言う者です」
名前を呼びそうになる王妃様に、あわてて声を重ねる。
この場ではそれをしても、不敬にはあたるまい。
「ジャンジャック。ソマイア嬢の親戚にあたる方です。ぜひ、自己紹介を」
私の言葉に、ジャンジャックは泣きそうな顔を必死に堪え、笑みを浮かべる。
そうして、平民として貴族に対応するときの、正式な礼をした。
「──ジャンジャック、と申します。アザキニア商店からの出向という形で、アニタ嬢の店を運営しています」
「そう……。そうなのね。あなたは今、幸せなのかしら」
「ええ。自分がすべきこと、自分がどう生きるか、きちんと考えることができる幸せを、感じています」
ジャンジャックの言葉に、二人は言葉を詰まらせていた。
しでかしたことの大きさは捨て去れないけれど、今もう一度やり直している彼を見て、二人は王と王妃ではなく、一人の親として、対峙できたんだと思う。
「──アニタ嬢。今度店に、おにぎりを食べに行っても良いかな?」
「もちろんです。ぜひ、何度でもお越しください。ねえ、ジャン」
「はい。お二人でいらしてください」
そこで彼は再び礼をして、その場を去る。
その姿は、とても美しかった。
両陛下の瞳には、堪えるものが浮かんでいる。
本当ならば、第三王子の地位にいるときに見せて欲しかったその姿なのだろう。
それでも、彼の人生はまだ続くのだ。
平民として生きていく彼は、いつかこの領地を出て行くかもしれないけれど、それまでは私の領民でもある。
少しでも、幸せになってくれたら、嬉しい。
「アニタ嬢。このおにぎりは、とても良いな」
「これはライス、というものだとこの紙に書かれているが、モルニカ領で栽培しているのかね」
「このおにぎりを是非、商品として」
両陛下が席に戻られたのを皮切りに、今度は領内の有力者が、私たちの席にやってきた。
これよこれ!
一番の狙い!
このパーティでお米、いやライスを披露したのは、ここで一気に認知をあげたかったから。
そう。
スイラの苗を領内で栽培することを増やすためには、まず需要ありきだ。
そして、その需要を増やすためには、商人たちに「これは売れる」と思わせることが大切。
私は、ゆっくりと立ち上がり、皆の顔を見た。
すぐ横で控えていたクリアノが差し出した、一本の稲穂を手にする。
「このおにぎりを作っているライス、そしてそのライスの元となるスイラの苗を、来期はこの領地で多く栽培します。私はこのスイラを、領地の主産業の一つに追加したいと思っています」
スイラの栽培は見よう見まねだけではできない。
だからこそ、少しでも早く栽培を始め、他の領地が真似をしたとしても、一歩抜きん出る形をとりたいのだ。
「皆さん。これがそのスイラの苗が、見事に実った姿です」
皆の視線が集まる。
会場に、静けさが訪れた。
呼吸を整える。
隣に立つディアスが、私の手を握ってくれた。
指先から力が、宿るような気がする。
「我がモルニカ領のさらなる発展のために、皆でともに、このスイラを栽培しましょう」
大きな拍手と共に、人々の目が輝いているのが見えた。
新しい仕事。
新しい商機。
新しいチャレンジ。
私は、この領地を大きくするつもりはない。
でも、この領地を豊かにすることは、いつまでも挑戦し続ける私の仕事だ。
隣にいる、ディアスとともに。
そして、この領地の人々とともに。
了
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