42 結婚式
聖堂の鐘が鳴る。
この領地で、一番歴史のある聖堂だ。
さすが乙女ゲームの世界だけあって、まるで教会の結婚式のような雰囲気。
白いウエディングドレスのベースはAライン。そこにふわふわのオーガンジーフリルをリボンで腰に巻いて、片側半分だけプリンセスラインのように見せている。
「おしゃれじゃないの」
「そう? これ取り外せば2ウェイで使えるかなって思ってね。さらに後ろでつまめば、長さも調整できるのよ」
控え室に会いに来てくれたソマイアにそう返せば、いつものように笑ってくれた。
「そういえば、陛下方は?」
「ネルツァがついているわ。例の元王子とは、会わせるの?」
「本人が断ったわ。自分は平民だから、顔を見せられる立場じゃないって」
「驚いた。本当に、思ったより真人間になったんだ」
ソマイアがそう言うのも、不思議ではない。
近くで見ていた私だからこそ、信じられるのだ。もしも話を聞いているだけだったら、何か裏でもあるのではないかと思ってしまう。
「あのとき一緒に放逐された他の子息たちが、どうなってるのか知らないけどさ。陛下方も、自分の息子にだけ、特別恩赦を出すわけにもいかないんじゃない?」
「そういえば噂だけど、他の子息たちってば、どうやらそこそこの商人の子女と、うまいこと結婚してるらしいわよ」
「……ジャンジャックだけが、馬鹿正直だったってこと?」
「もう少し回転する頭がないと、やっぱり王侯貴族ではいられない、ってことじゃない?」
ジャンジャックが持っていたあの書状は、他の子息たちにも渡していると言っていた。あれをうまく使ったのは、つまりは彼以外だったわけだ。陛下が一番活用して欲しいと願っていた息子は、使うことがなかった。
でも、私はそれで良かったと、思っている。
あの書状をジャンジャックが使ってしまったら、彼はそれこそ一生あの学園にいたときの、彼のままだっただろう。
「ジャンジャックさぁ。私の事が、好きなんだって」
「へぇ。それはまた、要領が悪い男ね」
「そうなのよね。でも、私にディアスがいることはわかっているから、求婚はしてこなかったの」
「へぇ。それはまた、まっとうな男になったのね」
「そうなのよね。だから、少しくらいサービスしてあげても良いかなと、思い始めたわ」
他の子息の話を聞いたら、余計にね。
「結婚式のあとのパーティ。私のフォローをして貰えたら、嬉しい」
「ん。彼には、あの卒業パーティでたっぷり笑わせて貰ったお礼を、ここでしてあげましょうかね」
にんまりと笑い合うと、部屋の奥の扉からノックが聞こえる。
「アニタ、そろそろよ」
「お母様、今行きます。じゃぁ──」
「聖堂でのアニタを、楽しみにしているわ」
ソマイアを送り出し、奥の扉に向かう。
そこにはお母様とお父様、そして妹たちが待っていた。
この領地では、家族全員が、花嫁を聖堂の中央まで送り出す習慣だ。
聖堂の中央から先は、一人で歩く。そしてその先に、伴侶となる相手が待っている。
「アニタ、行ってらっしゃい」
「パーンと歩いて行くんだぞ」
「行ってらっしゃい、おねえさま」
「ねえさま」
「行ってらっしゃい」
皆が目いっぱいの笑顔で、私を送り出す。
この習慣は、人生の半ばまで家族とともに。そして伴侶と出会うまでは一人で、歩いたということを意味しているのだとか。
いつもなら、領地を歩くときに邪魔だと思ってしまうような、歩く度にふわふわと揺れるドレスが、今日は何だかとても心地が良い。
一歩、一歩。
まるでお姫様になったような、そんな気分だ。
そうしてようやく、最後の一歩を、ディアスの前に踏み出す。
私を待つディアスは、薄い金色のフロックコートを着ている。
ヴェールの下から見ても、カッコイイ……。
あ、いやそうじゃなくて。
薄い金色は、我が領の領章色だ。
豊作を祈った、膨らんだ麦の穂の色。ここに、これからは膨らんだ稲穂の色も加わるだろう。
目の前に降りていたヴェールを、自分で上げる。
こういう小さいところが、日本とは違うのも面白い。
制作者がオリジナリティを出そうとしたのか、それとも結婚式に列席したことがなかったのか。
ディアスの若草色の瞳に、私の顔が映る。
その瞳が、緩やかに三日月を描いた。
「やっと会えた。俺のアニタ」
「……ディアスこそ。やっと、私を呼び捨てにしてくれたのね」
ここで、私の手を取り牧師ならぬ聖者の前で、誓いの言葉を告げる。
――筈だった。
「ちょっ! ディアス?!」
私の手を取る前に、一気に腰を引き寄せて、口づける。
「もう! 先に、誓いの言葉でしょ」
「あぁ、間違えた」
彼の言葉が聞こえたのか、聖堂中が笑いに包まれた。
「もう。皆が笑ったから、まぁ良いか」
「皆が笑うと、幸せだろ?」
「あなたが笑ってるから、もっと幸せよ」
この聖堂の聖者が、少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔で笑う。
「次期子爵が幸せそうに笑うこと。それも、我々領民の幸せの一つです」
その言葉に、聖堂が拍手で包まれた。
「……っ、皆」
「ほら、アニタ。誓いの言葉だろう?」
「いじわる!」
聖堂に掲げられた大きな太陽と月の像を見上げて、私たちは夫婦となる誓いを捧げたのだった。




